34 お前、何をやらかしたんだ?
「っ!」
前世では勿論、生まれてこのかた剣を向けられたことなどないソラは驚いたが、フェイが落ち着いた様子で「大丈夫」と言って微笑んでくれたため平静を保つことが出来た。
「動くな」
騎士はそういうと後続の騎士に合図を送った。
騎士の一人が馬車に近付き扉を開けると、中からミレイユが飛び出してきた。
「トマス!すぐに剣を下ろしなさい。その方々は恩人です!わたくしを助けてくださったのです!!」
ミレイユの一声で騎士達がハッとして剣が引かれた。統率された動きで馬から降り、その場に跪いてフェイとソラに謝罪した。
「あ、意識が戻ったんですね。よかったです」
ミレイユの様子に心底安心したようにソラが言った。
数刻前。
突然出発したうえに激しく揺れる馬車に、ミレイユはただ事ではないと感じた。
扉が閉まってから馬車が出るまでの時間が早すぎたし、そもそも御者は内側からの合図がないと馬車を走らせることはない。おそらく自分は白昼堂々馬車ごと拐われたのだ。
護衛と御者は無事だろうか。
どこに連れていかれる?犯人の目的は?
貴族令嬢を狙った身の代金目当ての誘拐か人身売買か。
それとも「ミレイユ」を狙った犯行か・・・。
隣にはすっかり怯えてしまっている最近行儀見習いに上がったばかりの貴族令嬢。彼女は一属性で魔法はかなり弱いと記憶している。ここは自分が何とかしなければ。
貴族令嬢が誘拐され行方不明になることは何もなくとも瑕疵になるのだ。一属性しか発現せず、それでなくとも反対派が多いこの婚約・・・
(もう、ブライアン様の元に嫁ぐことは出来ないかもしれない)
ミレイユがそう思って弱気になりかけたとき、不意にカノンのことを思いだした。
爵位の上下などものともせずに、正しいことは正しい、おかしいことはおかしいとハッキリ言える子爵令嬢。彼女の言動には驚かされてばかりだ。
アイネは自分に逆らう者には手駒を使って平然と危害を加える。光属性の魔法師がいるとはいえ、心に傷は残る。誰かが傷を負ってからでは遅いと、ミレイユはこれまでは誰も巻き込まないようにただ耐えていたのだ。しかし彼女のおかげでミレイユを取り巻く環境が変わった。
カノンは確かに三属性持ちだが、彼女の強さはきっとそこからきているわけじゃない。
(わたくしも彼女のように強くありたい!!)
ミレイユは心を決めると自身に何が出来るかを考えた。
そして、助けが来るまでは何者も馬車の中には入れないのだと、馬車の内側に土魔法で強靭な壁を作っていった。無事、馬車の内部を土魔法で完全に覆うことが出来たが、土の存在しない場所への土魔法の行使にミレイユは魔力切れとなり意識を手放してしまったのだ。
「七!元気になあれ!」
意識が浮上していくような、そんな感じ。夢うつつと言った方が相応しいかもしれない。そう思ったとき、聞いたことのある不思議な詠唱が聞こえた。
でも彼女の属性は「水、風、火」。光の属性魔法は使えないはず──。
「動くな」
次の瞬間、ミレイユは自分が侍女の膝を枕に寝ていることに気付いた。ぼーっとした頭に、耳に、知った声が聞こえた。あれは我が家の護衛騎士長であるトマスの声だ。
はっとして覚醒する。土魔法で作った壁は粉々に壊れており、その時ちょうど馬車の扉が開いた。夢ではなかったのだ。
「トマス!すぐに剣を下ろしなさい。その方々は恩人です!わたくしを助けてくださったのです!!」
ミレイユはそう叫びながら、馬車の扉を開けた騎士を押しやるようにして馬車から飛び出した。
剣が引かれ、騎士達は皆馬から降りるとその場に跪いてフェイとソラに謝罪した。ミレイユも頭を下げる。
「あ、意識が戻ったんですね。よかったです」
聞きなれた声にミレイユが顔を上げると、そこにいたのは空色の髪と瞳の女性だった。
色と髪の長さが違っていて印象はいつもとかなり違ってはいたけれど、その笑顔は確かに「彼女」だった。
お迎えが来たのであれば、ここで任務?は終了だ。
フェイが騎士に目撃した一部始終を話して幌馬車に乗せた誘拐犯たちを引き渡している間に、ソラは二頭の馬にお礼を言って契約を解除した。
後はオークス公爵家で調査して、後日謝礼が冒険者ギルド経由で支払われるとのことだった。
お小遣いが増えるとソラが喜んだのも束の間、今回ソラの手加減無しの魔法を体感したフェイは「学園生は夏期休暇が稼ぎ時なんだ」と前置きし、「次の休みから夏期休暇までの余暇は、魔法の特訓をするからね」と両手を腰に当てて宣言した。
「ええぇぇぇぇ・・・」
「“えぇ”じゃないっ!」
「はぁぃぃ・・・」
「お前、何をやらかしたんだ?」
フェイがここまで怒るのは珍しいと、アドルフがソラにコソッと聞いて来た。
「多分、馬車を追う時に風魔法で背中を押してスピードアップしたときの話だと思うんですけど・・・」
「ん?それになんか問題があるのか?」
アドルフがフェイに聞き返した。
「多分、じゃないでしょ?・・・その風に身体ごと吹き飛ばされたんですよ。偶然、追っていた馬車の上に着地出来たからよかったようなものの・・・!」
風に『馬車を追うのを手伝って欲しい』とお願いしたので、躓いて飛ばされたこと自体は予定外だったが、着地は偶然ではないとソラは思っている。しかし、それをフェイに言ったらもっと怒られそうな感じがして、口を閉じた。
アドルフは「あぁ~なるほどな」と呟くと、「練習場は使っていいけど壊すなよ」と言って去って行った。
え。助けてくれないの?
夏期休暇までにちょこちょこ稼いでおこづかいを増やそうと思っていたのに・・・残念なことに夏期休暇までのカノンの休日の予定は、こうして埋まってしまったのだった。
──休日に冒険で稼げない以上、別の手段で稼ぐ必要がある。
今、カノンの目の前には大小の巾着袋がある。とある小遣い稼ぎ──じゃない、実験のため、先日冒険者ギルドから帰ってくる途中の雑貨屋で買ってきたのだ。
カノンは巾着を一枚手に取ると、空間魔法の魔力を纏わせた。
「三、作成!」
お察しの通り、カノンは今、付与魔法でマジックバックを作ろうとしている。
これであれば、寮の部屋で試しても『クリーン』の時のような事態にはならないと思ったのだ。それに、貴重品であるため、売ったらそれなりの額のおこづかいが期待できる。
付与魔法の使い手は滅多に表に出てこないので、付与魔法がどういった感じで行使されるのかカノンには分からない。その為お試しで作ってみることにしたのだ。
「げ。」
記念すべき第一作目は、結果からいうと付与は成功した。
しかし、巾着全体に空間魔法を纏わせ付与をしたからだろうか・・・。出来上がったマジックバックを置いたベッドが、『収納』されてしまったのだ。
これは、床に置いていたら寮が『収納』されていたのだろうか・・・いや、その前にカーペットが収納されて──
・・・そこまでの容量はないはずだと信じたい・・・
どうやら紐を含め、巾着の裏も表も全面に付与が施された、面白・・・いや、危険なマジックバックになってしまったらしい。
(どうやら付与は、付与する範囲を指定する必要があるみたいだなぁ・・・)
カノンはマジックバックからベッドを取り出すと、触れることなく自分の収納に『収納』した。デッドストック決定だ。
その後、カノンは巾着をひっくり返し外表にしてから範囲指定を明確にして空間魔法を付与してみた。その結果、ソラの収納と遜色のないマジックバックが誕生したのだった・・・。
「なんっちゅうもんを作ったんだっ!!!!犯罪に利用されたらどうする!こんなモン、売れるかーーーーーー!!!!」
容量は確認できない程大きく、時間経過無し、食品はもちろん『人』も収納OK・・・放課後、冒険者ギルドに向かい、一応アドルフに売っていいか確認したところ、大激怒されてしまった。
しかし、叱られたからと言って簡単に諦めるわけにはいかない。
アイテムボックスがゴールではないのだ。アイテムボックスの付与はやっと野望への第一歩となるかもしれない実験だ・・・
「ふふっ」
「あ、お前また変なこと考えているだろう。
今回の件は売りに行く前に俺のところに持ってきたのは褒めてやる。次からも、なんかしでかす前に俺かフェイに相談しろよ」
ソラの笑みを見て嫌な予感がした、アドルフはそう言ったが、
「しでかす前に、ですね。了解です」
ソラにはあまり響いていなかった。




