20 美少女とカトラリー
その時だった。
どこからか何かが中央の穴めがけて降ってきたのだ。
どごーーーーんっっ!
爆音と同時に周囲の砂が巻き上げられ、ソラの身体も吹き飛ばされるように宙に舞い上がった。砂のせいで目を開けていられない。
「ぇ?」
一体何が起こったのかと思った瞬間、誰かに空中で抱き留められたのが分かった。助けられたのだ。
巻き上がった砂から離れたところでソラは地面に降ろされた。
「あ、ありがとうございます」
降ろされたのと同時にお礼を言って深々と頭を下げる。
「ギルマスに頼まれていたからね。無事でよかったよ」
意外にも可愛らしい声がしたため体を起こし命の恩人の姿を見ると、そこにはこの場にはそぐわない出で立ち──三段フリルが可愛らしいティアードワンピースに編み上げブーツ。紫色の長い髪を耳下で二つに結んだ金の瞳の美少女が立っていた。
ソラより少し年下だろうか。
手にはフリルのついた白い絹手袋。頭には用をなさないであろう大きさの帽子・・・に、ワンピースと共布で作られたリボンのついた小さなカトラリーが付いていた。
(・・・フォーク??)
取り敢えず再び魔獣が出たらいけないからと言われ、ソラは促されるまま彼女について階下に続く階段への入り口まで移動した。
「あ、あの、助けてくれてありがとう」
安全な場所につくと、ソラは改めて深々と頭を下げた。
「いいよ。さっきも言ったけどギルマスからの依頼だから」
彼女はそう言ってにっこり笑った。
そういえばアドルフは「信頼できるヤツに遠くから見守ってもらえるようには手配している」と言っていた。ソラは帰ったらアドルフにもお礼を言おうと心に決め、忘れないうちに先ほどの魔獣への対応を彼女に尋ねることにした。
「あの、さっきのアレ──一体どうやって倒したの?」
冒険者になってはじめて遭遇した魔獣が軽くトラウマになりそうなアレだ。薬草採取がEランク以上の仕事であるのなら、またあの魔獣と遭遇する可能性は十分あるだろう。
ごく稀に出ると言われている大型の魔獣が先ほどのアレなのであれば、聞けるうちに情報を仕入れておかないと次は確実に餌になる自信があった。
彼女はそんなソラを見て驚いた後にクスリと笑った。
「え?あぁ、人によって違うと思うけどボクの場合はこれ」
彼女はそう言うと、白い絹手袋をした手で握り拳を作り、腕を曲げて腕の筋肉を強調するようなポーズをとった。
「え?拳?」
「そ」
彼女は可愛らしい見た目に反し、腕力に訴えるタイプの冒険者だった。
彼女の説明によるとアレは『サンドワーム』というらしい。アレはやはり巨大な『アレ』だった・・・。
「普段は砂の奥底に潜っているんだけど、時々水分の多い薬草を狙って出てくるんだ。滅多に遭遇することはないんだけど・・・運が悪かったね」
「えぇ・・・」
運が悪くて死にそうになるなんて、ダンジョンって恐ろしい・・・。
穴を確認した時点で走って逃げれば穴に落ちることはないらしい。
万が一穴落ちたとしても回避するのは簡単。物理的に衝撃を与え、口を閉じさせればいいのだそうだ。
ちなみに『サンドワーム』は薬草が育つのに最適な環境を作るのに一役買っているらしく、討伐は禁止されている。そう言えば受付のおねえさんもそんなことを言っていた。
「ソラの場合、要は何でもいいから威力のある魔法をぶつけることかな。出来るのであれば、その衝撃を利用して穴から離脱するのがベストかな。こっちが逃げられなくても一発入れればあっちが逃げていくんだけど、あそこから這い上がるのに体力使うからね。
で?ソラはこの後どうするの?帰るなら上まで送っていくよ」
彼女が小首を傾げるとフォークが揺れる。その申し出にソラは首を振って答えた。
「ダンジョン内を見学したいし、まだ依頼の薬草を採取できていないからこれから二階層に行かなくちゃ」
いくら魔獣に襲われたとはいえこれから冒険者として活動するのだ。中途半端な状態で初依頼を終えたくはなかった。それに折角ここまで来たのだ。依頼の薬草は一、二階層で採取できると言われているが、ダンジョンを一通り探検したかった。
「OK。なら下に降りよう。ボクが案内してあげるから時間が余ったら少し付き合ってよ」
そう言って彼女は階下に向かって足を進めた。
このダンジョンは薬草階が五層、魔石階が五層。更に下に何層か降り、地下牢が三層。
ちらほらと冒険者の姿が確認できたが、二階層は薬草『畑』というより野原と森で、『鑑定魔法』なしで依頼の薬草を探すのは大変そうだ。
「二、鑑定」
一階層で使った鑑定はアレのせいで解除されてしまっていたため、ソラはもう一度鑑定を使った。野原にいくつかの薬草の名前が浮かび上がる。採取した薬草は先ほど同様『収納』していく。
途中川や滝などもあり、目的のものを含めいくつかの薬草を採取した。アドルフが依頼の薬草でなくとも買い取りをしてくれると言ったからだ。
見ると水中や滝横の岩の苔など採取できる素材がたくさんあったが、時間は有限。二階層はこの辺にして三階層に降りることにした。
三階層に足を踏み入れると、なんとそこは夜の森だった。中央付近に大きな湖があり、まるで月明かりのようにほのかに明るかった。
ダンジョン内では何が起こるか分からない。そしてソラの魔法には回数制限がある。ソラは魔法消費を抑えるため鑑定をかけっ放しにしている為、次々と周囲の情報が視界に飛び込んでくる。暗いからか、文字が少し発光していてキレイだ。
この階層は夜にだけ採取できる薬草の『畑』らしい。月明かりの元でのみ開く花や発光した花粉や種を飛ばしているものもあり、それが蛍のように見えて階下に地下牢さえなければデートスポットといった感じだ。
「依頼分は採り終えたかな?」
「うん、ばっちり」
四階層は熱帯雨林で雨が降っていた。ここが一番魔獣との遭遇率が高いらしい。
森の中で薬草採取をしていると、二人の前にのっそりのっそりと大きな魔獣が回り込んで来た。
驚いて、また『鑑定』が解除されてしまった。
「この魔獣は『サイクロン』といって、風属性の魔獣だよ。こいつまでダンジョンに生息していたとは・・・」
(サイじゃないんだ・・・)
これまでダンジョンで確認されたことはない魔獣らしいが、どう見ても動物園で見たことのある『カバ』だった。サイクロンなのに、と何となく残念に感じたソラだったが、二人を敵だと認識したのかカバ・・・じゃない『サイクロン』の様子が変わった。
フウウウウウゥゥゥゥゥ~~・・・
鼻息が荒くなり、力んで深い息を吐いた『カバ』の鼻先から角が出たのだ!
「この魔獣の特徴は、戦闘モードになると鼻先に角が出現するんだ」
(『サイ』だー!!!)
「この魔獣は魔石と角に良い値が付くんだけど、角が出現する前に討伐しても魔石しか採れないから注意が必要だよ」
ソラが『サイクロン』について説明を受けていると、『サイクロン』が勢いよく前足をあげて立ち上がった。かなり大きい。そして前足を振り下ろすと辺り一帯に暴風が発生した。
「ソラ、土壁だ」
「あ、わかったっ。三、防げ!」
ソラの出した壁に隠れた二人は『サイクロン』の様子を伺う。
「こいつ、風が収まるまで近付けないから近接攻撃が得意なボクとは相性が最悪なんだよ。しかも角や風魔法の攻撃だけでも厄介なのに、外皮がとても固いんだ。だから奴を倒すには──」
外皮の硬い魔獣の倒し方の定番と言えば一つしかない。
「体の中──口から攻撃する、だね。四、行っけー!」
「あ、ソラっ」
外皮の硬い魔獣は体内からの攻撃に弱いというのが定石だ。
ソラは風が収まったタイミングで立ち上がると、『サイクロン』を指さし叫んだ。ソラの手元に火球が出現し、勢いよく『サイクロン』目掛けて飛んで行く。
が、
「え?」
──肝心の口が開いていなかった。
ひるんだソラの様子に好機だと思ったのか、戦闘モードの『サイクロン』がソラ目掛けて突進して来た。
(やっば!)




