2 真昼のアンデッド
馬車の外から剣戟の音が聞こえてくる。
確か護衛の冒険者は三パーティーで計十三人。通常より多めだ。
冒険者のランクには最下位のGから最高位のA。そして人外のSランクがある。
通常、長距離馬車の護衛依頼はDかCランクが複数パーティーで受けるらしいのだが、今回この馬車の護衛には元々護衛予定だった冒険者に加え、心配性のカノンの兄が依頼したカノン専属の護衛が同行していた。
「一!怪我よ治れ」
カノンは自身に回復魔法をかけると何事もなかったように立ち上がった。物心ついてから今まで頭の中に掛かっていた靄が晴れたような気分だ。
見ると乗客と御者のおじさんは何故か馬車の隅で震えていた。そんなに盗賊が怖いのかな?まぁ、怪我はなさそうなので良しとする。
カノンは馬車の扉に血の乾ききらない手をかけた。
学園生時代の仲間とパーティーを組み冒険者として活動するエイシスは、ジュール・クライスラー子爵令息に王立学園の入学試験を受けに行く彼の妹──カノンの馬車旅での護衛を頼まれた。
「よ、よろしくお願いしますぅ・・・」
紹介されたカノン嬢はブラウンの髪と瞳のちょっと『ぽやん』と──いや、『おっとり』とした印象の可愛らしい少女だった。尻すぼみになりながらも頼りなさげに挨拶する姿に、ジュールが心配に思うのがよくわかった。
聞くところによるとカノン嬢はまだ魔法が発現しておらず学業はかなり苦手らしい。
その為本人も入学試験には落ちると確信しているらしいのだが、実際に試験に落ちた時──この国でのそれは令嬢としての命が尽きたのと同義だ──無事に家に帰って来ることが出来るのか心配なため、どうしても領地を離れられない家族の代わりに無事に連れ帰って欲しいというのが今回の依頼だった。
貴族や商人の馬車ならいざ知らず、平民の長距離馬車が狙われることはほとんどない。数日にわたる行程は問題なく進み、このまま何事も起こらず王都に到着するかと思われたところで盗賊が現れた。
馬車が急停車し、御者が慌てて馬車内に逃げ込んだ。
盗賊は数にして三十超。すでに馬車は囲まれている。
「多いな」
何故平民用の長距離馬車にこの人数の盗賊が?もし護衛がDやCランクの冒険者だけであったら死人か重傷者が出たかもしれない。
様子見のためか遠巻きにしていた盗賊の、一番後ろに控えていた男が言った。
「その馬車に高く売れそうな貴族のお嬢さんが乗っているだろゥ?大人しくこっちに渡せばこのまま退散するぜェ?魔法が使えるのなら倍額で売れるからなァ──」
男がニヤリと下卑た笑みを浮かべた。
狙いはカノン嬢か。平民の格好をしているとはいえやはり手入れのされた髪や肌、持って生まれた容姿はごまかせないらしい。いったいどこで目をつけられたのか。
護衛対象が狙われているのなら盗賊の相手はエイシスたちの仕事だ。
「君たちは馬車の周囲を固めろ!乗客は勿論だが馬や馬車も死守しろ!」
「「「は、はいっ!」」」
乗客は勿論だが、馬や馬車が動かなくなればここで足止めを食らうことになる。エイシスが他の冒険者にそう指示を出すと、彼らは素直に馬車の周囲に散っていった。
「じゃあ、一人十人ってことで、OKかな?」
「なら私の獲物は三十ってことね」
「・・・二人とも計算が合わないぞ?」
そう言って、やる気満々のフランツが銀色の槍を、余裕の笑みを浮かべたカレリアが身の丈ほどの杖を構えると、アッシャーがそれに冷静に突っ込んだ。
エイシスがアッシャーを横目で見ると、彼はその大きな体と同じくらい大きな盾を構え、ニヤリと笑った。
盗賊に渡す、訳がない。
「かかれェ!」
リーダーの合図で盗賊たちが一斉に襲い掛かってくる。傲りではなく正確に相手の強さを見極め、取るに足らない相手だと判断した。
盗賊が全員で獲物を狩りに来ることはほとんどない。全体数が少ないのであればそれもあるが、ここにいるだけで三十人の大所帯。確実に獲物を手に入れるために、後方で控えている者が必ずいるはずだ。旅はまだ続くため魔力を無駄には出来ない。
エイシスは剣を鞘に入れたまま盗賊を殴り倒していき、アッシャーが大盾で盗賊をどんどん弾き飛ばした。フランツが槍を回転させ飛んでくる弓矢を弾くと、その矢は死角から馬車に近寄ろうとする盗賊の足元に突きささった。それにより盗賊の存在に気付いたCランクパーティーが、弓矢に気を取られている盗賊に飛び掛かって行った。
カレリアが短い詠唱を終えて杖で一回地面を突くと、そこから発生した複数の水球が、その弓を射ったであろう盗賊めがけて勢いよく飛んでいった。水球は盗賊の顔に直撃すると、頭ごと覆い窒息させてその意識を狩っていく。
基本犯罪者は生かして捕らえ労働力とするのがこの国──ファランドール王国の方針だ。その為、基本犯罪者は捕縛するのだ。
そうこうしているうちに、あっという間に立っている盗賊は数人となった。
「大人数ぶつければ勝てると思ったのだろうが、残念だったな」
「畜生!こうなったら──!」
焦った盗賊のリーダーがそう叫んだ、その時だった。
馬車の中から乗客の悲鳴が聞こえてきた。
「「「ぎゃぁーー!アンデッドっ!!!」」」
「こんな昼間からアンデッドだって!?」
「あら。それは大変ですわ。私がお相手をしてもいいかしら」
アンデッドが馬車の中に!?
フランツが叫び、カレリアが笑みを深めて馬車の方を見た。馬車を守る冒険者たちは青い顔をしている。
アンデッドは光魔法かその魔道具を持っていないと対処することが出来ないのだからそれは無理もない。
馬車内の異変に、アッシャーの伸ばした手がその扉に触れようとした時、それは内側から開いた。
そして中からヌッと血にまみれた手が見えたかと思うと、続いて頭から顔面にかけて血塗られた人型の何かが姿を現した。




