31 なんでフォークをつけているの?
週末、約束のケーキショップに行くため、ソラはフェイと冒険者ギルドで待ち合わせをしていた。ソラがフェイについて歩いていると、彼女のお勧めだという可愛らしい装飾のケーキショップに到着した。
ショーウィンドウには色とりどりのケーキが並んでいる。チョコレートや季節の果物を使ったもの。見たこともない装飾を施されたケーキに今流行りの抹茶ココアを使っていると思わせる色合いのケーキ等様々だ。品数もかなり多い。
子爵領ではほとんど外出しなかったソラは、初めて目にしたケーキたちに目を輝かせた。
フェイはこの店の常連らしく、顔を見るなり店員に笑顔で迎えられ、店の奥まったところにある二人連れには比較的広すぎるのではないかというような大きなテーブルが置いてある個室に案内された。
そして、飲み物しか注文していないにも関わらず色とりどりのケーキが次々と運ばれてきて、あっという間に広いテーブルは埋め尽くされてしまった。
「こ、これは・・・?」
目の前の光景に驚くソラにフェイは言った。
「この店にあるケーキを全種類持ってきてもらったんだよ。ボクはケーキが大好きだからいつもこうやって注文しているんだ。ソラはこの中から食べたいものを選んで好きなだけ食べていいよ」
ソラも十六才の女の子だ。ケーキは大好物である。テーブルに所狭しと並べられたケーキの中から一つを指さしフェイに尋ねる。
「こ、このチョコレートケーキを貰ってもいい?」
「もちろん」
ソラはキラッキラに輝いて見えるグラサージュケーキを手に取った。フォークを入れると中はチョコレートのスポンジにチョコレートムース。ソラは震える手で、王都で食べるはじめてのオシャレケーキを口に運んだ。
「おおおおおおおおおぉ(シンプルだけどおいしい!)」
「ねぇ」
感動に震えるソラにフェイが話しかけて来た。
ケーキを食べながらだというのに所作がきれいだ。
「ソラってすごい魔法を持っているのにどこか抜けているよね?見ていて何かの事件を起こすか巻き込まれるかしそうで怖いんだけど」
それにしてもそんなに危なっかしく見えるのだろうか。やらかしたことといえば属性の設定を間違えたことくらいしか心当たりがないし、記憶が戻る前ならまだしも今では一人前だと自負している。
ふふん。
ソラが得意気にそう言うと、フェイは苦笑しながらこう答えた。
「初めて会った時は魔獣に食べられそうになっていたよね。その後ボクのこと何にも知らないのに『空間魔法』の魔石を作ってくれたし・・・あれ、ボクが悪用する可能性とか全く考えていなかったでしょ。
いきなり空を飛ぼうとして逆さ吊りになった挙句に落下死しそうになっていたし、初見の魔獣に突っ込んでも行ったよね・・・──あと、盗賊のアジトに突っ込んでいったとも聞いたけど・・・。
でもこうやって言葉にすると巻き込まれているとかじゃなくて、問題を起こして回っているって感じかな・・・」
ギルマスは一体フェイにどこまで話したんだとソラは思った。
「こうやって君のやらかしを並べると、やっぱり単独行動は心配になるよね。君、秘密を沢山持っているくせに脇が甘いし、初めてのダンジョンでサンドワームやサイクロンを引き当てたことを考えても一人で冒険者をさせるのは心配になる」
「・・・」
確かにソラはダンジョンでサンドワームに対し何も出来なかったため、単独で冒険者を続けることに不安を感じていた。魔獣の弱点や倒し方などの授業もあるようだが全てを網羅するわけではない。
──ケーキを口に運ぶ手を止めたソラに構わず、フェイは続けた。
「そう言うわけで、ソラ。ボクとパーティー組まない?君が冒険者の仕事に慣れるまで心配だから色々面倒を見てあげるよ。お礼は空の鉱石に魔力を込めてくれるっていうのはどうかな?」
(ん?それってわたしを利用しようとしているの・・・かな?)
ソラはチラッとそんなことを考えたが、フェイは命の恩人だし、ソラの魔法を含めた事情を知っている貴重な人物だ。アドルフが「信頼できるヤツ」と言っていたことも思い出し、その申し出を受けることにした。
「じゃぁ、お願いします(鉱石に魔力を入れるのだって朝飯前だしね)」
ソラはこの状況をとても楽観的に捉えていた。
パーティーを組もうと提案したのはフェイの方だが、悩むことなく即答したソラに、そんなに簡単に決めていいのかと言いたくなる。
話が一段落したところで、ソラは出会ったときからずっと気になっていたことを聞くことにした。
「──ねぇ、なんで頭にフォークをつけているの?」
・・・である。
「え?無い時に困るから?」
即答だった。
通常、ケーキに限らず食べ物を注文したらカトラリーが付いてくる。家で作ったとしても、招かれたお茶会でも、フォークだけがなくて困るという事態に陥ることはないはずだ。
まだ「かわいいから」とか言われた方がすんなり受け入れられたような気がした。
そうこうしているうちにテーブルに並べられたケーキはあっという間にフェイのお腹の中に消えてしまい、空のお皿が山積みになっていった。
ケーキは本来、お詫びのためにソラが奢るはずだったのだが、先日空の鉱石に『空間魔法』を入れてくれたからと、逆に奢られてしまった。
その後二人は思い立ったが吉日と早速パーティー登録をするために冒険者ギルドに向かうことにした。
二人が石畳の道をギルドに向かって歩いていると、一頭立ての豪華な馬車がある店の前で停まっているのが遠くに見えた。その車体に描かれている紋を、どこかで見たことがある様な気がしてソラは馬車を見つめながら歩いた。
店から馬車の持ち主が出てきたようだったが護衛と思われる騎士が主を守るように立っているため見えない。御者がステップを外しているので主人は馬車に乗り込んだようだ。
「?」
その時だった。
石畳の逆側から一人の男が馬車に忍び寄り、そっと御者台に乗り込むと、馬車からステップが外され護衛が扉を閉めた瞬間──御者が御者台に乗り込むのを待たずに男は馬に鞭を入れたのだ。
ヒヒーンッ!
突然の出発の合図に驚いた馬は大きく嘶き、猛スピードで走りだした。馬車は大きく揺れ、あっという間にその場から遠ざかって行ってしまった。
「おっ!お嬢様あぁっっ!!」
残された御者がステップを放り出して後を追うが、追いつけるはずもない。
必死に扉にしがみ付いていた護衛がカーブで振り落とされたのが見えた。
「え、ええええっ!!!」
呆気に取られて何も出来ずに眺めてしまっていたが、これはリアル誘拐事件だ!
「ソラ、追うよ!」
フェイもその光景を見ていたらしく、そう言ってすぐさま走り出した。




