番外編「リリアナ・ヴェルシュタイン」
──このシナリオは、なかった。
途中からおかしいと感じてはいた。
《薔薇の輪舞曲》には、こんなルートなんて存在しなかったはずだ。
だって私は、リリアナ=ヴェルシュタインとして“断罪されて”終わる。
王太子セシルから冷たい眼差しを向けられ、民衆に糾弾され、
選択肢を間違えれば処刑エンド、正しく進めば国外追放エンド。
どれも“救い”なんてものはなかった。
けれど、私は──
生き残ってしまった。
セシルに嫌われたままでもなければ、エミリアに敗北したわけでもない。
「断罪イベント」で、私は……誰かに救われてしまった。
あの時、演習場で暴れた魔獣を、一瞬で止めた時。
私は確かに、何もしていなかった。
ただ、あの時感じたのは──
黒い、空っぽの、底知れぬ渇き。
ああ、と思った。
これは、きっと“私”じゃない。
“リリアナ=ヴェルシュタイン”という器の奥底に、眠っていた何か。
……それが、目を覚ましただけ。
•
思えば、違和感は最初からあった。
魔術の能力はあるはずなのに、うまくいかないのはいつものことだった。
どんな適性診断でも、“判定不能”なんて出る始末だった。
「才能がない」
「お嬢様育ちの無能」
そんな陰口を、何度も聞いてきた。
でも今ならわかる。
違う──私は何も持っていなかったんじゃない。
ただ、全部を“喰ってしまう”だけだったんだ。
……きっと私は、“世界の設計”から外れてる。
この世界の人々は、魔術という名のルールに則って生きてる。
けれど私は、そのルールすら壊してしまえる異物。
•
正直に言うと、少しだけ怖い。
自分が何者なのかも分からない。
“ゲームの知識”では、ここから先はもう真っ白だ。
でも同時に──
この世界で出会った人たちの、あたたかさを知ってしまった。
セシルの鋭さと真っ直ぐなまなざし。
レオンの陽気さと、不器用な優しさ。
ユリウスの無償の忠誠と、深すぎる愛情。
エミリアのまっすぐな尊敬と、信じてくれる心。
“リリアナ”として私は、確かにここにいて、
誰かと繋がって、生きていた。
それだけは、虚構でも何でもない。
現実なんだ。
•
もしも、リリアナが“悪役”として終わらなければ発動しなかったこの力が、
彼女に与えられた最後の役割だとしたら。
なら私は、リリアナ=ヴェルシュタインとして、この力と向き合うべきなんだろう。
「生き残った」ということは、
「何かを成し遂げる」義務が、私に残されたということ。
•
──この物語に、正解はない。
プレイヤーとしてじゃない、“登場人物”として私はこれから進む。
誰も知らない、誰にも用意されていない、
私自身のルートを作るしかない。
悪役令嬢はもう終わった。
これは、リリアナ=ヴェルシュタインという少女の、
そして山本希心という“異物”の、はじまりの物語だ。
──そう、自分に言い聞かせるように、私は静かに目を閉じた。
•
「……大丈夫。私は、まだ進める」
小さな声は、誰にも聞こえなかったけれど。
たしかにその時、ひとつの運命が、回り始めていた。
⸻




