36 ミレイユ(不在)vsアイネ
「話は一応聞いている」
冒険者ギルドのギルドマスターであるアドルフ・リンデンはスンとした顔でそう言った。表現するなら色々諦めた顔と言った感じだ。
「なら話が早いです。そう言うわけで、こちらが殿下に盛られた毒になります」
ソラはそう言って王都の雑貨屋で購入した蓋つきボトルに入れた『毒入り紅茶』をテーブルの上に乗せた。
「別にいいんだけどよ。こんな面倒くさいこと、学園長に渡して丸投げすればよかったんじゃないのか?お前毎日学園に行っているだろう」
「あ、すみません。突然王太子殿下に話を振られて、咄嗟にギルマスさんの顔が思い浮かんだんですよね」
ソラに咄嗟に頼る相手が自分だと言われ、アドルフは一転まんざらでもないという表情をした。
本当はカノンの中に「王弟殿下を使う」という選択肢がなかっただけなのだが、それは言わない方が良いだろう。
「それよりお前、解析魔法や収納を使ったのは構わないが、同席していたオークス公爵令嬢にはバレなかったんだろうな」
「え?」
ソラはそこではじめて気付いた。
「そう言えばオークス公爵令嬢は『カノン』が解析魔法や収納を使っても驚くことなく平然としていましたね」
「はぁぁぁぁ?お前は隠す気があるのか?王太子の命にかかわることだから使うなとは言わない。ただ、もっと気を付けて使え!」
アドルフはしばらく考え込むと「彼女も王妃にと望まれている公爵令嬢だ。何かの折に気付いたのか、王太子が知っていることを鑑みて話を合わせて来ただけという可能性もある。彼女は今王宮から出られない状況だし、出て来たとしても確かめる術はねぇ。彼女なら他言はしないだろうから今度から本気で気をつけろ!」と言った。
そう、あの後の中庭は、それはもう大変だった。
王太子が紅茶を飲んだ後、もがき苦しみながら倒れたのだ。
遠くからお茶会の様子を観察していた侍従の口から、お茶を淹れたのはミレイユであり、カノンは茶器には全く触れていないことが証言された。
王太子殿下は中々演技派で、信憑性を持たせるために呼ばれた学園の医務室に従事する光魔法の使い手に回復魔法を何度も重ね掛けされながら秘密裏に王宮に運ばれていった。──明日のブライアンの体調はすこぶる良いに違いない。
一方ミレイユは容疑者として、ブライアンの護衛騎士によって丁重に王宮へと連行されて行った。
ちなみにカノンは侍従の証言により、その場で状況を聴取されるだけで解放されたのでアドルフに毒入り紅茶を渡してしまった今、出来ることは何もなかった。
──ミレイユの姿はあれから五日経った今でも見ていない。
ミレイユがいない教室。
なのに時間は何事もなかったかのように淡々と流れてい──きはしなかった。
「あなた、先日ブライアン殿下が中庭で倒れられてから、一属性のミレイユ・オークス公爵令嬢が王宮で捕らえられていることをご存じ!?」
アイネ・ゴルドベルグ侯爵令嬢がカノンの前で言い放った言葉に教室内がざわついた。
仮にも王太子妃候補のくせに、公表されてない王家の情報──しかも一国の王太子が毒に倒れたなど──を、教室で宣うなど正気の沙汰ではない。
「あなた、馬鹿なの?」
カノンは小さな声でアイネに言った。
事は秘密裏に行われたため、あの一件は噂にはなっていない。その為あの一件を知っているのは犯人だけ──いや、一応アイネはブライアンの婚約者候補だし父は宰相だ。馬鹿だけど知らされている可能性はある。
「言うに事欠いて私のことを馬鹿ですって!?たかが子爵令嬢のくせに・・・不敬よっ!」
「ゴルドベルグ侯爵令嬢は先日爵位より属性、それも二属性より三属性の方が偉いと仰っていませんでしたかね?」
「ふ、ふんっ!確かに一属性より二属性、二属性より三属性ですが、個人が強くとも仕方ありません。私を慕い、私の元に集ってくれている方々、ひとりひとりの力が大切なのではないかと最近、特に強く思っております」
カノンの言葉にアイネは急に神妙な顔になり、そう言った。
いや、個人の力ではカノンに勝てないと思ったから、集団の力に頼ろうとしているだけだろう。
「そこで提案ですわ。私の元に集ってく出さっている方と、あなたとオークス公爵令嬢の元に集っている方で放課後、勝負をいたしましょう」
「は?」
この学園では届け出さえ出せば魔法科と騎士科に限り、生徒同士の実戦形式の「勝負」を認めている。将来的に民を守り魔獣などと戦えるようになることを目的としているためだ。しかしそれは切磋琢磨しながら魔法技術を高めよということであって、私怨による勝負を公認しているわけではない。
しかも、「オークス公爵令嬢の元に集っている方々」なんてカノンは知らない。
徒党を組んでいるアイネたちとは対照的に、ミレイユはこれまで人との関りを避けていたのだ。しかも元々広く浅く誰にでも平等に接するタイプなのである。
この戦いを受けるほど近しい者と言えばカノンだが、先ほど「あなたとオークス公爵令嬢の元に」とそれを封じる発言をしていたアイネが、負けると分かっていてカノンの参戦を認めることはないだろう。
てっきりカノンに集団で勝負を挑んでくるのかと思っていたが・・・。こんな提案をミレイユのいない時を狙って申し出てくるなんてとカノンが頭を悩ませていると、「僕がオークス公爵令嬢側の代表として出ましょう」と声を上げる者がいた。
ヴァン・オルレアン。以前カノンが複合魔法を教えた辺境伯の令息だった。




