33 水滴
「身体強化系の魔法か?いや、こいつは詠唱をしていなかった。魔法は使えないんだ!」
フェイが三人を沈めたところで、警戒して距離を取っていた男たちに余裕の笑みが浮かぶ。
魔法の有無だけで自分たちに利があると考えるなど、甘いにもほどがある。
これまでも悪事を働く中で魔法を使えるものを相手にしてきた経験もあるようだが、逆にその経験が驕りとなっているようだ。少なくともそんな輩はフェイにとって脅威ではない。
(さて、そろそろ馬車の中の彼女の様子も気になるし、終わらせるか)
フェイがそう思った時だった。
ポチャン・・・静かに、だがとても存在感のある大きさの水滴が、男たちに向かって降ってきたのだ。
「なっ!ガフッ──」
六人中四人が水滴の中に捕らえられた。辛うじて避けた二人も唖然としている。
「な、なんだこれは!」
狼狽える残りの二人のうち近くにいた方の腹に一発入れると、男は簡単に意識を失った。
残りは船長(仮)ただ一人・・・なのだが・・・
「ソラ、やりたいことは大体理解できるんだけど、水球、大きすぎない?」
顔だけに水球をぶつけて死なない程度に窒息させる・・・水魔法で賊の意識を狩る基本的な方法だが、どう見ても全員巨大な水球の中に全身閉じ込められて溺れている。
「あははは。上手に顔を狙える自信がなかったから、逃がさないようにって思ったらつい大きくなっちゃって──」
一人また一人と男が動かなくなっていく。どういう魔法なのか、男たちが意識を手放した瞬間水滴がはじけて割れる。地に落ちた瞬間ゲホッと水を吐き気絶する男たちに、(そこまでがセットなのか・・・便利だな)とフェイは思った。
残るは一人、誘拐犯のボスである船長(仮)だ。フェイがそう思って先ほどまでボスが立っていた場所を見ると、そこには既に誰もいなかった。視線を走らせると、ボスは幌馬車に乗り込むところだった。仲間を見捨てて逃げる気だ。
そのまま振り返りソラの方を見ると、ばっちり目が合った。フェイがこぶしを握りこむと、ソラは「ふふっ」と笑って頷き、手を握りこみ何かを引っ張るような動作をした。
「六!こっちに来い!!」
「う、うわぁぁぁぁーー!!」
馬の手綱に手を伸ばすが、少し届かず空を切る。ボスは見えない力に引き寄せられ、まっすぐフェイの方へ飛んで行く。フェイは握っていた拳を、タイミングよくボスめがけて繰り出した。
「ほら、おいで」
「ご迷惑をおかけします」
フェイが御者台に上がってソラに向かって両手を伸ばす。ソラは馬車の屋根上からひとりで降りることが出来ず、ガクガク震えながらフェイに抱えて降ろしてもらったのだ。
さっきまであんなに生き生きしていたのにとフェイはその様子に肩をすくめた。しかも、先日ホウキで空を飛ぼうとしていなかったか?
ソラが地面に降りると、二人はすぐに馬車の扉をノックした。
「お嬢様っ!しっかりしてください!お嬢様っ!!!」
ノックの音が聞こえているのかいないのか、中からそんな叫び声が聞こえた。声がこもって聞き取りにくいが侍女のものであると察せられた。その焦り具合から令嬢の身に何かが起こったようだった。
ソラが外鍵を外して扉を開けようとするが、内鍵が掛かっているのかピクリとも動かない。ソラに代わりフェイが前に出てきて力任せにその扉を引いた。
ガシャンッ!
何かが壊れる音がして馬車の扉が空いた。何故か馬車内には土煙が舞っていた。
「大丈夫ですか!?」
慌てて二人が中を覗く。
馬車の中、土煙の向こうにいたのは泣きながら「お嬢様が~」と叫ぶ侍女らしき女性と、意識のないミレイユだった。
「七!元気になあれ!」
見たことがある紋だと思ったら、オークス公爵家の馬車だったらしい。
外傷はないようだが、念のためソラはミレイユに回復魔法をかけた。そして侍女に「もう大丈夫ですから」と言って安心させる。
フェイがマジックバックから取り出したロープでグルグル巻きにして誘拐犯たちを幌馬車に適当に放り込むと、取り急ぎ公爵家の人たちが心配しているだろうと元の場所に戻ることにした。
(走らせないんだ・・・)
ソラは盗賊たちが馬車に繋がれて快走している姿を思い出したが、あんなことが出来るのも、しようと思うのもカレリアくらいだ。
ソラは勿論フェイも馬車を御することが出来なかったため、先ほど成り行きでテイムした公爵家の馬に元いた場所に戻るようにお願いし、新たにテイムした幌馬車の馬について来てくれるようお願いした。
来た道をしばらく戻ったところで、公爵家の紋の入った装備を纏った数騎の騎馬兵に遭遇した。
「その馬車!止まれっ!!」
ひとりの騎士が声をあげ近寄ってくる。
「馬さん、止まって」
紋が一緒なのだ。敵というわけではないだろう。カノンは馬に止まるよう頼んだ。
騎士は横目で馬車の紋を確認すると流れるような動作で剣を抜き、フェイとソラにその切っ先を向けたのだった。




