30 王太子殿下とのお茶会
ブライアン・ファランドール王太子殿下は御年十八才。王族のみに受け継がれるという金髪碧眼の美丈夫で、現在魔法科の三年生である。とはいっても学園で学ぶべきことは既に履修しており、現在は公務をこなしながら時折学園に顔を出している程度なのだという。
ただの子爵令嬢が王族と同じテーブルに着くなど恐れ多いが、王族の言葉に逆らうこともまた難しい。一体叔父にカノンの何を聞いて、何の用があるというのか。
「すまない。そんなに構えないでくれないか?本当に会ってみたかっただけなのだよ」
ギルマスはカノンの情報は学園長だけでなく有事の戦力とするために国王と王太子にも共有されていると言っていた。おそらくブライアンは本当にカノンに会ってみたかっただけなのかもしれない。
ミレイユが手ずからお茶を淹れてくれる。
カノンが「お手伝いを──」と言って立ち上がろうとすると、笑顔で「王太子殿下のお相手を」と言われてしまった。
「ミレイユの淹れてくれるお茶は美味しいんだよ。こんな時でないと飲めないのが残念なくらいに」
子爵令嬢であるカノンですらお茶など淹れたことがないのだ。この場に侍女がいれば公爵令嬢にお茶を淹れさせることなどしないだろう。飲めないのは当然だ。
お茶会の作法などさっぱりなカノンが、王太子を前にしてガチガチに固まっていると、ブライアンは子爵領での暮らしや特産などを話題にしてくれた。
そして、カノンの緊張が少し解れたところで、突然ブライアンの惚気話がはじまった。
「私とミレイユは初恋同士なんだ」と。
「はぁ・・・」
まさか、これが本題だろうかと、カノンは何とも言えない気持ちになったのだが、話は思いもよらない方向へ進んだ。
身分的にも人柄的にも全く問題のないミレイユは幼いころからブライアンの婚約者として育ってきた。しかし、長年の慣例から魔法発現前であったミレイユは名目上「婚約者候補」とされた。この時は誰も公爵令嬢であるミレイユが一属性しか発現しないなど考えもしなかったのだ。
しかし実際に魔法を発現したミレイユは魔力が多いとはいえ一属性。
ここで貴族は王太子の気持ちを鑑みて、公爵家の血統であることは確かであり魔法以外の振舞いは申し分のないミレイユを王妃として推す派閥と、生まれてくる王族が二属性や一属性であったらとミレイユが一属性であることを不安視する派閥に分かれてしまった。
そして後者の派閥が擁立したのが当時すでに二属性魔法が発現し、婚約者のいなかったアイネだった。アイネの父であるゴルドベルグ侯爵が宰相を務めていることも大きかったのかもしれない。
ただ、ゴルドベルグ侯爵は真面目で曲がったことは嫌いな性分で心から国のことを考えているため、アイネが王妃になることに対して積極的ではないらしい。
「なのに何故ゴルドベルグ侯爵令嬢は婚約者候補になれたのですか?」
「侯爵が断って派閥が他の候補を擁立する方が面倒だと思ったそうだよ。ゴルドベルグ侯爵令嬢であれば、侯爵家家長である宰相が認めなければ婚約者にはなれない」
そこでブライアンが真剣な顔になった。
「ゴルドベルグ侯爵令嬢は『王妃になりたい』というより『一属性』のミレイユより『下』の地位になることに耐えられない。負けたくないと思っているようなんだ」
なるほど、とカノンは思った。
アイネは今現在、親の爵位であってもミレイユより『下』であることにも耐えられないのだろう。ミレイユが『一属性』であることを執拗に攻めていたのはそのせいか。
「今回の停学処分を受けたゴルドベルグ侯爵令嬢は、プライドを傷付つけられ、かなり焦っていると聞く。感情のまま、ミレイユに対してこれまで以上に強引な手段に出るのではと思えてならないのだ。どうか君にはミレイユに危険が及ばないか気にしていて欲しい」
現にアイネは感情に任せてミレイユに火魔法を放っている。これはクラスメイトとしてのカノンにではなく、冒険者としてのカノン(ソラ)へのお願いなのだろう。
(これが本題か──)
その日のお茶会はそこでブライアンに迎えが来て時間切れとなった。
「なんだか騙してしまったみたいでごめんなさいね。殿下がどうしてもクライスラー子爵令嬢と話がしたいと仰ったもので・・・まさかあんなお願いをするためだったなんて──」
心底申し訳なさそうにミレイユは言うが、アイネがあのような性格でそのような考えの持ち主である以上、ブライアンが心配するのも頷けた。あの火魔法だって、ミレイユの防御が間に合わなければ今頃ミレイユは大火傷だったし、命すらなかったかもしれないのだ。
カノンの本当の魔法を知るブライアンが、ミレイユとアイネと同じクラスであるカノンに接触しておこうと思うのは当然のことだろう。
ちょっと強引ではあったが王太子殿下と子爵令嬢だ。こうでもしないと言葉を交わすことは難しい・・・?──いや、別にお茶会でなくとも学園長室とかどこぞの空き会議室とか色々場所はあったはずだ。
(まさかオークス公爵令嬢の淹れたお茶が飲みたかったから?)
もう会うこともないだろうが、カノンはこの日からブライアンを気の毒に思うのを止めた。
しかし、カノンはこの先何度もブライアンに会うことになる。




