4話 家族団らん
***
優衣さん……すごくきれいな人だった。
あんなレベルの美女、これまで見たことがない。
芸能人にだってあんなにかわいい子はいない。
そんな人に命を助けてもらって連絡先までもらった。
僕には、力がある。
人を簡単に殺してしまうことが出来る能力だ。
これまで三人ほど殺した。
警察が原因不明の事故と呼んだ肉塊を生み出したあの事件。
僕が、この手で作り出した吐き気が催すようなあの景色。
その景色だけが、今も瞼の裏に焼き付いている。
自分の力をコントロールすることができずに警察が原因不明の事故と断定してしまうほどの酷い遺体を作り出してしまったことがある。
償わなくてはならない。
三人の命を奪い、平凡な毎日を生きていいはずがない。
きっとそういった感情が心の奥底に道路にへばりついたガムのようにとれなくなってしまった。
だから、きっと今日も体が動いてしまったのかな?
雨を浴び、体中の水滴を弾いた後に荷物が残っている小屋の中へ戻り、優衣さんに頂いた服を身に着け、腰にタオルケットを巻く。
流石にこの状態で自転車をこぐことが出来ない。
荷物を自転車にひっさげ、大雨の中ゆっくりと家へ向かう。
実際に歩いた距離は大したことが無かったが、雨の中の移動は遅々としたものでいつもの移動時間時間の三倍はかかってしまったのではないだろうか?
それにしても、明日の制服はどうすればいいのだろうか?
まぁ、これは後で考えるとして今は家族からの愛を享受しなければならないようだ。
家のインターホンを鳴らすと父さん母さん妹と家族総出で心配して駆けつけてくれた。
どうやら優衣さんが僕のケータイに連絡先を打ち込む際、家族の連絡先を発見して、それを覚えたまま帰り、子供とトイプードルを病院に引き渡した後、家族にも連絡を入れてくれていたらしい。
感謝、感謝。
連絡を受けた家族のみんなは僕の無事を把握していながら、今どんな様子であるかを心配してくれていたようだ。
まずは風呂に入らせていただき、借りた服を洗濯機に放り込む。
それから効果があるか分からないし意味があるか分からない大量の水を飲み、三十秒逆立ちして精一杯腹の中の水を吐き出すというわけが分からないことを三十分程連続で計四セットおこなった。
「……おぅえっ」
ばかげているとは思いながらやったが、繰り返すごとに胃が気持ち悪くなった。
本当に馬鹿だった。
それからは父さん、母さん、妹の一人ずつからいくらいいことをしたとしても自らの命を粗末に扱ってはいけないという話とよくやったという話をしてもらった。
この三人からどれほど想ってもらっているのかを実感することが出来て涙腺がうるんで仕方がなかった。
晩御飯にありつくことが出来るようになったのは十時を回ったころ説教中もぎゅるぎゅると鳴っていた腹がついに犬の遠吠えのようにして長く続くようになったあたりだ。
確かにあの子供を助けようとしていたが、自分一人では決して叶えることが出来なかった。
これほどまでに褒めてもらえたというのはありがたいことだが、なんだか少し煮え切らないものが残る。
それにどうでもいいが今日は学校以外で全然勉強することが出来なかった。
あまり両親に苦労を掛けたくないので国公立大学に行きたいのだが、今志望している大学に受かるにはとてもではないがまだまだ努力が必要だ。
礎廷高校に通った三年間で僕は地頭がよくないのだということを学んだ。
ブゥブゥブゥ
受験に対する意気込みを固めているとケータイが目立たない程度に振動する。
「こんな時間に誰だろう?」
ソファーの上でのんびりとしながらケータイを手に取ると知らない連絡先から連絡が来ていること分かる。
「ゆいぴょん?……スパムメールか?」
ピンクのハートのアイコンから名前までどっからどう見てもスパムメッセージだ。
とりあえずブロックかな?
一応、どのようなメッセージか来ているのかだけは確認しておく。
『一橋優衣です。あれから体調に変化はありませんでしたか?こちらでは子供たちはキチンと意識を取り戻して両親にきちんと引き渡すことが出来ました。特に問題が無いようでしたら、また今度、あなたの能力に関して話してみたいことがございますので連絡してください』
ハッ!と目が覚める。
「うーん……『明後日ならいつでも大丈夫です』っと」
……しばらく画面を開いたまま待つ。
なんだかメールで繋がっているとまるで近くに居なくても同じ時間を共有することが出来ているみたいで嬉しい。
なんせあそこまでの美女だ。
なかなか拝めるものではない。
早く彼女のいない友達に自慢したいものだ。
『それなら明後日、例の小屋の近くにある大型ショッピングモールの中にあるレストランにお昼一緒にしませんか?』
「マジか!……『もちろんです!楽しみにしてます』っと」
にやにやしたまま画面を眺めていると『私もです』と返信が帰ってくる。
「亜樹、明日学校休みになりそうらしいよ。なんか近くのおっきな川あるじゃん。そこに掛かってる橋が落ちたらしい」
ゆいぴょんからへの返信になんて送ろうか悩んでいると妹が話しかけてくる。
「え、すご!なんで?そんなに雨凄かったん?」
「今、全国ニュースでも近くの端が崩れたことを放送しとるよ。ほんとによく分からないけど電話の人が助けてくれたから命は助かったものの死んでたんよ!」
妹が半泣きになりながら再び反省を促してくる。
僕のことをこんなにも案じてくれる家族がいる。
その事実がたまらなくうれしくて、同時に胸を締め付ける。
僕は命を懸けることで過去を償おうとしている。
だが、その行為が、大切な人を泣かせることになるかもしれない。
その罪悪感よりも先に、温かい何かが心を占領している自分が、少しだけ嫌になった。
「僕の手で助かる命があるなら、僕は迷わない」
莉緒の目をまっすぐ見て、それだけ告げた。
揺らぐなよ、僕。
「……それに、こんなに危ないこと、そうそうないよ」
最後は、笑いながら付け加えた。
覚悟が伝わったのか妹は目に涙を浮かべる。
この会話は既に何度か行われたことがある。
湖の上に家族でボートに乗り遊びに行って見知らぬ人が別のボートから落ちて溺れているのを見て助けに行った時や、妹の莉緒とその友達が小さな頃秘密基地を作るから一緒に来てくれと言われてついて行ったら、そこに行くには崖を登らなくてはならなくて案の定足を踏み外して落ちた娘の下敷きになった時などだ。
「……家族を心配させないでね」
僕の覚悟への莉緒からの返事はとても短なものだったが、覚悟をほんの少しだけ鈍らせるに足る一言だった。
だから莉緒を抱き寄せる。
「大丈夫、僕は強い。僕だって死にたいわけじゃない。こんな事なんてめったにないよ」
耳元でささやくと莉緒は僕の胸に顔をうずめる。
誰かに甘えたりすることなんてあまりしない強い子だけど、今は違うらしい。
丁度いい位置にあった頭を撫でると莉緒も背中に腕を回す。
しばらくそのまま撫で続けていると思い立ったようにして顔を上げる。
「……私の頭は気安く触っていいものじゃない!」
胸を押しながらそういうと莉緒は自分の部屋に帰ってしまった。
うん、いつもの調子だ。
そろそろ寝たほうが良いかもしれない。
結局今日一日勉強しないことになってしまったが、まぁ、仕方がないことだろう。




