37 ミレイユ(代理)vsアイネ(代理)
学園で認められた魔法科の勝負は入学試験の会場にもなった屋外訓練場で行われ、教師が審判を務めることとなっている。そして今回の勝負で審判を務めることになったのはコラーリだ。
ヴァンは二属性ではあるが、正直いって魔力は弱い。
それを知っているアイネは完膚なきまでに叩きのめそうと思ってか、陣営の二属性持ちの中でも一番魔力の強い侯爵令息を指名してきた。
爵位的には辺境伯と侯爵は同等だ。しかし彼は同じ属性数でも魔力の強い自分の方が上だと思っているのか、はじまる前から蔑んだような目でヴァンを見ていた。
(はっ!もしかしてこれは『ざまぁ』案件では!?)
「では、はじめっ!」
「我が右手より生まれし神聖なる炎よ!この世界の穢れすべてを焼き尽くせ!火球!!」
この世界の魔法詠唱に決まり文句はない。自身の魔法の威力や効果が高くなる詠唱を自分で考えたり本を参考にしたりして作り上げていくのだ。彼の詠唱が自身で考えたものなのか、図書館置いてあった『これで君の魔法もパワーアップ間違いなし!魔法詠唱100』の火魔法編を参考にしたのかは分からないが、侯爵令息はコラーリの合図と同時に三発の攻撃魔法を打ち込んできた。
アイネが自信を持って送り出してきただけありそれなりの威力はあったが、ヴァンは辺境伯令息。幼い頃から魔獣の出る森と隣り合わせで生活してきたのだ。体を捻り、余裕でその攻撃を躱した。
侯爵令息は火と土魔法の属性魔法を持っているらしく、その後も次々と攻撃魔法を打ち込んできたが、ひとつもヴァンに当たることはなかった。
「!・・・これならどうだ!」
「っ!」
そこで侯爵令息は土魔法でヴァンの足元を悪くすることにしたらしい。彼の詠唱を受けてヴァンの足元の土がゴツゴツと隆起した。
これが王都育ちの者を相手にしているのなら”いい案”だと言えるが、ヴァンは普段から領地の森で戦っているのだ。急な足場の変化に一瞬ふらついたが、そうと分かればこの程度のこと、痛くも痒くもない。
「君の敗因は、今の一瞬の隙を狙えなかったことだ」
「なんだとっ」
体勢を立て直したヴァンは余裕の表情でそう言い放った。
「ふんっ!攻撃を躱すことが出来ても魔法が打てなければ勝てないわよ!」
アイネがヴァンに向かってそんな言葉を投げ掛けた。
「では、僕も反撃に転じることにしましょう」
「強がりはよせ。昨日の実技の授業でもお前の魔法は大したことがなかった。お前ではこの僕には勝てない。体力がなくなった時がお前が俺に負ける時だ」
ヴァンの言葉にアイネと侯爵令息が鼻で笑う。
しかし、ヴァンは気にせず空に向かって手を振り上げた。
「僕に宿りし二つの力よ。共に戦い、悪へ怒りの鉄槌を!!」
そして詠唱が終わるとその手を勢いよく振り下ろした。
「『落雷』!!」
その瞬間空間に稲妻が走り、侯爵令息の足元に勢いよく落ちた。
ピカッ!バリバリバリッ!!
「「「ひぃぃぃぃっ!」」」
侯爵令息は勿論、何人かの短い悲鳴が辺りに響いた。
初めて見る雷魔法とそこに残る黒く焦げた跡とそこに燻る火種に、侯爵令息は驚き腰を抜かして座り込んでしまったのだった。
「か、雷属性!?」
コラーリ先生の声で皆が正気に戻りざわつきだす。
「いいえ、複合魔法です。クライスラー子爵令嬢の『氷魔法』を見てから僕にもなにか出来ないかと、ずっと練習していたのです。やっと形になりましたので──本日お披露目することが出来てよかったです」
ヴァンがニヤリと笑う。
ヴァンの魔法のコントロールは完璧だ。しかもカノンは『こうなったら雷が発生する』と教え、あとはヴァンに丸投げしたのだ。
ヴァンが名乗りを上げた為まさかとは思ったが、この短期間でここまで使えるようになっているとは、かなり努力をしたのだと思う。自信がその言動ににじみ出ている。この威力であれば、領地で魔獣と十二分に戦えるだろう。
「どうしますか?続けますか?大丈夫です。次から魔法の威力は調整しますので、当たってもビリッとするくらいです。まぁ、ヤケドくらいはするかもしれませんが」
「ま、まいった」
侯爵令息はそういうと慌てて戦いの舞台から降りた。
「何勝手に降参しているのよ!ヤケドくらい後で回復をかけて貰えばいいでしょう?頑張りなさいよ!」
慌てた侯爵令息の声と、アイネの非情な声がその場に響いたが、侯爵令息が再び舞台に上がることはなかった。
「勝者!ヴァン・オルレアン!!」
こうしてミレイユ不在で行われたミレイユvsアイネの戦いは、無事にミレイユ側の勝利で幕を閉じた。
アイネが悔しそうにカノンとヴァンを睨みつけたが負けは負けだ。
カノンはホッとして学園長の元へ連行されて行くヴァンを見送ると、アイネに絡まれる前に帰途についた。
ちなみに学園長室で問われても、約束通りヴァンがカノンの名を出すことはなかった。
予定外だった。
ブライアンが毒に倒れ、ミレイユが容疑者として城に拘束されているという情報は、ミレイユを守るためか全く外に漏れ出てくることはなかった。
本当ならば、今頃ミレイユはアイネ以上に貴族達の信頼を失っていたはずなのに・・・!
ミレイユが拘束されている間に学園での地位を磐石なものにしようと思ったのに、まさか名乗り出たヴァンが複合魔法を使うとは。
怒り心頭のまま、馬車に乗り込んだアイネはイラつくあまり、親指の爪を噛んでしまい、帯同していた侍女に注意されてしまった。
「お嬢様。折角の美しい爪が台無しですよ」
「ごめんなさい、つい・・・」
一本でも爪が欠けてしまえば品格に欠けるし、最悪グローブをつけることになる。アイネは侍女に素直に謝った。
「あの計画を早めて一刻も早くミレイユを失脚させなければ・・・」
アイネはそう、呟いた。




