7:夢心地のダンス
お母様とコンラッド国王陛下の顔をガン見しつつ、脳内が恋愛方向に彷徨いかけていたのですが、コンラッド国王陛下の後ろに控えていたアシュレイ様がコホンと咳をしたことで、コンラッド国王陛下も私も現実に引き戻されました。
「か、髪染め剤のことだったね」
それからの時間は、非常に有益な交渉をすることが出来たようでした。私はというと、お母様たちの観察に飽きて、メンタルイケメンなアシュレイ様の観察をしていました。
先程はコンラッド国王陛下が飲みたいと言ったワインを取りに行っていたようでした。なぜ騎士団長様が自らと思ったのですが、陛下ととても仲が良さそうなので、気軽にそういった雑用を言い渡されているのかもしれませんね。
交渉の間、時折騎士たちが何かを報告しに来たり、アシュレイ様が話の進み具合を確認して、騎士様に文官を連れてこさせたりと、騎士以外の仕事もしているようでした。
コンラッド王国はそこまで大きくはないので、こういったマルチなお仕事やフットワークの軽さが大切なのかもしれませんね。
「うむ。ドナータ嬢、本当にいい商談が出来たよ」
国王陛下がドナータ様の手を取り、固く握ってブンブンと振っていました。なんでしょうか、男女の触れ合いという空気が一ミリもありません。お互いに完全に商人同士でやりきったぜ!な笑顔でした。
「もぉっ、そんなんだから、いつまでたってもいい王妃が見つからないのよ……そこも可愛いんだけど」
お母様、独り言がダダ漏れですがいいんですか? あ、いいんですね。アシュレイ様は苦笑いしていますし、コンラッド国王陛下は照れ笑いしてます。そこ、照れ笑いでいいのでしょうか?
「よし、気分がいいし、一曲踊ろうか」
ちょっと一杯飲みに行こうか?くらいのノリでコンラッド国王陛下がドナータ様をダンスに誘いました。これには流石のお母様も頭を抱えていましたが、ドナータ様は楽しそうに笑いながら「ぜひ」と答えていました。
――――いいんだ?
それならとお母様に言われて、私はアシュレイ様と踊ることに。なぜ。
「巻き込んで申し訳ございません」
アシュレイ様が本当に申し訳なさそうに謝ってこられたのですが、巻き込んだのはこちらのような?
フロアで手を重ねると、優しくホールドされました。ふわりと香る柑橘の匂いが妙に心臓を締め付けます。いい匂いですね、あとでどこの香水か聞いてみましょう。
「髪は染めているのですか? あ……お名前をお伺いしていませんでしたね」
「しがない伯爵家の者ですわ」
「……そう、ですか」
偽名を考えていなかったので咄嗟にそう答えたのですが、アシュレイ様が少し悲しそうな顔をされたことで失態に気付きました。
「っ、その……」
「帝国にはもう少し滞在していますので、気が向いたら教えてくださると嬉しいです」
言い訳をしようとしていたのですが、アシュレイ様がふわりと微笑みそんな気遣いの言葉をくださいました。本当にメンタルイケメンなお方です。
なんだかんだとお話しながら踊っていたら、ふわふわとした夢心地でいつの間にか二曲目も踊っていました。
三曲目に入る直前に、コンラッド王国では三曲連続で踊っていいのは配偶者や婚約者のみというルールを思い出し、アシュレイ様に伝えると顔面蒼白で「大変失礼いたしました」と謝られてしまいました。
この反応は、愛し合っている婚約者がいるパターンね。
そう思ったら、ふわふわとした夢心地だったものが、真冬の吹雪の中にいるような感覚になってしまいました。
――――あぁ、これは色々とまずいわね。
アシュレイ様に挨拶し、ボールルームを離れてバルコニーに向かいました。少し頭を冷やしたくて。