2:奇跡が起きた……けど?
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妻の様子が可怪しい。
安全のために離縁して祖国に帰って欲しいと頼み込んで、やっと了承してくれてホッとしていたのに。
私の妻のままで帝国に戻っても、きっと隣国から手が回る。離縁すれば彼女は帝国の伯爵家の令嬢に戻れる。そうすれば、流石に手は出せないだろうし、引き渡しの要望を出したところで、帝国側も良しとはしないだろうと考えてのことだった。
それが分かったからこそ、妻は了承してくれたのだと思っていたのだが……。
妻がまったく悲観的になっていないのが怪しい。
妻が食事以外は部屋に籠もっているのが怪しい。
妻が私のストーキングをしていないのが怪しい。
妻が私のベッドに潜り込んでこないのが怪しい。
とにかく、怪しい。
だが、聞いても答えてくれない。
妻はにこにこと微笑み、私室に戻るのみだった。
明後日は、約束の二週間だ。離縁書には明後日にしかサインしないと言われている。妻がそうすると言ったら必ずそうするので待つしかない。
幸いなことに、隣国はなぜか動き出してはいないが。
○○○○○
嫁に行った孫娘――ローザから久しぶりに手紙が届いた。
一連の流れは知っていたが、亡くなったという王太子の行動があまりにも酷すぎて、まさか戦争にまで発展するとはな。本当に予想外じゃった。
孫娘が嫁に行った国は、世界の中では立場が弱くはあるな。その隣国は……まぁ、喧嘩っ早いから誰も相手にしたくないんじゃよな。最悪な状況じゃ。
何が最悪かって?
心底惚れ込んだ男が出来たおかげで、丸く柔らかくなっていた孫娘。それが砲弾孫娘に戻るのは、正直言って他国の戦争よりも最悪の事態だ。
『砲弾孫娘、元気で留守がいい』
この言葉を胸に、議会に招集をかけた。
△△△△△
なぜだ。なぜこうなった。
息子が殺された。息子を殺した隣国に報いを受けさせたかっただけなのに……。
「陛下っ、帝国からの抗議文を無視は出来ません」
「わかっているっ!」
なぜだ。あんなに矮小な国なのに、いつの間に帝国の後ろ盾など手に入れたんだ。
皇帝自ら書いた抗議文など、異例中の異例だぞ。
これで隣国に戦争を仕掛ければ、焦土になるのはわが国じゃないか!
なぜこうなった。
「陛下っ」
「わかっているっ!」
――――なぜっ。
◇◇◇◇◇
アシュレイ様とのお約束が明日になってしまいました。予想より時間が掛かっているのかしら? と思っていたら、王城から戻ったアシュレイ様が狐につままれたような顔をしていました。
「おかえりなさい、アシュレイ様」
「……あ、うん」
「どうかされましたの?」
「っ……」
急にアシュレイ様に抱きしめられました。腕にかなりの力が入っており、ちょっと苦しいです。
アシュレイ様にどうしたのかと再度お聞きすると、小さな声で奇跡が起きたと言われました。
「ローザ、愛してる」
「あら。私もですわよ。アシュレイ様の美し――――」
アシュレイ様への愛を言い終わる前に唇を塞がれてしまいました。アシュレイさまの唇で。
「ローザ、君と離縁したいと言ったのは本心だ」
「……え」
「君を愛しているからだ。でも、とても独りよがりな思いだった。君を傷付けたよな? すまなかった」
隣国との戦争がなぜか立ち消えしたんだ。意味が分からないが、隣国の国王自らが謝罪文と起こしてもいない戦争の賠償金を払ってきたんだ。と言われました。
おじいさまったらいったい何をしたのかしら?
「本当にすまなかった」
そう言ってまたキスをくださいました。
アシュレイ様は本当に心が綺麗な方です。だからこそ好きになったのです。
「はい。すっごく傷付きました。なので、もっと抱きしめてくださらないと、許してあげませんからね」
「んっ」
「絶対に、離縁なんて、してあげませんからね?」
「ん」
私を抱きしめたまま、こくりこくりと頷くアシュレイ様。なんだか初めて見る可愛い反応です。
これは、草むらでサカって天国だか地獄に召されてしまった、隣国の王太子に感謝してもいいのかもしれませんね。
隣国には粗品でも送っておきましょうかね?
とりあえず、くんかくんか。久しぶり嗅ぐアシュレイさまの匂いは格別です。
「ところで、ローザ」
「はい?」
「君はいったい何者なのかな?」
「……あら、なぜそのようなことを? 私はただのローザですわよ?」
おじいさまには、私の正体をバラしたら駄目だと言っていましたが……まさか、ねぇ?





