表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/5

第2話:初陣

「おいおい、聞いたか? ギルドに登録したばっかりのパーティが、変な料理人を連れてるってよ。」


翌朝、まだ朝靄の残るギルドの大広間には、冒険者たちの野太い笑い声と金属音が響いていた。

テーブルに肘をつき、安酒を煽っていた連中が、こちらを指さしながらニヤついている。


「フード・エンチャンター? なんだそりゃ? 腹壊さなきゃいいがな!」


「へへっ、嬢ちゃんたちも可哀想に。せっかくの身体を、変なもん食わされて腐らせなきゃいいが!」


マルティナは朗らかに笑みを浮かべたまま、テーブルの下で盾の縁を軽く叩いた。金属が小さく鳴る。


「無視しときましょ。あんな連中に構ってもいいことないもの。」


「うん……そうだね。」


リーナが小さく頷く。


俺は鼻で笑った。

(連中もいずれわかるさ。俺の料理を食ったお前らが、あいつらを遥かに超えていくってな。)


そのとき、ギルドの掲示板前にいたセシリアが戻ってきた。


「依頼を見てきた。ちょうど良いのがある。」


「何?」


「近くの小森に巣食っているゴブリンの討伐依頼だ。最近商隊が襲われたらしく、報酬は銀貨三十枚。」


フィリアがにんまり笑った。


「いいね! 体を動かしたくてうずうずしてたんだ。」


「まあ、初仕事としては悪くないな。」


俺は荷袋を軽く叩いた。

「よし、だったら出発前に腹ごしらえだ。今日は《瞬撃のハーブオムレツ》を作ってやる。」


リーナが目を丸くする。


「し、瞬撃……?」


「食えば神経伝達が鋭くなる。目と手が普段の倍は冴えるはずだ。」


「そ、それって……弓を撃つのにも良さそう!」


フィリアが嬉しそうに瞳を輝かせた。


マルティナはにっこり笑って、俺の背中を軽く叩く。


「ライル、本当に頼りにしてるからね。」


「任せとけ。お前らを最強にしてやるのが俺の役目だからな。」


俺はギルドの簡易厨房を借り、鮮やかな緑の香草と小粒の鶏卵を取り出す。

鍋に火を入れ、少しのバターを溶かすと、香ばしい匂いが立ち上った。


(香草の魔力を引き出して……卵に染み込ませる。)


俺はゆっくりと魔力を流し込みながら、卵をかき混ぜる。

黄身と白身が混ざり合う中で、魔力の粒子が柔らかな緑光となって漂った。


「うわぁ……きれい……。」


リーナが思わず見惚れる。

フィリアも身を乗り出して鍋の中を覗き込んでいた。


やがて完成したオムレツは、緑の葉をちりばめた黄金色の宝石のようだった。


「さあ、食え。」


四人がそれぞれナイフを入れ、一口。


「……あっ、視界が……」


セシリアがゆっくり目を開け、琥珀の瞳が細かく揺れる。


「動きが見える……小さな塵までくっきり……」


フィリアはにっこり笑って弓を軽く構えた。


「弦が、いつもより柔らかく感じる!」


「……私も……いつもより手の動きが軽い……」


リーナはおずおずと拳を握って見せる。


「よし、行くぞ。ゴブリンなんざ、今日のお前らなら楽勝だ。」


マルティナが剣を軽く肩に担ぎ、盾を構えた。


「ええ。……行きましょう、私たちの最初の一歩を刻むために。」


森の入口まで来たところで、俺たちは一度立ち止まった。

足元には踏み荒らされた獣道、所々に血痕や引き裂かれた荷車の破片が転がっている。


「……ここがゴブリンの縄張り?」


リーナが緊張した面持ちで杖を握りしめる。

フィリアは矢筒に指をかけながらあたりを警戒し、セシリアは既に二刀を抜いている。


「問題は囲まれたときか……マルティナ、盾は任せた。」

セシリアがマルティナの方を見る。


「任せて。セシリアが切り込み、私が壁になる。その間にフィリアとリーナが狙う。……で、ライルは?」



俺は包丁を手に取り、鍋を左手にぶら下げる。


すると案の定、マルティナが眉を寄せてツッコミを入れた。


「ねぇライル、本気でその包丁と鍋で戦うの?」


「料理はわかるけど……戦闘は普通、剣とか……」

リーナが思わず呆れたように言うと、フィリアも続く。



「ほんとだよ。戦闘で包丁と鍋を振るおうとする人、初めて見たよ。」


セリシアまで苦笑いを浮かべ、マルティナは困ったように頬に手を当てる。


「大丈夫なのかしら……」


俺は肩をすくめてみせた。


「心配するな。これは料理人にとっては武器であり、鎧であり、そして魔導具だ。」


そんなことを話していると森の奥から、不気味な唸り声とガサガサと枝を踏み分ける音が近づいてくる。

小さな影が複数、赤い目を光らせながらこちらを睨んでいた。


「……そろそろ来るぞ。」



俺は包丁を持つ手にぐっと力を込め、鍋を構える。


そして――

「調理開始だ!」


その声を合図に、四人が一斉に動いた。


フィリアが風の矢を放ち、セシリアが黒い影のように跳び込む。

マルティナは盾を構えてリーナを守り、リーナは震える声で詠唱を始める。



俺はというと――


「おりゃぁぁぁぁッ!」


鍋を逆手に握り、突っ込んできたゴブリンの鼻先に強烈な一撃を叩き込んだ。

鈍い音と共にゴブリンが頭を仰け反らせたところを、包丁で頸動脈を断つ。


「嘘……鍋で殴ってから切り裂いた……」


「あんな使い方・・・・・・」


「ライル、容赦ない……!」


「料理人だろ、お前……」


四人から同時にツッコまれたが、気にしない。


「これが俺の調理法だ。」


セシリアが呆れながらも賛辞を口にする。

「ふっ……やはり只者じゃないな、ライル。」


フィリアはもう次の矢を番えて笑っていた。


「よーし、私ももっと働かなくちゃ! 終わったらライルの料理、いっぱい食べたいもん!」


マルティナは盾越しににっこり笑い、俺に小声で囁いた。


「やっぱり頼りになるわね。うちの料理人さんは。」


俺は鍋を構え直し、次の群れを見据えて唇を歪めた。


「さあ……次のターンだ。お前ら、腹減らしとけよ。こいつら片付けたら――もっと旨い料理を作ってやる。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ