第1話:仲間との出会い
「なぁ、お前ら――バフ料理ってのに興味はねぇか?」
四人が揃ってこちらを振り向く。
「……誰?」
エルフの女性が鋭い視線を寄越す。
俺は大げさに肩をすくめて見せた。
「ただのしがない料理人だよ。だけどちょっと変わった料理を作れる。
食えば体が軽くなる、魔力が巡る、毒だって寄り付かねぇ――そんな料理をな。」
エルフの女性が目を輝かせた。
「本当に? 魔力回復ポーションより効く?」
「少なくとも干し肉やビスケットよりゃマシだな。」
「……信用できる根拠は?」
ダークエルフの女性が睨むように問いただす。
俺は荷袋を叩いた。
「根拠はこれだ。鍋と包丁、あとはちょっとした腕と……俺の魔力。
まあ信用できねぇなら、それでいい。無理に食わせる気はねぇからな。」
盾剣士の女性が楽しそうに口元を緩めた。
「面白いじゃない。ねぇ、試してみない?」
魔導士の少女は不安そうだったが、最後には小さく頷いた。
「決まりだな。」
そう言ってからすぐ、俺はギルドの受付に頼み込み、厨房を使わせてもらうことにした。
「早速お仲間を見つけられたんですね。」
女受付嬢が楽しそうに笑う。
冒険者ギルドの厨房は、宿泊冒険者向けの簡易調理場だが、調味料や薪釜はしっかり揃っていた。
(上等だ。これだけあれば十分だな。)
俺は荷袋から魔獣の赤身肉と香草、そして香り高い酒を取り出す。
肉は俺が宮廷を追われる直前に市場で手に入れた上物。これを使う。
包丁を取り出すと、四人が興味津々でカウンター越しに覗き込んできた。
「何を作るつもりなんだ?」
ダークエルフの女性が小さく眉をひそめる。
「《獣王の赤煮込み》だ。筋力を引き上げ、血の巡りを良くして疲労を吹き飛ばす料理だな。お前ら、これを食ったら体が軽くなるぞ。」
エルフの女性の耳がぴくりと動く。
「へぇー! 私、ずっと干し肉ばっかりだったから楽しみー!」
「……ただの肉料理じゃないんだよね?」
魔導士の少女が少し不安そうに言う。
「あぁ。俺の魔力を料理に染み込ませてフード・エンチャントを施したバフ料理だ。食えば、嫌でも分かるさ。」
鍋に肉を放り込み、香草と塩、そして酒を加える。
強火で煮立て、魔力を込めながらゆっくりとかき混ぜる。
(フード・エンチャントのコツは、火と魔力のリズムを合わせること。焦るな、馴染ませろ……。)
鍋の中で泡が立ち、次第に赤黒い肉の表面に柔らかな光が滲んでくる。
魔力が染み込み、料理が《魔力料理》へと変わる瞬間だ。
やがて厨房に甘く刺激的な香りが立ち込めた。
「……お腹、すいてきちゃった。」
盾剣士の女性が少し恥ずかしそうにお腹を押さえる。
「おいしそうな匂い。早く食べたい。」
ダークエルフの女性も微かに口元を緩める。
「ふふっ、リーナ、顔赤いよ?」
「だ、だって……こんな匂い、初めてだから……。」
「できたぞ。」
皿に盛り付けて、四人の前に並べる。
肉の上には軽く刻んだ青葉と、魔力の粒子がふわりと舞う赤いソースがかかっている。
セシリアが最初にフォークを刺し、口に運んだ。
「……っ!」
目を見開き、息を止める。
その琥珀の瞳が魔力の輝きで細かく震えた。
「……体が、軽い。血が……巡っていく……っ。」
「ほんとだ、これ……すごいよ! 腕がふわっとする!」
エルフの女性が楽しそうに腕をぐるぐる回す。
魔導士の少女はおそるおそる一口食べ、すぐに顔を真っ赤にした。
「魔力が、体の中で踊ってるみたい……!」
盾剣士の女性は口元を柔らかくほころばせる。
「温かい……力が内側から満ちてくる。」
俺は満足げに腕を組む。
「これくらいは序の口だ。これからもっと色んな料理を食わせてやる。そうしてお前らを、誰よりも強くする。」
俺たちはギルド併設の酒場の丸テーブルを囲んでいた。
木目が剥げたテーブルの上には空いた皿と、エールの入ったグラス。
「……そーいえば、自己紹介がまだだったな。」
俺は軽くグラスを傾けてから置き、鼻を指先でかいた。
「俺はライル。ライル・アルバトロ。《料理付与師》フード・エンチャンターだ。料理に魔力を込めて、食ったやつを強くする――そういう料理を作る。」
「フード・エンチャンター?……聞いたことないわね」
エルフの女性が興味津々に身を乗り出す。
「まあ、たぶん他にはいねぇからな。で――お前らは?」
ダークエルフの女性が少しだけ息をついて、俺を見た。
「……私がセシリア・ネイルヴァール。ダークエルフの剣士だ。夜目と動体視力には自信がある。」
「私はフィリア・ルミエール。北方の月森出身のエルフで、弓が得意! 風魔法を矢に纏わせて飛ばすことも出来るわ!」
フィリアは元気よく胸を張って言った。
リーナは小さく身を縮めるようにして、恥ずかしそうに自己紹介した。
「リーナ・アスコットです。魔導士……一応、炎と水、それに補助や重力操作の魔法も……使えます。」
「私はマルティナ・フォン・アデリーナ。こう見えて盾剣士。仲間を守るのが仕事よ。」
マルティナが頼もしくにっこりと笑う。
一通り自己紹介が終わった後、セシリアは一度瞳を伏せ、軽く息を吐いてから真剣な声で言った。
「最後に確認なんだが、私たちは……まだFランクのパーティだ。ギルドに登録してからまだ間もなく、大きな依頼もこなせていない。小物の討伐や護衛で稼いでるだけ……。」
フィリアが肩を落として苦笑いする。
「せっかくこうやってライルと出会えたけど……本当に、私たちなんかでいいの?」
リーナもおずおずと小さな声を出した。
「ライルさんなら、もっと強いパーティにも入れるんじゃないかって……。」
マルティナが優しく四人を見回し、それから俺に視線を戻す。
「それでも……一緒にいてくれる?」
俺は少しだけ笑って肩を竦め、それから四人に順に視線を送った。
「――バカ言え。」
小さく吐き捨てて、それから真剣に笑った。
「俺はな、ただ強いやつに料理を食わせたいわけじゃねぇ。これから強くなろうってやつにこそ食わせたいんだよ。」
四人が目を見張る。
「それに……今Fランクってことは、これから先には未知の魔物や未知の食材が山ほど待ってる。」
俺はにやりと口角を上げた。
「それを狩り、手に入れて、俺がこの世にまだ存在しねぇ料理を作り上げる。
お前らはその料理を食って世界一のパーティになれ。
そうすりゃ俺は、この世界で唯一無二、最強の料理人になる。」
セシリアの琥珀色の瞳が細く光る。
「……ふっ、簡単に言ってくれるな。その道は想像以上に険しいぞ。」
「ああ、分かってる。だが俺の包丁と鍋はそのためにある。未知を切り裂いて、煮込んで、炒めて、誰も知らねぇ最高の味に仕上げる。
それが俺の料理だ。」
フィリアがぱっと笑顔を弾けさせる。
「じゃあ決まりだね! 私、もっともっと強くなるから! ライルがこれから作る料理、ぜーんぶ食べるから!」
リーナもそっと胸に手を当て、小さく笑った。
「……私も、がんばります。ライルさんの料理をもっともっと食べたい……」
マルティナが陽気に手を差し出してきた。
「改めて――ライル!よろしくね!」
俺は笑ってその手を力強く握った。
「おう。お前らを世界の頂点まで連れていく。俺の料理でな!」
四人の瞳に小さな誓いの光が宿る。
(未知の食材、未知の魔物――それらを全て料理してみせる。
そして俺は、この世界で誰よりも強い料理人になる。)
俺は小さく息を吐き、グラスを掲げた。
「世界一のパーティに、そして最強の料理人に!」