12:明日のため。
「ローザ?」
熱に浮かされすぎて、制約をすっかり忘れていました。早急におじいさまを脅して変更していただかないと。
そんなことを考えていたからでしょう、たぶん物凄く慌てたような顔になっていたんだと思います。アシュレイ様が心配そうに覗き込んでこられましたから。
「アシュレイ様、お願いを聞いてくださいますか?」
「ん? 叶えられることなら、なんでも」
その返事は大丈夫なのだろうかと疑問に思うものの、私の腰を抱き寄せる腕にグッと力が入ったので、なんとなくですが『絶対に逃さない』といった意思を感じました。あと、純粋にそう言っていただけたことが嬉しくて、ちょっと涙が出そうでした。
「家のことや家族のことは一切聞かないでください。調べもしないでください。そして、国に戻ってください」
「…………それは、君を諦めろと言うことか」
自分が無茶を言っていると認識していたため、下を向いて話してしまっていました。アシュレイ様から漏れ出る剣呑な声にハッと上を向くと、酷く悲しそうなアシュレイ様のお顔。
「っ……違うんです。ただ、我が家はちょっと特殊で…………どうか、コンラッド王国で待っていてくださいませんか?」
「待っていたら、本当に来てくれるのか?」
「はい。何が何でも」
「君の未来を潰したり、君の家族をつらい目に合わせたり、誰かに不義理をしたりはしないのか?」
鋭い視線で聞かれてしまい、アシュレイ様が本当に常識のある方なのだというのがヒシヒシと伝わってきます。この場の約束や、一時的な恋、遊びなんて意識が一切ないのだと分かるから、少しだけ苦しい。私はこの人を騙そうとしているのだから。
「例えそれらがクリアだと言われても、私は君のご家族に不義理はしたくない」
「っ……」
「だが、ローザが嫌がることをしたくない。…………手紙を書いたら、渡してくれるかな?」
それくらいなら大丈夫だろうと頷くと、アシュレイ様がホッとしたように微笑まれました。
頬にゆっくりと伸びてくる右手。撫でられ包まれ、持ち上げるように支えられて重ねた唇は、溶けそうなほどに熱く甘いものでした。
床から立つよう言われ、ソファに移動しました。アシュレイ様はレターデスクでペンを握ると、便箋にすらすらと書き込まれ、折り曲げて封筒に入れました。
ソファに横並びに座り、またキス。
「っ、あ……すまない。先ずは君のドレスや身なりを整える手配をしなければ!」
キスをすることに夢中で忘れていたと耳を赤くして言われて、心臓がキュッと締め付けられました。なんというか、可愛いのです。男性に対して『可愛い』なんて思ったことがなく、自分で少し驚いてしまいました。
「アシュレイ様、大丈夫です。このあと侍女が手配しますので。アシュレイ様は……護衛に戻られなくて平気なのですか?」
「未来の妻を放置しろと?」
「っ……その言葉だけで嬉しくて死んでしまいそうです」
心臓が苦しくて、胸を押さえながら俯くと、アシュレイ様がきつく抱きしめてくださいました。まるで大切な花を優しく包むように。
こんな短時間で本当の愛を見つけられたことは、本当に幸せなことだと思います。
アシュレイ様には先に戻っていただくことにしました。帰ると言っても、王城に宿泊されていますので、城内でお会いしないように気をつけつつ自室に戻らねばなりませんでしたが。
髪色の戻し剤を使い、鏡で確認。見事に赤色に戻っています。
「本当に凄いわね。おじいさまとお母様には?」
「お伝えしております」
今日は夜会でお酒も入っていますし、明日以降でお二人とお話したい旨を伝えました。
侍女曰く、明日の昼以降でしたら二人とも可能とのことだったので、直近の時間で予約を取りました。
とりあえず、明日の戦闘に向けて今日は休んで体力温存しておきましょう。





