8:欲しい
バルコニーで階下に広がる庭園を眺めていました。キャンドルで幻想的に照らされており、奥にある噴水などは虹色に輝いて見えます。
ダンスで火照った体に春の夜風がとても心地が良くて、会場に背を向けバルコニーの手すりに寄りかかってぼーっとしていましたら、ちょっと意地の悪そうな声が後ろから聞こえてきました。
「貴女、誰の許可を得てここを使っているのかしら?」
――――誰の許可?
バルコニーを使うのに許可などはいらなかったはずです。会場には八ヵ所のバルコニーがあるから、空いていれば好きに使っていいのだから。
というか、なんとなく見たことのある顔ね…………ん? あ! ドナータ様と話すときに妙に邪魔してきていた侯爵家のご令嬢の取り巻きの一人…………な気がします。えっと、えーっと………………シラーヌ伯爵家の……カスティ様、だったかしらね?
「貴女さっき伯爵家と言っていたけれど、今まで見たことないのよね。上位貴族たちの夜会に嘘をついて忍び込んだり、お金に物を言わせて参加する輩が最近多いと聞いていたけど、まさか皇城にまで現れるなんてね!」
あらまぁ、わざわざ説明ありがとう存じます、と心の中でお礼を言いつつ、最近の夜会はそんなに無法地帯になっているのかしら? 怖いわねぇ。なんて考えていましたら「ドナータみたいな穢らわしい存在が増えるのって我慢ならないのよ」と言われました。
そういうことね。
というか、伯爵家だと名乗ったのはダンス中での一回だけですけど、会話を聞いていたんですか? ちょっと気持ち悪いわね。
「なんですって!?」
あら。あまりにも気持ち悪くて口から漏れ出ていたようでした。
カスティ様の後ろにいた取り巻きたちが「なまいきな」とか「追い出しましょう」とか喚いています。取り巻きにも取り巻きがいるのね。まるでネズミのような広がり方をしているわね、なんてついつい声に出して言ってしまいました。
「っ――――!」
後ろにいたカスティ様の取り巻きの一人が、持っていたワイングラスをカスティ様に渡し、カスティ様に「さぁ!」とか煽っていやがります。なるほど自分ではやらないのね。ほんとこういう方たちって、根性がないわね。
「皆に笑われながら出ておいきなさいっ!」
バシャリと顔面から赤ワインを掛けられてしまいました。私のドレスは有名なデザイナーが作っており目立つからと、体型の近い侍女から淡い色のドレスを借りていました。赤紫に染まってしまった胸元から腹部を見て、染み抜きが出来たとしても布地がかなり傷んでしまうことが予想されました。
「借りもののドレスなのに……」
「語るに落ちたわねっ!」
何が? と思っていましたら、どうやら知り合いにドレスを借りて忍び込んでいる平民だと勘違いされたようでした。
なるほど、思い込みとはこうも悲惨な方向に行くのですね。ドヤ顔で言い放たれていますが、このあとのことを考えているのかしら? まぁ、考えていないからこんなことをしているのでしょうけど。
風に乗ってクスクスといった笑い声が微かに聞こえてきました。辺りを見回すと、隣のバルコニーの奥に、ドナータ様の親友の振りをしていたゲスナー侯爵家のクズミナ様がいらっしゃいました。
なるほど、ああやって人を使っているのですね。ただの煩いご令嬢だと思っていましたが、下方修正してあげましょう。
顎に手を当ててクズミナ様をランキングのどこに移動させようかと考えていましたら、会場とテラスを繋ぐ扉を蹴破る勢いでアシュレイ様が駆け込んで来ました。
「っ! 何をしているんだ! これが帝国の誉れ高きご令嬢たちのすることなのかっ!」
腹の底から怒鳴るように放たれたそのセリフに、背筋がゾワリとしました。興奮で。
会場から漏れ出る光を後光のように受けている姿があまりにも美しくて。
アシュレイ様は、あまりにも高潔すぎる。そして、やはりメンタルイケメンが過ぎる、と。
――――この人が、欲しい。