25 魔法の発動方法
この世界の魔法詠唱に決まり文句はない。この世界での『詠唱』とは唱えることで魔法の威力や効果が高くなる「盛り上げ部分」と「放つ魔法の名称」を組み合わせたもののことで、「盛り上げ部分」の文言が人それぞれ違うからだ。
図書館に『これで君の魔法もパワーアップ間違いなし!魔法詠唱100』というシリーズの本が全巻セットで置いてあるほどには詠唱は自由だ。
入学試験で魔法を的に当てることが出来なかった学生も、授業で先生から提示された基本詠唱を唱えるだけで魔法の威力が飛躍的に上がったりするのでバカには出来ない。
魔法科の生徒は皆学園在学中に自分の力を最大限に引き出せる詠唱に出会えるかどうかが、これからの魔法師人生を左右すると言っても過言ではないのだ。
カノン的には「盛り上げ部分」によって気分が高揚すれば魔法の威力も上がるため、その時々で一番気持ちの入る言葉を適当に口にすればいいのだと解釈している。みんな意識せずとも発動する魔法のイメージは脳内で出来ているだろうから名称は多分おまけだ。
冒険者ギルドでの勝負の際は「場外に飛んでけっ」で重力操作が発動したし、盗賊の火球に対処したときは「炎よ消えろ」で水魔法が発動したためその解釈はおそらく間違っていない。
しかし、両親や兄が魔法を使っているところも見たことがあるし、確かによく物語を読んでいたため詠唱自体にはなじみはあるのだが、正直カノンは「盛り上げ部分」を考えるのは勿論、カタカナの詠唱が苦手だ。
火球、水球などの“ナントカボール”と土弾や石弾の“ナントカバレット”、刃が付いたら“ナントカカッター”・・・それくらいなら分かるのだが、長いものは漢字の字面だけ見て何となく読んでいたため、前置き部分やフリガナは全く読んでいなかった。なので魔法の名称がさっぱり分からないのだ。
地球での最後の生がどんな時代で何才くらいだったかまでは思い出せないけど、「詠唱」というより「呪文」の方がしっくりくるし、小難しい文言を羅列するより杖を振ったりコンパクトを開いたりして「〇〇にな~れ」と言った方がきっと早いしわかり易い。
(・・・固定呪文を考えるとか・・・)
過去の魔法少女たちが使っていた固定された呪文。例えば代表的魔法少女の「ベララ〇ラー」みたいなやつのことだが、誰もが魔法によって異なる詠唱をしている中、一人固定された呪文を使うと目立つだろうか。
カノンが詠唱にこだわっているのには理由がある。
──気付いてしまったのだ。
カノンは詠唱の際「一、二」と数を数えることからはじまるかなり個性的な呪文を唱えている。
折角『ソラ』に変装しても、その個性的な詠唱で正体がばれてしまうかもしれない。
「この世界にある魔法の発動方法かぁ~」
次の授業が行われる教室に移動しながらカノンがそんなことを考えていると、近くを歩いていたらしいミレイユに声を掛けられた。
「何か悩んでいらっしゃるの?詠唱以外にも発動方法はいくつかあるはずよ。コラーリ先生に質問してみてはどうかしら」
ミレイユは入学以来よくカノンに話しかけてくる。
馬鹿馬鹿しいことだがここは属性数至上主義の貴族社会だ。
やはり一属性のミレイユでは自分の身は守れても、アイネのあの横暴から人を守り切るのは難しい。しかしアイネを上回る三属性のカノンであれば、仲良くしてもアイネに危害を加えられることはない。気兼ねなく話せる相手が出来てうれしいと、顔に書いてある。
まぁ、それは事実なので全然かまわないのだが。
「私がどうかしましたか?」
「コラーリ先生!」
そこで丁度後ろを歩いていたコラーリが二人に声を掛けて来た。
「はぁ、詠唱以外の魔法の発動方法ですか」
学園内にある専用の研究室で、コラーリが呆れたようにそう言った。
魔法属性数至上主義の王都で王族に並ぶ三属性という魔法が発現したとすれば、その人物は格好の良い詠唱を考え、これ見よがしに魔法を使うだろう。──にもかかわらず、三属性の魔法を使うことができる本人が詠唱以外の魔法の発動方法に興味を示すとは。
しかし・・・とコラーリは考えた。
彼女は間違いなく教師人生で出会うことは二度とない唯一無二の生徒だ。その生徒に個人的に教えを請われる・・・なんと教師冥利に尽きる出来事か。それに魔法の発動方法に興味があるだけで、詠唱以外での魔法発動を考えているとは限らないではないか。
「わかりました。ではいくつかある『魔法発動方法』について講義いたしましょう。──とはいっても魔法は詠唱ありきであるため、あまり種類はないのですが・・・」
コラーリはそう言うと、笑みを深め研究室内の魔法板にいくつかの言葉を書き始めた。
魔法発動方法
・詠唱魔法
・無詠唱魔法
・儀式魔法
・手印魔法
「まず『詠唱魔法』は自身の魔法の威力を最大限に引き出せる言葉を詠唱することにより魔法を発動する方法です。こちらは授業でもお話していますので説明は省きます。
そして『無詠唱魔法』は言わずもがな、詠唱無しで魔法を行使することです。しかし無詠唱魔法は高度な技で、出来たとしても詠唱魔法の半分も力が出せないこともあるそうです。熟練の魔法師にも難しいと言われており、現在完全に無詠唱魔法を使えこなせている方は宮廷魔法師の中に数名おられるだけです」
そこでコラーリは思い出したように言った。
「あぁ、あとAランク冒険者の魔法師の方が魔道具を媒体とすることでほぼ無詠唱で魔法を使われるそうです。これも熟練の技ですね」
無詠唱魔法・・・考えたことがなかったが「有り寄りの無し」だとカノンは思う。熟練の魔法師にも難しいのであれば、使ったら最後、さすがに『ソラ』でも目立ち過ぎだろうと思ったからだ。
そしてAランク冒険者というのはカレリアのことだろう。あんな大きな杖──おそらく物理攻撃にも使っているに違いない──を持ち歩くのは流石に目立つため小さな杖をと考えていたが・・・そうか、この世界では難易度が高いという設定なのか。
「次に『儀式魔法』です。これは儀式を行うことによって発動する魔法で、現在使える者はおりません。これは古代魔法の発動方法で、目的に合った魔法陣を記入し起動の儀式を行うことで魔法が発動するというものです。こちらは現存する魔法陣が少ないうえに魔法を使うたびに魔法陣を書く必要がありますので使えたとしても現実的ではないですね。
最後が手印魔法です。読んで字のごとく、手で印を切ることで魔法を発動する方法です。声を発しないため対象に存在を悟られないというメリットがあります。これは魔獣退治の時などで時々使っている方もいます。手印さえ覚えれば誰にでも扱えますが、魔法によって手印も違うため、魔法の数だけある印を覚えるのも一苦労で片手ないし両手がふさがるのがデメリットです。
まぁ、一番現実的なのは杖などを使った詠唱の短縮でしょうが、既にあなたはこれ以上ないくらい詠唱を短縮されていますから──」
「ありがとうございました!」
そう言ってカノンはコラーリの研究室を後にした。
図書館で調べることは出来るが、どの程度の人がその発動方法を使用しているかまでは本に書いていないので、コラーリ先生から話を聞けてラッキーだったと思う。
正直一番惹かれるのは無詠唱魔法だ。この世界にあるのだから、カノンにも出来るはずだ。しかし、カノンには魔法は一日十回という制限がある。目立つというのも使えないと思う理由の一つだが、無詠唱だと何回魔法を使ったのかが分からなくなりそうだというのが一番の理由だ。
儀式魔法──というより『古代魔法』という言葉に興味を覚えたが、聞く限り現実的ではないし今必要な魔法ではないので後回しにする。
となると、消去法で使えそうなのは覚えさえすれば誰にでも使えるという手印魔法か。
手印魔法なら使っている人もいると言っていたが、『印』とは前世でいうところの『九字護身法』──臨、兵、闘、者・・・みたいなヤツのことかな。
「・・・」
無理だ。そんなもの覚えられる気がしない。
ならばオリジナルで手印を作るのはどうだろう。先生は魔法によって手印は違うと言っていたし、魔法の数だけ手印があるならちょっとくらい違うものをカノンが使っていてもかまわないだろう。
手印魔法と見せかけて指で数を数え、無詠唱魔法で魔法を放つ──。
(おおおっ、凄く良いアイデアじゃない?)
この日はまだ授業で二回しか魔法を使っていなかったため、カノンは残りの八回を使って“なんちゃって手印魔法”の練習をすることにした。




