目覚めた"力"について詳しく知りたいと思います
禁書庫――
それは、通常の図書館とは異なり、王族や高位貴族、一部の許可を持つ者しか入ることが許されない、学園でも最も厳重に管理された知識の封印場所。
この夜、その重い扉が静かに開かれる。
中へ足を踏み入れたのは、王太子セシル=アルフォード。彼に続くように、第二王子レオン、ユリウス、そして平民出身の転入生・エミリア。
机にランプを灯し、魔力保護の結界を張ると、セシルが口を開いた。
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「――“魔喰い”。神代の時代、わずかに記録されている、魔術体系に属さない“例外”の力」
セシルは開いた書物の一文を指し示した。
「この力を持つ者は、魔力に対して異常な吸収・無効化特性を示す。“術”として発動するのではなく、存在そのものが“魔力の終点”になる……とある」
「つまり、あのときリリアナが魔獣を止めたのは……意図せず“魔力を食べた”ってことか?」レオンが眉をひそめる。
「無詠唱どころか、反応すらなかった。意図的じゃなかったと考える方が自然だ」ユリウスは落ち着いた声でそう続けた。
「でも、それって……もし彼女が制御できるようになったら、最強……いえ、“兵器”になっちゃう可能性もあるってこと?」エミリアが不安げに言葉をこぼす。
しばしの沈黙の後、セシルが静かに本を閉じた。
「問題はそこだ。魔喰いは、制御不能のまま暴走すれば、周囲の魔術師ごと飲み込む可能性がある。逆に言えば……制御できれば、すべての魔術を無効化する切り札になる」
「そして今、それを持っているのが――リリアナだ」
「リリアナが無自覚のままだと危ない……けど、あいつが“制御に目覚めた”ら、今度は他から狙われる可能性がある」レオンの声に、ほんのわずかな怒気が混じる。
「リリアナを護るためにも、俺たちで先に動くべきだな」
「……同意する。もし魔喰いが目覚めきれば、彼女は王家にとっても、王国にとっても――重要な鍵になる」セシルの瞳は、初めてリリアナに真っ直ぐ向いていた。
「それに……俺は、彼女を見捨てるつもりはない」ユリウスの低く確かな声が響いた。
「じゃあ、どうするの? 本人に打ち明ける? それとも、まだ黙ってる……?」エミリアが問う。
「……まずは彼女の魔力量と反応を測定する。暴走の兆候があればすぐに対処できるように。そして、本人に話すかどうかは……そのときの彼女次第だ」セシルはそう言って立ち上がる。
レオンとユリウスも頷く。
エミリアは、そっとリリアナの姿を思い出してから、ふわりと笑った。
「きっと、リリアナ様なら――受け止めてくれる。怖がることなんてないわ」
4人の決意は、確かにひとつの方向へ向かっていた。
そしてその頃――
リリアナ本人は、部屋で紅茶を飲みながら。
「そういえば、あの魔獣。何であんなに簡単に止まったのかしら……ほんとに、睨みが効いたのかも?」
などと、のんきに考えていたのだった。
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初夏の風が通り抜ける午後。
第二訓練場では、実技授業としての魔力制御訓練が行われていた。
「今日の課題は、属性魔術の『精密制御』だ。初級術の火球を、指定の的に命中させろ。的を外せば減点だ」
授業を担当するのは、魔術理論教官――エグバート・カイゼル。
銀縁の眼鏡に青黒いローブ。淡々とした口調と、魔術偏重主義で知られる中年教師だ。
一部では「才能至上主義」「魔術に魂を売った男」としても有名だった。
生徒たちは順番に術式を唱え、火球を放っていく。
リリアナは、その列の最後尾にいた。
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「……それでは、リリアナ=ヴェルシュタイン。君の番だ」
(あれから、何度か魔力の流れを意識してみたけど……いまいちコツが掴めないのよね)
魔獣を止めたあの事件のあと。リリアナは、魔術を使おうとすると“何か”が違うことに気づいていた。
魔力を込めようとすると、術式が吸い込まれ、呑み込まれるような――妙な“空白”が生じるのだ。
(図書館で魔術の勉強をしてた時、そう言えば書いていたような…
もしかして、この吸い込まれる感覚、いや…魔力が消えていってるのかしら…)
「構えろ。始めろ」
エグバートの冷たい声が響く。
リリアナは、前へ出る。
訓練用の魔術陣に立ち、杖を構える。
「……《ファイア・オーブ》!」
術式を展開する――はずだった。
しかし。
「……っ、また……!」
魔力の流れが、突如として崩れた。
火球が生まれるはずの空間に、魔力の“虚無”が発生する。
「――なにっ!?」
教官が声を上げるより早く、訓練場の魔術結界が警告を発した。
「下がって!!」
セシルが即座に前に出て、レオンもリリアナをかばうように腕を伸ばす。
「だ、大丈夫です! 私、なんとも――」
だが、その瞬間だった。
リリアナの足元から、黒い靄のような魔力が立ち昇る。
それは“魔喰い”の力――魔術を喰らい、術式そのものを崩壊させる“力”が無意識に漏れ出ている証だった。
「――っ、止めろ、リリアナ!」
「そんな……!」
けれど、止まらない。
術式を形成しようとすればするほど、その“力”は空気中の魔力を引き寄せ、周囲の結界までも軋ませる。
魔術教師たちが慌てて防護壁を張る。
「下がって!! これ以上、近づくな!」
爆発のような魔力の奔流が、訓練場を包み込む。
地を這うような衝撃波。魔術の流れが撹乱され、空気すら軋む。
その中心――黒い霧のような“魔喰い”の力に呑まれかけていたのは、リリアナだった。
彼女は怯え、苦悶し、必死に「やめて」と叫ぶが、その声すら魔力に溶けていく。
「リリアナ!! しっかりしろ!」
ユリウスが誰よりも早く、結界を破って駆け寄る。
その手は、リリアナの肩に触れようとする――が、
「ッ……!!」
触れた瞬間、彼の魔力が吸われる。
それでも、ユリウスは離さなかった。
「君は……一人じゃない……! 俺が……必ず止めるから……っ!」
「危ない、ユリウス! お前ごと吸われるぞ!」
レオンが援護に入り、剣を地面に突き立てて防壁を張る。
魔力をあえて“囮”にして、リリアナから力を逸らす。
「……《凍鎖結界》!」
セシルは冷気の魔術で空気を圧縮し、魔力の流れを封じようとする。
その隙を突き、エミリアが前へ出る。
「リリアナ様――!」
その声は、どこまでも真っ直ぐだった。
「お願い、思い出して……私たちは、あなたの味方です!」
震えるリリアナの瞳に、四人の姿が映る。
「……わたし……」
その瞬間――
リリアナの中で、力が収束する。
魔喰いの黒い靄が、潮の引くように静かに霧散していく。
全員が息を呑む中、リリアナの足元に小さく魔術の痕跡だけが残されていた。
静寂の中――
リリアナの膝が崩れる前に、ユリウスがしっかりと抱きとめた。
だが、その騒ぎの中――ただ一人、違う反応を示した者がいた。
教官、エグバート・カイゼル。
彼は目を細め、まるで宝石を見つけたように呟いた。
「……なるほど。“魔喰い”。本当に存在したとは。神代の魔術すら無効化すると言われる……異端の力」
その呟きは、生徒にも教師にも聞こえない声だった。
(これが手に入れば……王家も魔術機関も、私に頭を下げるだろう)
眼鏡の奥の瞳に、ぞっとするような光が灯る。
「リリアナ=ヴェルシュタイン。君は……実に、興味深い存在だ」
その視線に、誰も気づかない。
運命は静かに、動き始めていた。
⸻
夜も更けた時間、彼らは学園の地下にある禁書庫へと場所を移していた。
「ここなら、誰にも邪魔されず話せる」
ランプの明かりが揺れる中、リリアナは椅子に座り、周囲を囲む4人の顔を見つめる。
そして、セシルが静かに口を開いた。
「リリアナ。君が使った力について……“魔喰い”について、僕たちは禁書庫で調べた」
彼が古ぼけた一冊の本を机に置く。
革表紙に、古代神語で刻まれたタイトル――
《〈虚の徒〉――失われた魔を喰らう者たち》
レオンが補足するように言う。
「これは、神代――つまり、魔術文明が誕生する遥か以前に存在していた“力”だ。魔術とは根本的に異なる、“魔の根源”に干渉する力」
エミリアがそっとページをめくりながら語る。
「“魔喰い”とは、魔力そのものを無力化する存在……通常の術式、結界、封印、すべてを無効化できると言われてるわ。代わりに……その代償として、宿主の身体や心を蝕む可能性もある」
リリアナは、その話を無言で聞いていた。
「君が制御を失えば、周囲の人間すら魔力ごと消し去る可能性がある。だが――制御できれば、誰にも真似できない“絶対の抑止力”になり得る」
セシルの目は、真っ直ぐリリアナを見つめていた。
「君は……“魔喰いの継承者”だ。禁書庫によれば、王家にもその記録は残っていない。つまり……完全に、歴史から消された存在」
「……私が……?」
リリアナは、自分の胸に手を当てた。
ふと、幼い頃からの違和感が甦る――
魔術を使っても反応しない、体内の“虚ろな空間”。
他人より魔力に反応されず、異端視されたこと。
魔術がうまくいかず、からかわれた記憶。
「じゃあ……私は、“異端”なの……?」
その呟きに、静かに答えたのは、ユリウスだった。
「違う。君は――“希望”だ」
彼は、ひざまずいてリリアナと目線を合わせる。
「この国の誰にもない力を持ち、それをまだ制御できていないだけ。だが、それは“化け物”じゃない。“才能”だ。……俺はそう信じてる」
レオンも片手を後頭部に当てて笑った。
「俺も正直、最初はビビったけどさ。……あんたが暴走しても、ちゃんと止めるヤツらがここにいるんだし、安心しろって」
セシルが立ち上がる。
「リリアナ。僕たちはこれから、君の力を共に制御する手段を探す。……その覚悟が、君にあるなら」
しばしの沈黙のあと――
リリアナは、微笑んだ。
「……あるわ。逃げても、いつか誰かを傷つけるだけなら……私、自分の力に向き合う。ちゃんと、私自身を“選ぶ”」
そして彼女の瞳には、恐怖ではなく、静かな炎が灯っていた。
それは、“悪役令嬢”としての運命ではなく――
一人の少女が、自らの力を受け入れ、未来を変えようと決意した瞬間だった。




