見られた努力を経て強くなろうと思います
午後の訓練場。生徒の姿もまばらな時間帯。
魔導演習用の簡易障壁が設置された区画に、一人の少女。リリアナ=ヴェルシュタインが立っていた。
かつて「令嬢」の肩書で誰もが遠巻きに見ていた彼女は、いま、額に汗を浮かべて魔術の練習をしている。
彼女の手元に宿るのは、淡い青白い光。
魔素を圧縮し、固定し、形を与える――それは、初歩の魔術とはいえ、繊細な魔力制御を要求される技術。
「……収束、3割。中心固定……まだ乱れる……!」
自分の魔素の“揺らぎ”に歯噛みしながら、リリアナは構え直す。
足元にはすでに数本の杖の残骸。失敗の痕跡。
それでも彼女は止まらなかった。
図書室で読み込んだ理論を、ひとつひとつ自分の体に落とし込むように。
(誰にも頼らない。私は……この手で証明する。私の価値を)
その姿を、影から見つめる視線があった。
「……まさか」
「……魔術の練習、か?」
セシルが眉をひそめる。
「リリアナ=ヴェルシュタイン」といえば、かつては実戦魔術とは無縁の「貴族の花」。
そんな彼女が、演習障壁の内側で汗を流しているなど、想像もしなかった。
セシルの表情が僅かに硬くなる。
彼には、図書室でリリアナが熱心に魔導書を読み込んでいた姿が焼き付いている。
(……あれは、本気だったのか。見せかけじゃなかった)
「……詠唱のタイミングが半拍早いな。魔素の流れが崩れてる」
セシルがぽつりと分析する。
けれどその口調には、微かな動揺も混じっていた。
(なぜ、あの令嬢がここまで……?)
リリアナは小さく息を整え、再び魔素を構築する。
今度は、より静かに、より正確に――
「――『氷針〈アイス・スピア〉』!」
細く鋭い氷の槍が、空間に顕現し、的を貫いた。
……完璧ではなかった。軌道に若干のぶれがあり、威力も足りない。
だが、それは明確に「成功」の域だった。
「……成功、した……!」
彼女自身が驚いたように呟く。
震える指先に、じっと力を込めて。
その姿に、セシルが思わず言葉を漏らした。
「……本当に……変わったな、リリアナ」
その声に、リリアナが振り向く。
途端に、背筋が緊張する。
(……見られてた?)
彼女の視線の先に立つのは、かつての婚約者。
「……何をしに来たのかしら? 見物?」
冷たい口調。けれど、その瞳には一瞬だけ羞恥が過った。
それを見て、セシルは口を開いた。
「違う。ただ……見惚れてた」
リリアナの瞳が揺れる。
その一言は、彼女の想定を超えていた。
ーー今さら何をいってるのかしら…まさか、攻略ルートがおかしくなってる…??
「努力している君を、俺は知らなかった。……いや、見ようとしてこなかった」
「その魔術……氷針の構築に、独自の魔素回路を使ってるね。自己流にしては、精度が悪くない」
彼の表情は真剣だった。
「君が本当に実戦魔術を学ぶつもりなら、いずれ俺と演習することになるかもな。……楽しみにしてるよ、リリアナ嬢」
そう言い、彼はふっと笑う。
どこか興味を抱き始めた男の目で。
リリアナはゆっくり息を吸い、毅然とした表情で言った。
「覚悟しておいて。私、誰にも手加減はしないから」
その言葉に、セシルは驚いたように微笑を漏らした。
ーー絶対に断罪なんてされない。国外追放も無し!
私は私として新たに道を切り開くんだから!
そしてこの瞬間から――彼女は、ただの“元令嬢”ではなく、“実力で並び立つ者”として、視界に入った。