26 アイネの攻撃魔法
翌日の一時限目は、魔法科の授業は魔法コントロールの実技だ。入学試験にあったように、魔法を真っすぐ飛ばして的に当てることを目的としており、屋外で行われる。
そしてその授業は入学試験で魔法を的に当てた者は既にクリアしていると見做され見学可となる。見学の対象者はカノンとミレイユを含めた数人の生徒たちだ。
彼(女)らが本格的に参加するのはこの後からはじまる実技授業になる。
この授業はコントロールを失った魔法によって生徒に危険が及ばないように、入学試験の行われた屋外訓練場にて行われていた。
そこに、カノンがどこかやり切ったぞという表情で現れた。
「おはようございます。その様子は・・・何か得る物があったということですわね」
そう言ってミレイユが声を掛けて来た。
あからさまだったミレイユへの中傷は、学園入学してからカノンの耳に届いていない。当然三属性のカノンがいる教室でアイネがミレイユに絡んでくることもない。そのせいか入学試験の時よりミレイユの表情が明るいように感じる。
この世界の価値観として魔法に重きを置かれているのには訳がある。
ここは普通に魔獣が存在する世界だ。魔力を持つ魔獣に魔法を持たない者が立ち向かうには無理がある。必然的に魔法を使えるものが魔力のない者を守って魔獣と戦う必要性が出てくる。力のない平民は働き税金を納め、その見返りとして貴族は力を行使して平民を守る。それがこの国の社会の簡単な構図だ。
普通科にも「選択授業」として魔法の授業はあるが、一属性で威力も弱い者とそうでない者では、現場での動きも役割も違う。将来この国で魔獣討伐という重要な役割の中心に立つ精鋭たちが集うクラス。──魔法科の生徒たちが一目置かれる理由の一つがこれだ。
そして身分制度のピラミッドの頂点に三属性の王族が君臨し二属性である高位貴族がそれに続くことや、入学試験で魔法の属性数を優先して魔法科の生徒を選考することもあり、貴族の間にも属性数至上主義の者が多いと考えられる。
ちなみに魔法科で優秀な成績を修めた者はこの国の魔法師の頂点である宮廷魔法師団からスカウトが来ることもあり、それを目標としている生徒もいる。
魔法コントロールに長けている者以外は、魔法科入学後にコントロールの精度を上げ、その後全員で威力の更なる上昇や使える魔法に幅を持たせることを目指すのだ。
魔法科の教育目標は「魔獣討伐における(様々な役割での)即戦力の育成」なのである。
しかし、それが分かっていても納得できない者がいた。
侯爵令嬢のアイネ・ゴルドベルグだ。
彼女は風と火の二属性だがミレイユの魔力が上の上であれば中の上だ。威力はそこそこあるが、先生から提示された詠唱を使っても、気が短く集中力もないアイネが放った魔法はあらぬ方向へ飛んで行く。ミレイユと違いアイネは訓練を必要とするレベルである──その事実が彼女のプライドをいたく傷つけ、事件は起こった。
自分が視界に入ればアイネが集中力を欠き訓練に身が入らないであろうと、ミレイユは彼女の視界に入らないようカノンと共に休憩場を兼ねたベンチが置いてある木陰に入っていた。入学試験で的を射たのは二人だけではない。そこには他にも数人の令息令嬢が休憩をしていた。
しかし上手くいかないコントロールに苛立ったアイネはその捌け口を探し、わざわざミレイユのところにやって来たのだ。
「あら、(一属性の)ミレイユ・オークス公爵令嬢じゃない。もっと必死に練習をしたらもう一属性くらい発現するかもしれなくってよ」
カノンの手前、流石に「一属性の公爵令嬢」とは言わなかったが、これまでの歴史で後からもう一つの属性魔法が発現した例はない。勿論アイネもそのことを知っていてわざと言っているのだろう。稚拙だ。
露骨な嫌味に全く反応しないミレイユに余計頭に来たのか、ヒステリックにアイネが叫んだ。
「なに?言われっぱなしではなくて何か言い返しては如何?一属性な上にそんな弱気では王妃など務まらないですわよ!二属性の私に張り合っても無駄なのだから、さっさと殿下の婚約者候補など辞退しておしまいなさい!!」
「ゴルドベルグ侯爵令嬢。今は授業中ですわ。他の生徒の邪魔になります。場を弁えて授業に関係のない会話は避けて下さい」
ミレイユはアイネの挑発に乗ることなく穏やかな笑みを浮かべたままそう返した。
学園入学後からのミレイユは少しアイネへの対応を変えた。試験の日が初対面であったカノンにはその変化は分からなかったが、これまで言われっぱなしであったミレイユからは想像が出来ない態度と正論で諭されてしまったアイネにとって、それは屈辱だった。
「・・・授業に関係があればいいのね・・・的はあなたよっ!」
アイネは入学試験から感じていたストレスに感情を制御することが出来なかった。立ち去るフリをしてミレイユから距離を取るとブツブツと早口で詠唱を行い、ミレイユの周囲に他の生徒がいることにも構わず魔法を放ってしまったのだ。
アイネが感情のまま放った火魔法がミレイユを襲う。それはいつもの彼女の魔法の威力の数倍はあり、狙いがはっきりしているためコントロールも良かった。
そしてまっすぐ飛んでくる火魔法に驚いたミレイユは咄嗟に土魔法で防壁を作った。魔法属性の数では劣っているが、威力ではミレイユはアイネの遥か上を行く。ミレイユの作った土壁はアイネの火魔法をいとも簡単に弾き返したのだ。
そこまでは良かった。
いや、良くはないが、アイネが放った魔法だ。戻ってきた魔法をアイネ自身が相殺すれば事なきを得たのだ。
しかし実践経験の無い貴族令嬢にそれは無理だったらしい。
まさか自身の放った火魔法が跳ね返ってくるとは思わなかったアイネは返って来た火魔法を避けるため、風魔法をぶつけてしまったのだ。
その場所が屋外訓練場であればまだよかったが、休憩場を兼ねた木陰であったことが災いした。風に巻き上げられ、威力を増した炎が木に燃え移ってしまったのだ!
「なっ、何をしているのですか!?──だれかっ、水魔法を・・・」
騒ぎに気付いたコラーリが慌ててこちらにやってくるのが見えた。しかし彼女の属性は水ではない。
水の属性魔法を使える生徒はいたが、魔法が発現して間もなく実戦も未経験の生徒たちに、風に煽られ広がっていく炎を消化するだけの威力の魔法を撃てる者はいなかった。
火は風に煽られ勢いを増す。当のアイネは炎を見上げ、座り込んでしまっていた。
(凄い迫力! 簡単に燃えそうにない生木を一瞬に火だるまにするなんて流石悪役令嬢(仮)っ!このポテンシャルがあるのなら真面目に授業に取り組めばいいのに)
カノンはその迫力ある光景にこれが現実であることを忘れ、その迫力と燃え盛る炎に感心していた。
「あっ!」
「え?」
誰かが上げたその声でカノンは正気に戻った。声のした方を見ると、恐怖で動けなくなった生徒たちの上に炎を纏った枝が落ちているところだった──。
水魔法では間に合わない!風で吹き飛ばすのは論外だ!!
燃え落ちた木々や葉が令嬢の上に落ちることは避けられない──
「「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」」」」
生徒たちの絶叫が辺りに響いた。




