35 正しい毒の|煽《あお》り方
「おはようございます、クライスラー子爵令嬢。来たばかりで申し訳ないのだけれど放課後、中庭の東屋でお茶にお付き合いいただけないかしら。あの方もいらっしゃるの」
ある日、教室に着いたカノンにミレイユが声を掛けて来た。
例の誘拐未遂事件の後、ミレイユは三日ほど学園を休んでいた。犯人を突き止めるのに三日を要したらしい。
しかしカノンは、犯人を突き止めたとは聞いたが捕まえたとは聞いていない。
誘拐犯は全員捕らえられたため、彼らの依頼主も三日もあれば作戦が失敗したことに気付いているだろう。
すぐにミレイユに手を出しては自身を危険に晒すようなものなので、普通ならば犯人もしばらく大人しくしているものだと、通学を再開したらしいのだ。
なぜそんなことをカノンが知っているのかと言うと、オークス公爵からお礼の言葉と多額の礼金を頂いた時にアドルフから話を聞いたからだ。カノンがソラであることをミレイユに伝えるわけにはいかないが、同じクラスでもあるためカノンは知っておいた方が良いだろうというのがアドルフの判断らしい。
当然ソラはその話が全てだとは思ってない。
「依頼主が分かっているんだったら捕まえることは出来ないのですか?」
そうソラがアドルフに聞いたところ、複雑な背景があり確たる証拠がないから動けないのだといわれてしまった。──そんな時の放課後のお茶会へのお誘い。真っ直ぐ帰らなくてもいいのかとカノンは心配になった。
(しかも「中庭の東屋でお茶会」に「あの方」とか言っちゃっているし・・・)
どのみちカノンに断るという選択肢はないが、嫌な予感をひしひしと感じながら迎えた放課後、人払いされた中庭にはやはりブライアン・ファランドール王太子殿下が笑顔で待ち構えていた。
「今日は君にお礼を言いたくてね」
「は?(いやいや、カノン=ソラはオークス公爵令嬢には秘密なのに、なに言ってやがるんですか)」
ブライアンの口から紡がれる言葉にカノンは微妙な返しをした。
だが、ミレイユはこの不自然なお礼もカノンの様子も気にすることなく、手際よくカップに紅茶を注いでいった。
朝から予定されていた、聞く人が聞けば王太子も参加するのだとわかる人払いされたお茶会。
犯人は分かっているのに捕らえることの出来ないという、アドルフから意味深に伝えられた捜査状況。
明確な証拠が欲しいオークス公爵家&(おそらく)王家サイド。
ふと、嫌な予感がした。
「え。もしかしてわざと・・・?」
「察しが良いね」
紅茶を配り終え、着席したミレイユは困ったように笑い、ブライアンが楽しそうに笑った。
今日は授業で使った魔法は二回。カノンは仕方なく膝の上で三本の指を立てると、テーブルの上に並べられた紅茶やお菓子を視た。
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+ボレロ産ブレンド茶 毒入り+
オークス公爵長女ミレイユが淹れた紅茶
ボレロ地方で採れたソナタ茶とマーチ茶のブレンド茶に人の手によって加工された魔獣ボルシェルトの毒を元に作られた『毒』が加えられている
比率=2:7.5:0.5
症状=発熱、呼吸苦
即効性はあるが、死に至ることはない
回復魔法無効、解毒薬のみ有効
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ボルシェルト──炎属性の魔獣で、外見は前世で言うところのサソリに似ていて毒がある。先日授業で習ったばかりだ。
「──あのー、紅茶にボルシェルトの毒を加工したものが入っていますけど・・・」
「やはりな」
ブライアンもカノンも何事もなかったかのように話を続ける。
「どのような毒か分かるかい?」
「致死量は入っていませんが即効性あり。症状としては原因不明の熱と息苦しさ・・・ですね。ちなみに回復魔法は効かず、解毒薬のみ有効、だそうです」
「鑑定、でそこまで分かるものなのですか?」
横で聞いていたミレイユが素朴な疑問を口にした。
「いえ、これは特殊魔法の一つで解析魔法です。似ていますが鑑定とは別の魔法です」
カノンがそう説明すると、ミレイユは驚いたように言った。
「鑑定魔法と解析魔法とは同一の効果が得られるものではないのですか?」
そういえば特殊魔法をしらべた際、「鑑定(解析)魔法」と本に書かれていた。世間ではその二つは同様の魔法という解釈だったらしい。しかしカノンに言わせれば全く別の魔法だ。
「どう違うのですか?」
「そうですね。鑑定でこの紅茶を見ると『毒入り紅茶。価値=不明。飲むと体調が悪くなる』──と出るのですが、解析魔法で見ると──」
カノンはミレイユに紅茶を鑑定魔法と解析魔法で見た時に得られる情報の違いを説明した。
犯人がそばで見ている可能性を考え、話している内容を悟られないように楽し気な表情で会話を続ける。
「魔力によって見える情報に個人差があるかもしれません」
「『解析魔法』ですか・・・使えたら殿下のお役・・・に──」
ミレイユはそう言うと、そのまま黙り込んでしまった。
その時、人払いをしていたはずの東屋に侍従の恰好をした一人の男性が近寄ってきた。
「誰かいた?」
殿下がそう尋ねると、彼はにこやかに笑って「はい。声は届かないでしょうが、図書館から中庭を覗いている侍女が一人。先ほど準備していたティーセットの近くをうろついていた者と同一です」と言った。
この学園、授業中は関係者以外の立ち入りが禁止されているが、許可を取れば昼休憩と放課後のみ侍従や侍女も立ち入ることが出来る。
「私が紅茶を飲むのを今か今かと待っているのだろうね。さてどうしたものか・・・」
ブライアンはそう言ってカノンの方を見た。
「ねぇ、クライスラー子爵令嬢。私は毒を飲んで倒れたいのだけど、何かいい方法はないかな?」
(普通に飲んだらいいんじゃないですかね?)
カノンはそう答えそうになって、踏みとどまった。
一国の王太子が「毒を飲んで倒れるいい方法」なんて何の冗談かと思ったが、ブライアンの何かを期待するような視線に「いい方法」の意図を察した。
「飲む瞬間に紅茶をわたしのインベントリに収納しましょうか?その紅茶は後で冒険者ギルドのギルドマスター、アドルフ・リンデンさんに預けておくので誰かを受け取りに寄こしてください」
「了解いたしました」
カノンの提案にブライアンではなく侍従の男性が返事をした。
「じゃぁ、そういうことで──」
そう言ってブライアンは美しい所作で紅茶のカップを口に運んだ。




