32 リアル誘拐事件
拳でサンドワームと戦っただけあって、フェイは見かけによらず体力があって足が速い。しかしだからといって馬に追いつけるわけもなく、ソラに至っては日頃から走る機会などほぼ無く体力は貴族令嬢仕様だ。
「そうだ!一、体力ッ!わたしに体力をっ!ついでに二!風よ!馬車を追うのを手伝ってっ!!」
ソラは自身とフェイに支援魔法と風魔法を使って追いかけることにした。
「す、すごいスピード!だけどちょっと風!強すぎない!!!!????で、でもこれなら馬車にも追いつける!」
後ろから吹く強い追い風に、興奮したようにフェイが叫んでいる。
しかし普段からこんなに激しい動きをすることのないソラには口を開く余裕などあるはずがない。転ばないように足を動かすだけで精いっぱいだ。
しかし前方に例の馬車が見えて来た時、ソラの足が限界を迎えた。
「き、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
足が絡まり、体が思い切り前に投げ出されて前方を走っていたフェイに体当たりした。
その衝撃で宙に投げ出されたソラとフェイの身体は、目の前で起こった事件に加減を忘れたソラの風魔法に煽られ、前方に勢いよく舞い上がったのだった。
「物語じゃあるまいし、本当ならこんなにうまいこと行かないからね!?」
「ご、ごめんなさぃぃぃ」
「な、なんだお前たちは!!」
怒るフェイと謝るソラ。
その聞こえるはずのない声を聞いた御者台の男は思わず振り向き、馬車の屋根上に座っている二人の少女を見てそう叫んだ。
そう、風に乗った二人の身体は都合よく──いや、ソラの唱えた呪文に忠実に──追っていた馬車の屋根上に着地したのだ。
しかし少女二人など取るに足らないと思ってか、馬車は二人に構わず猛スピードで走り続け、人通りの少ない場所に入った。
無事に着地出来たとはいえ、ここは猛スピードで走る馬車の上。持ち手等あるはずもなく、ソラは恐怖のあまりフェイの背中にしがみ付いていた。
「はっ!そうだっ!!三!|お願いっ!速度を落としてっ!ゆっくり止まってぇぇぇぇぇっ」
馬車を引く馬に契約魔法をかけ、ゆっくり止まるようお願いした。急停車の勢いでまた飛ばされてはたまらないからだ。
徐々に速度を落とし、馬が停まる。
御者台の男は訳が分からないといった感じで必死に馬に鞭を入れるが、馬は動こうとしない。
「四、あっち行け!」
「おわっ!」
鞭を入れられる馬が可哀そうになり、ソラは重力操作で男を御者台からはじき出した。男は地面に投げ出され、何が起こったのか分からないと言った感じで馬車を見上げた。
その時、前から一台の幌馬車が猛スピードでこちらに向かってやってくるのが見えた。
「来たか・・・」
男は馬車を一瞥すると、そうつぶやいた。
「え?」
「しっ、ソラ。おそらくアレは誘拐犯の仲間だ。恐らく待ち合わせ場所にこの馬車が来ないから様子を見に来たんだ」
フェイがソラに耳打ちをしてきた。
その言葉にソラが呆気に取られている間に幌馬車はこの場に辿り着いた。中からガラの悪そうな男たちが下りて来る。七・・・八人か。御者の男を入れたら総勢九人だ。
「こんなところで何道草食ってんだ」
「あいつらが何かしたみたいで馬が急に動かなくなったんッス」
御者をしていた男がそう言うと、幌馬車から最後に降りて来た大男が男たちを割って馬車の近くまで歩いて来た。まるでモーゼのようだ。
大男は黒髪黒髭、頭には何故か羽根が一本だけついたトリコーンを被っており、目には眼帯、左手に手甲鉤の様な武器をつけていた。
「なに?この人!船長感が凄くない!?」
驚きながらもニヤけるソラを見て、フェイが眉を顰めた。
「ねぇソラ、船長感って何?怖がる必要はないと思うけど、何でそんなに楽しそうなの??」
「え?だってあのボスみたいな人、海賊船の船長さんみたいなんだもん。あ~、眼帯と髭がなくてもう少し細身なら時計とワニが苦手な船長さんに近付けたのに・・・!惜しいっ!」
「え?それってなんかの物語?ソラって一体どんな本を読んでいるの?」
船長(仮)はフェイとソラが話している間に男からの報告を聞いたらしく、二人を一瞥すると舌なめずりをして男たちに言った。
「おそらくどちらかが特殊魔法持ちだ。魔法持ちは高く売れる。特殊魔法なら更に高値が付く。
二人とも見目は良いようだし、馬車の中のお嬢さんと一緒に売り払えば良い値が付くだろう。もう一人が何の魔法を使うかは分からねぇが、俺たちの敵じゃねぇ。
お前ら、打撲痕くらいなら消えるからいいが、くれぐれも擦り傷や切り傷をつけるなよ」
「「「ヘイ!」」」
誘拐犯の男たちが一斉に馬車に近付いてくる。
「ソラはここから攻撃できるよね。もう四回使っているから無理しないで。ボクは直接行ってくる」
「えっ!」
フェイはそう言うと立ち上がり、思い切りジャンプした。そして着地と同時に風圧で男たちを吹き飛ばしたのだ。
そうだった。ソラはフェイが拳で戦う派だったことを思い出した。一人、また一人と男を伸していく。しかし三人目の男を沈めたところで残りの男たちがフェイを警戒して遠巻きにした。
残りは六人。そこでソラは盗賊に襲われたときに教わった水魔法で誘拐犯の意識を狩ってみることにした。
しかし、カレリアのように動く的に水球を命中させる自信はない。
「五、そおっと、そっと・・・水滴よ。意識を奪え」
ソラが片手を空へ伸ばすと、詠唱と共に男たちの視界に入らない程の上空に六つの水球が現れた。
この大丈夫。意識を狩れなくても動きが鈍ればフェイの餌食だし、多少やり過ぎても生きてさえいれば回復魔法で何とかなるだろうから、練習だと思えばいい。
「ふふっ、魔法って楽しい・・・」
ソラは上げた手をゆっくり振り下ろした。




