第3話:打ち上げ
依頼主である商隊の護衛頭に証拠のゴブリンの耳を渡し、俺たちは無事、銀貨三十枚を手に入れた。
フィリアが銀貨を光にかざして、にんまり笑う。
「へへっ、まともな報酬をちゃんともらったのって、このメンバーじゃ初めてだね!」
「うん……前のは荷物運びとか、街の雑用だったし。」
リーナがそっと笑顔を見せる。彼女たちはギルドに登録してまだ間もないが、既にいくつか小さな依頼で細々と稼いではいた。
セシリアはそんな二人を見やり、軽く顎を引く。
「これからだな。ようやくまともに剣を振るう仕事が始まった。……ライル、お前の料理の出番も増えるぞ。」
「任せとけ。お前らを最高に仕上げるために俺がいるんだからな。」
マルティナがにこっと笑って、俺の肩を軽く叩いた。
「ふふ、頼りにしてるわよ、うちの料理人さん。」
「こうやってお金を稼いで、また依頼をこなして……少しずつランクを上げていくんだねー。」
「その通り。FからE、D……そしていつかはSランクだ。」
俺は無造作にポケットへ銀貨を突っ込みながら言った。
「そのためにもしっかり食え。腹が減っちゃ、強くもなれねぇからな。」
すると、マルティナが小首を傾げた。
「そういえばライル……戦闘中、ゴブリンの首を、なぜあんな変な角度で落としていたの?」
「うん、あれ、思わず二度見しちゃったよ……」
フィリアが素直に笑う。
「関節の繋目を狙っただけだ。刃を最短で深く入れるには、あの角度が一番理にかなってる。」
「理屈で説明されと、逆に怖いわね……」
マルティナは苦笑しながら小声でつぶやいた。
「だが調理も同じだ。余計な力は不要、無駄を排して最小の動きで――」
と、包丁を取り出しかけると、
「今はしまって…!?」
リーナがあわあわと慌てて制止した。
俺は肩をすくめ、包丁をクルリと指で回して収める。
「安心しろ。今は料理じゃなく、次の資金繰りの話だ。」
「その顔で料理より怖いこと言わないで!」
フィリアが軽く頭を抱え、皆で笑い合った。
夜、俺たちはギルド併設の小さな酒場にいた。
木造の椅子やテーブルが所狭しと並び、酔いどれ冒険者の笑い声が飛び交う。
マルティナが軽くエールのジョッキを掲げる。
「私たちの初依頼の成功に、かんぱーい!」
「かんぱーい!」
声を揃えてジョッキを打ち合わせた。
リーナも真似してそっとグラスを掲げるが、エールの代わりに薄い果実水だ。
「……ライル、あなたは飲まないの?」
「俺は酒より、食材の味を研ぎ澄ませたいからな。」
「もう……料理脳すぎるよライルは……」
フィリアがくすくす笑う。
セシリアはそんな俺を見て、小さく口元を緩めた。
「だが……あの包丁さばきがある限り、そう簡単に死なないだろうな。料理人である前に、化け物だから。」
「褒めてんのか貶してんのかどっちだ、それ。」
「ふふ、両方だ。」
俺は思わず吹き出してしまった。
皿には塩漬け肉の煮込み、胡椒の利いた焼き芋、酒場自慢のハーブサラダが並んでいる。
だが仲間たちは――
「やっぱりライルの料理には敵わないなぁ……」
フィリアが焼き芋をつつきながら小声で言う。
「……ライルさんの料理を食べた後だと……どうしても比べちゃう。」
リーナは気まずそうに呟いた。
「おい、それをこの酒場の店主の前で言うな。」
俺が小声で嗜めると、
「気にしないでくれよ、兄ちゃん。」
カウンターの奥から店主が笑って手を振った。
「それだけ旨いもん作れるってんなら、また厨房貸してやるよ。こっちも勉強になるしな。」
「ありがたい話だな。」
そんな夜を過ごし、翌朝。
掲示板の前で次の依頼を探す俺たちを見て、昨日と同じように周囲の冒険者たちがひそひそ話す。
「おい、またあの変な料理人連れてるパーティだぜ。」
「昨日のゴブリンの件、あいつらが片付けたらしいぞ。」
「嘘だろ? 女の子ばっかで、しかも料理人だぜ……?」
俺は薄く笑い、包丁の柄を軽く叩く。
するとマルティナが腕を組んで肩を揺らした。
「ねぇライル、そうやって笑顔で包丁叩くのやめてくれる? 戦場思い出してゾクっとするのよ。」
「ほんとほんと。私もそのうち夜道でライルに出くわしたら逃げちゃいそう。」
「おいおい、同じパーティだろうが。」
「それとこれとは別!」
皆で声を上げて笑い合う。
セシリアだけがくすっと小さく笑い、
「だが……そういう狂気じみたところが、私たちを生き残らせるんだろうな。」
俺は鼻で笑い、依頼票を引き抜いた。