第2話:初陣
「おいおい、聞いたか? ギルドに登録したばっかりのパーティが、変な料理人を連れてるってよ。」
翌朝、まだ朝靄の残るギルドの大広間には、冒険者たちの野太い笑い声と金属音が響いていた。
テーブルに肘をつき、安酒を煽っていた連中が、こちらを指さしながらニヤついている。
「フード・エンチャンター? なんだそりゃ? 腹壊さなきゃいいがな!」
「へへっ、嬢ちゃんたちも可哀想に。せっかくの身体を、変なもん食わされて腐らせなきゃいいが!」
マルティナは朗らかに笑みを浮かべたまま、テーブルの下で盾の縁を軽く叩いた。金属が小さく鳴る。
「無視しときましょ。あんな連中に構ってもいいことないもの。」
「うん……そうだね。」
リーナが小さく頷く。
俺は鼻で笑った。
(連中もいずれわかるさ。俺の料理を食ったお前らが、あいつらを遥かに超えていくってな。)
そのとき、ギルドの掲示板前にいたセシリアが戻ってきた。
「依頼を見てきた。ちょうど良いのがある。」
「何?」
「近くの小森に巣食っているゴブリンの討伐依頼だ。最近商隊が襲われたらしく、報酬は銀貨三十枚。」
フィリアがにんまり笑った。
「いいね! 体を動かしたくてうずうずしてたんだ。」
「まあ、初仕事としては悪くないな。」
俺は荷袋を軽く叩いた。
「よし、だったら出発前に腹ごしらえだ。今日は《瞬撃のハーブオムレツ》を作ってやる。」
リーナが目を丸くする。
「し、瞬撃……?」
「食えば神経伝達が鋭くなる。目と手が普段の倍は冴えるはずだ。」
「そ、それって……弓を撃つのにも良さそう!」
フィリアが嬉しそうに瞳を輝かせた。
マルティナはにっこり笑って、俺の背中を軽く叩く。
「ライル、本当に頼りにしてるからね。」
「任せとけ。お前らを最強にしてやるのが俺の役目だからな。」
俺はギルドの簡易厨房を借り、鮮やかな緑の香草と小粒の鶏卵を取り出す。
鍋に火を入れ、少しのバターを溶かすと、香ばしい匂いが立ち上った。
(香草の魔力を引き出して……卵に染み込ませる。)
俺はゆっくりと魔力を流し込みながら、卵をかき混ぜる。
黄身と白身が混ざり合う中で、魔力の粒子が柔らかな緑光となって漂った。
「うわぁ……きれい……。」
リーナが思わず見惚れる。
フィリアも身を乗り出して鍋の中を覗き込んでいた。
やがて完成したオムレツは、緑の葉をちりばめた黄金色の宝石のようだった。
「さあ、食え。」
四人がそれぞれナイフを入れ、一口。
「……あっ、視界が……」
セシリアがゆっくり目を開け、琥珀の瞳が細かく揺れる。
「動きが見える……小さな塵までくっきり……」
フィリアはにっこり笑って弓を軽く構えた。
「弦が、いつもより柔らかく感じる!」
「……私も……いつもより手の動きが軽い……」
リーナはおずおずと拳を握って見せる。
「よし、行くぞ。ゴブリンなんざ、今日のお前らなら楽勝だ。」
マルティナが剣を軽く肩に担ぎ、盾を構えた。
「ええ。……行きましょう、私たちの最初の一歩を刻むために。」
森の入口まで来たところで、俺たちは一度立ち止まった。
足元には踏み荒らされた獣道、所々に血痕や引き裂かれた荷車の破片が転がっている。
「……ここがゴブリンの縄張り?」
リーナが緊張した面持ちで杖を握りしめる。
フィリアは矢筒に指をかけながらあたりを警戒し、セシリアは既に二刀を抜いている。
「問題は囲まれたときか……マルティナ、盾は任せた。」
セシリアがマルティナの方を見る。
「任せて。セシリアが切り込み、私が壁になる。その間にフィリアとリーナが狙う。……で、ライルは?」
俺は包丁を手に取り、鍋を左手にぶら下げる。
すると案の定、マルティナが眉を寄せてツッコミを入れた。
「ねぇライル、本気でその包丁と鍋で戦うの?」
「料理はわかるけど……戦闘は普通、剣とか……」
リーナが思わず呆れたように言うと、フィリアも続く。
「ほんとだよ。戦闘で包丁と鍋を振るおうとする人、初めて見たよ。」
セリシアまで苦笑いを浮かべ、マルティナは困ったように頬に手を当てる。
「大丈夫なのかしら……」
俺は肩をすくめてみせた。
「心配するな。これは料理人にとっては武器であり、鎧であり、そして魔導具だ。」
そんなことを話していると森の奥から、不気味な唸り声とガサガサと枝を踏み分ける音が近づいてくる。
小さな影が複数、赤い目を光らせながらこちらを睨んでいた。
「……そろそろ来るぞ。」
俺は包丁を持つ手にぐっと力を込め、鍋を構える。
そして――
「調理開始だ!」
その声を合図に、四人が一斉に動いた。
フィリアが風の矢を放ち、セシリアが黒い影のように跳び込む。
マルティナは盾を構えてリーナを守り、リーナは震える声で詠唱を始める。
俺はというと――
「おりゃぁぁぁぁッ!」
鍋を逆手に握り、突っ込んできたゴブリンの鼻先に強烈な一撃を叩き込んだ。
鈍い音と共にゴブリンが頭を仰け反らせたところを、包丁で頸動脈を断つ。
「嘘……鍋で殴ってから切り裂いた……」
「あんな使い方・・・・・・」
「ライル、容赦ない……!」
「料理人だろ、お前……」
四人から同時にツッコまれたが、気にしない。
「これが俺の調理法だ。」
セシリアが呆れながらも賛辞を口にする。
「ふっ……やはり只者じゃないな、ライル。」
フィリアはもう次の矢を番えて笑っていた。
「よーし、私ももっと働かなくちゃ! 終わったらライルの料理、いっぱい食べたいもん!」
マルティナは盾越しににっこり笑い、俺に小声で囁いた。
「やっぱり頼りになるわね。うちの料理人さんは。」
俺は鍋を構え直し、次の群れを見据えて唇を歪めた。
「さあ……次の皿だ。お前ら、腹減らしとけよ。こいつら片付けたら――もっと旨い料理を作ってやる。」