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3話 ヒロインは、重力とともに現れる

***


古い小屋特有の大きな雨音で意識が覚醒した。

目を開くとここはよく分からない雨漏りもままならないほどぼろい小屋のようだ。


……意味が分からない。

濁流にのみこまれてしまってたはずなのに。

とんでもない勢いの濁流から僕を助けるなんてたとえ気が付いても出来ることではない。

全身がじゃりじゃりする。

 瞼を開くより先に、口の中に広がる泥の味と、鼻の奥で乾いた砂の匂いを感じた。

 意識して固く閉じていたおかげか、幸い、眼球に砂は入っていない。

 だが、まつ毛が砂の重みで張り付いているのがわかる。


 最悪の目覚めだ。

 外は暗くなってきており、雨もまだ止みそうにない。

 僕の上にはタオルケットが掛かっており、起き上がりタオルケットを外すとフルチンだった。

 そういえば制服は引きちぎってしまったんだっけ?


「――ゴホッゴホッ!」


 口の中に泥を唾液ごと床に唾を吐き捨てると茶色の唾液が出てきた。

 体が少し冷えるが、服以外で体をわざわざ隠すというのは性に合わないので軽くたたみ足元に置く。


「ここは一体」


 独りごとを呟き、周りの暗さ故うっすらとしか見えない周りを見渡してみると、助けようとしていた筈の男の子と小さなトイプードルが横たわっており、その奥にはテレビでも見たことがないようなかわいらしい女の子が椅子に座りながらこちらを睨みつけていた。

 女の子がなぜここにいるのかは分からないが、助けようとした男の子は近くに倒れているトイプードルを助けようとしていたようだ。

 まさか死んでしまったか?

 という考えが頭の中に浮かんできたが、いまだに飲み込んでしまった泥の気持ち悪さが否定する。

 子供もしっかりと呼吸をしているようだし、特に大事に至って無いようだ。


 ここは病院のように見えないため消防の人たちに救出されたわけではないのだろう。

あの激流の中いったい誰が引き上げてくれたんだ?


「やっと起きましたか」


 優し気な声をしたその女の子は腕と足を組みながらこちらに話しかけてきた。

 周りはまだ雨が降っておりそのせいで声が通りにくくなっているものの、その優しげな瞳に不覚ながらも目を奪われ、言葉が詰まってしまった。


「……こ、ここはどこか知っていますか?」


 腰にまで届くのではないかというつやのある綺麗な髪に、シミ一つなく腰からすっと伸びてくる真っ白な生足、まだ成長途中なのであろうが同級生と仮定すると比較的、少し大きな胸に、少し幼さが残りつつもどこか母性を感じてしまう女の子に少しばかし緊張して、挙動不審になってしまった。

 少しだけ、タオルケットを畳んだことを悔やむ。


 かわいいと思うだけで特に他に感情が湧き出るわけではないが、同い年ぐらいであろう女の子の目の前でフルチンでいるというのはとても大きな罪悪感を感じる。

 だが、その罪悪感が全身の血を下腹部に集めるのが分かった。

 隠さなきゃ、という本能があらゆる思考を上書きする。


「……ここはお兄さんが流されていった場所から五百メートルほど離れた場所にあった空き家だよ。お兄さんの乗っていた自転車もちゃんとこの家の目の前に持ってきたから安心してくれていいけど……タオルケットを掛けたのも私だから遠慮しないで使ってね」


 僕を睨んでいたにしては思ってたよりも好意的に話してくれたので、不機嫌になる原因が何かあったのではないかと推測する。

 フルチンだからだろう。

きっと間違いない。

いそいそとタオルケットをもう一度手に取り腰に巻く。


「そうですか。ついでに誰が助けてくれたのかとかはご存じないですか?」

「ああ、私ですよ」


 周りをキョロキョロして周りに誰かいないか確認する。

 タオルケットを腰に巻いたことにより少し機嫌を直してくれたようで普通に接してくれた。


「――え⁉……一人でですか?」

「ええ、もちろん」


 ……もちろんって濁流から人一人助けるのを女性一人でなんてできるはずがない気がする。

 成人男性だって採算の被害者となったことだろう。

 彼女の言葉に視線が腕や足、首筋などに行く。

 総合評価によると、彼女はとんでもない美少女であることが分かった。


「いや、でもそれはないでしょう」


 彼女の四肢は脂肪の少ない引き締まったものだったが、特別何かあるものではなく、さらにお腹が空いていたとはいえ、この僕が体を強化までしてもできなかった、大自然の力に対抗することが出来るとはとてもじゃないが思えない。

 そして何より彼女の服装は僕たちを運んでくれた影響なのかもしれないが前側には少し泥水をかぶっているが、それでも水の中を潜ったとは考えられない。

 とても信じることはできないし、他の誰も信じることは無いだろう。


「あの、どうやって僕たちを助けてくれたのかとか聞いてもいいですか?」


 見れば見るほど目の前にいる女の子はかわいらしく感じる。

 学校でも毎日のように男の子に言い寄られているのだろうと想像し、この子は性格も良さそうなので断り方とかにすごく気を使って大変そうなところを考え苦笑する。


「お兄さんと同じだよ。同じといっても足が早くなる力じゃないけどね」

「ん?どういう意味?」

「……ん?お兄さん、足が速くなる能力を持っているのでしょう」


 なるほど彼女は僕の能力が足のみが速くなるものだと勘違いしているようだ。

 別に珍しくないと言われているかのような態度に少々ムカッとくる。


「いいや、僕の力は一応全身の強化することですよ」


 少々興奮してしまい、唇を尖らせて喋ってしまったが、彼女の反応は思っていたものとは違った。


「……お兄さん、名前は何ていうの?」


 僕を射抜くような眼力の視線を浴びて、さっきまでとのあまりの雰囲気の違いに後退りしまう。

まだ僕の好みの体型じゃない、発展途上の女の子であるにもかかわらずだ。


「橘亜樹」


 その雰囲気の変化に何かされるのではと構えて、素っ気無く対応してしまう。


「それでは亜樹さん、私は一橋優衣です。それでですが、全身を強化すると言っていましたが、どれくらい強化されるのですか?」

「えーっと……うっかり、体を強化したままくしゃみをしてアスファルトを粉々にしてしまう感覚です。その分、命に係わるレベルで燃費は悪いですけどね」


 おかげで常に大きなお弁当を持参している。

 そういうと女の子改め、優衣は顎に手を添えて何か真剣に考えだした。

 その様子を見ながら、まだどうやって助けてもらったのか教えてもらってないことを思い出し、結局どうやったのか考える。

 もう一度現状の確認をしてみる。

 おぼれたとき泥水を飲み込んでいたはずなのに大丈夫なのは優衣が吐かしてくれたからだろう。

 これによって服の前部分が汚れてしまっているのだろうが、僕の荷物や自転車も一緒に持ってきてくれているといった。


 気絶していたのはせいぜい十分ほどだろう。

 感覚的にも周りの変化なども参照してこれで間違えないと思う。

 あの激流の中を二分間以上も流され続けていたのだ。

 そう短い距離なわけがない。

 その距離を何往復もすることは難しいだろう。

 優衣は僕と同じ力を持っているようなことを言ってた。

 そのことから優衣の力はサイコキネシスなのではないかと推測する。

 推理とはとても言えないただ状況から誰にでも推測できそうなことだが、本当にそれであっているのかなどと考えていると、今目の前で本当に何か真剣に考えているだろう女の子を変に意識しないで済むので続けておく。


「………本当に私たちの世界に引き込んでしまっていいのでしょうか。しかし……………」


何を言っているのだろうとさっきから小声でものすごい早口で何か捲し上げていた。


「私たちの世界?」


 さっきたまたま聞こえた言葉をうっかり呟いてしまう。


「え!」


 僕の言葉にびっくりしたのか、優衣が顔を上げながら声を上げる。


「私たちの世界とはいったい何ですか?」


 その聞かれてしまったという反応に知識欲がうずいてしまう。

 もう一度口にすると優衣はさっきまでの迷いが立ち消えたかのような顔をした。


「聞きますか?」


 彼女は厳かに口を開く。

 そしてもう一度。


「これを聞いてはもう戻ってこれませんよ」


 確認するかのような声でもう一度聞いてくる。

 その時の脳内ではここまでしつこく聞いてくることは何かあるのではとやっぱり拒否するべきだという考えが浮かんできた。

 退屈で、心地いいあの日常に残るべきだと頭の片隅で警鐘が鳴っている。

 同時にそれ以上に強い衝動が心の奥底から湧き上がってきた。

 考えがまとまらないまま、本能に任せて口を開く。


「分かりました」


 やっぱりかという思いと同時に激しい後悔が襲ってくる。

 だが、この返事をあまり本気で失敗したとは思わなかった。


「それでは最後に亜樹さんは今の生活に不自由を感じていますか?」

「……はい」


 今度はきちんと思った通りの言葉を伝えることが出来たし、迷う余地のないものだと思う。


「分かりました」


 優衣さんが僕に対して手をかざす。

 ふわりとした感覚が僕の体に通った。

 腰に巻いていたタオルケットの端がかすかに動きを見せたと思ったら、まるで逆立ちをした時のスカートのように捲り上がる。

 もちろん今の僕には服がないので僕の股間が丸出しの状態になる。


「……叫んだりしないんですね」


 優衣さんは何も特別なものは見てないかのような表情で聞いてくる。


「……突然のことで確かに驚きはしてますけど……見られて困るような体はしてないので」


 優衣さんに倣って無表情のまま質問に答える。

 優衣さんは少し表情を朗らかにして腕をかざすのをやめる。

 そうすることにより、タオルケットは元通りに鉛直下向きの重力で股間を隠す。

 僕は人と話したりするとき相手の目をじっと見つめ続ける癖があるのだが、優衣さんの視線は一切急所に向かわなかった。

 ………まぁ、別に見てほしいってわけじゃないんだけど。

 そんなことよりも考えるべきことがある。


「私の能力は重力操作です。外を散歩していたら変な泥の塊が蠢きながら流されて行っているのを見て、それが人だということに気が付いたときにはさすがにびっくりしましたよ」

「その件につきましては命を救っていただき、本当にありがとうございました!」

「いえいえ、あなたのおかげでこの子たちが流されていることに何とか気が付くことが出来ましたのでよかったです。亜樹君も命を大切にしてくださいね」


 そういうと優衣さんは着ていた服を一枚脱ぐ。


「……」

「……せめてチラ見ぐらいにしてもらえませんかね?」


 優衣さんがオーバーサイズの服を脱ぎ、下に薄めのシャツが覗き見える様子をまじまじと見ていると流石に苦言が入った。

 いや、言い訳させてほしい。

 自分は素っ裸で、目の前に美女。

 さらにその美女が服を脱ぎ始めた。

 逆に見ない方が失礼に値する!

 女性とは視線を感じることによって自分がかわいいと自覚することが出来、自分に自信を持つことが出来るものだと信じている。


 勝手な考えではあるが、誰にも目も向けられないよりは見られる方が自分に自信を持つことが出来るだろう。

 ……たぶん。


「すみません……てっきりサービスかと」


 もし相手を不快にさせてしまったと感じることがあればとりあえず謝る←これ大切。


「はぁ、……まぁいいですけど、少し恥ずかしいのであまり見ないでいただけるとありがたいです」

「すみません」


 服を脱ぎ終えた優衣さんはその着ていた服を差し出す。

 薄着になった優衣さんの同世代にしては発達している体に少し目を背けてしまう。


「これを着ていてください。あなたの服は川に流されてしまっていて見つけることが出来ませんでした」

「……あ、いや、ありがとうございます」


 とりあえず差し出された服を受け取るとまだ少し人肌のぬくもりが残って初めて会っただけだというのにここまでしてくれる優衣さんの優しさに心が温かくなる。


「とりあえずは病院に行くべきだと思います。泥を飲み込んでしまってたようですし、体調を壊してしまうかもしれません。また今度話したいことがあるので……」


 優衣さんは子供とトイプードルを抱えてこの小さな小屋から出て行こうとする。

 しっかりとした足取りで、見た目通りの筋力ではないことは確かなようだ。


「あ、ちょっと待って。今度ってどうやって会うつもりですか?」

「忘れてました。とりあえず連絡先を登録したいのでケータイを借りますね」


 優衣さんはトイプードルとこどもを片手で持ち、荷物が固まっておかれている場所に手をかざすとケータイだけを正確に取り出し、手に収める。


「……パスワードを聞いてもいいですか?」

「え?ああ、僕のケータイ、パスワードはつけてないので」

「そうなんですか?何があるか分からないので形だけでも付けてた方がいいですよ」


 ロック画面が開けたのか、「ほんとだ」とつぶやきながら淡々としばらくの間操作する。

 その様は堂に入っており僕よりもたくさん友だちがいることや見たこともないくらいきれいな人であまり親近感を持つことが出来なかった優衣さんに僕と似たような年ごろなのだという親近感を持つことが出来た。

 そっと自分の手を見ると砂でガサガサで泥まみれとなっている。

 きっとそんな僕に気をつかって代わりに操作をしてくれているのだろう。


「よし、できた!もしも予定が無くて暇な時があったら連絡してください。少し話したいことがあります」


 優衣さんはケータイをカバンの中に収めると今度こそ土砂降りの続く外へ出て行く。

 それに続いてとりあえず体中にへばりついた細かい泥を落とすために雨に当たる。

 川に流されている間に靴が脱げてしまったのだろう。

 正真正銘の全裸だった。

 雨の水は汚いと聞いたことがあったが、少なくとも今の口内衛生よりはましだろう。

まるで一週間ぶりに風呂に入り身体中の垢を擦り下ろした後かのような爽快感が体中を満たす。

 頭を洗うとパリパリになった髪の毛がほだされていくのが分かる。


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