番外編「第二王子 レオン=アルフォード」
昔のリリアナ・ヴェルシュタインには、正直言って興味はなかった。
いや、正確には――あまりに“完成されすぎていて”興味が湧かなかった。
王太子の婚約者として完璧な立ち振る舞い。
言葉遣い、表情、礼儀、全てが模範的。
誰に対しても優しく、でもそれ以上は踏み込ませない。
つけ入る隙のない貴族令嬢の鑑。
そのくせ、背筋が冷たくなるほど“人を見ている”。
(あの頃のあいつには、何もかもが“計算された作り物”に見えた)
だから、あいつが誰かに嫌われようが、嫉妬されようが、俺は傍観者でいた。
ただ、“王太子の所有物”みたいに座ってる彼女には、少しだけ――哀れみを感じたこともある。
けれど。
――あの舞踏会の日。
リリアナが、自分から婚約破棄を告げたあの日。
“冷たい王太子の道具”だったあいつの声が、初めて誰にも縛られないものになった。
その瞬間、頭を殴られたような衝撃を受けた。
(は? 何やってんだ、あいつ……)
俺たちは誰もが、王太子に振られるリリアナを想定していた。
悲劇の“悪役令嬢”になると、皆が決めつけていた。
なのに、あいつは――
自分の意志で、物語を降りた。
しかも、あの空気の中で、堂々と。
(あれを“演技”だと思える奴がいたら、そいつは相当なバカだな)
あの日以来、俺の目にはリリアナがまるで別人のように映っていた。
⸻
演習授業でチームを組まされたとき、魔力の扱いも見直した。
以前は「定石通り」「貴族流の優等生魔法」しか使わなかったリリアナが――
今は、一瞬の迷いもない、鋭く研ぎ澄まされた魔力の制御をしていた。
剣術の模擬戦での立ち振る舞いもそうだった。
(……あいつ、やっぱり隠してる)
長年、王族として「裏と表の人間」を見てきた俺にはわかる。
リリアナは、いま**“本当の自分を試してる”最中**だ。
それが何を意味するのか、まだすべてはわからない。
けれど、その曖昧で不完全な危うさが――
今の俺には、たまらなく“興味深い”。
以前の彼女なら「優秀な花瓶」だった。美しいが中身は空。
でも今の彼女には、炎がある。
それが冷たい風に吹かれながらも、しぶとく灯り続けてる。
(……おもしれぇな、お前)
どこまで変わるのか。
その変化は誰かの影響か、それとも本当に自分で選び取ったものか。
王子である俺の直感が告げている。
――こいつの“本性”が見えたとき、何かが大きく動く、と。
そして、もしかすると。
(それを一番最初に覗き込む役が……俺でも、悪くねぇかもな)