11:好き。
休憩室に到着すると、アシュレイ様が私と二人きりにしてくれないかと侍女に言いました。侍女が不安そうに私を見てきたので「大丈夫よ」と一言伝えると、彼女はコクリと頷いて部屋から出て行きました。
もちろん、入り口の扉は僅かばかり開けてくれています。流石にそれはしておかないと、諸々面倒になりますので。
「優秀な侍女だね」
「ええ。いつも頼りにしていますわ」
そう答えると、アシュレイ様がハァと大きくため息を吐き出されました。それがあまりにも重たい空気で、ビクリと体が震えてしまいました。
「っ、すまない! 君を怯えさせるつもりはなかったんだ。ただ、自制心が……」
「自制心?」
アシュレイ様いわく、私が何かを隠しているのは分かっていた。普段ならそういったことに気付いても、それを聞き出したいとは思わないのだそう。
「女性は秘密がある方が美しく輝く、と母に言われていてね」
なんという素敵なお母様なのでしょうか。
「…………君の名前が知りたい。君を名前で呼びたい」
「っ――――!」
アシュレイ様が私に向ける視線があまりにも熱くて、心臓が締め付けられます。本能がアシュレイ様と目を合わせたら危険だと警笛を鳴らしたせいか、つい俯いてしまいました。
「フロイライン、名前を教えて?」
甘く低く、お腹の奥底に響くような声。
「っ……ろーざ」
ポロリと名前を漏らしてしまい、ハッとして上を向くと、そこには破顔したアシュレイ様のお顔がありました。
「ローザ、教えてくれありがとう」
「…………きれい」
吸い込まれそうなほどに澄んだ水色の瞳は、凪いだ海のような穏やかさと優しさがあって、海水にふんわりと包み込まれて揺蕩っているような感覚に陥りました。
「ん? あ、瞳? そうだね、自慢の瞳だ」
「顔も……すき」
「んはは。確かに整っているとは言われるな」
「声もすき」
「そうかい? 普通だと思うが」
「匂いもすき」
「いつの間に嗅いだんだ? 悪い子だな?」
口の端を上げて妖艶に笑ったアシュレイ様。腰が抜けました。床にペタリと座り込んで立てません。
「っ! ローザ!? 大丈夫か?」
「あ、ごめん……なさい…………」
苦しくて、わけが分からなくて、ポロポロと涙が零れ落ちて止まりません。アシュレイ様が慌てふためきつつも床に座り込みそっと抱き寄せてくださいました。
服が汚れると言うと、私をあぐらの中に座らせて、これで大丈夫だからと微笑まれました。
アシュレイ様の服が汚れるからと再度訴えると、どうでもいいと切り捨てられてしまいました。
「ローザが泣いている方が問題だ。どうしたんだい? 私に何か出来ることは?」
「っ――――」
そんなこと、言えるわけがない。恥ずかしすぎて。
アシュレイ様があまりにも格好良くて、あまりにも素敵すぎて…………恋をした。
心臓が潰れそうなほどに締め付けられる。
好きだと言う気持ちが、こんなにも苦しいものだとは知りませんでした。
アシュレイ様には婚約者がいないらしいので、あわよくば婚約者に収まろうかなんて計画をしてた。バルコニーからここに移動する間で、まさかこんなにも本気の恋に変わるなんて、思ってもいませんでした。
「ローザ、教えてくれないか? 君の涙は、私には止められない?」
「…………好き。結婚して」
アシュレイ様の優しく諭すような声につられて、ポロリと漏れ出たのはまさかのプロポーズ。
流石にこれはないと急いで取り消そうとしたのに、言葉を発する前にアシュレイ様に唇を塞がれてしまいました。
「――――んっ」
「っ、あ……しまった…………」
「あしゅれぇさま?」
「許可も得ずに奪ってしまった。すまない」
アシュレイ様はどこまでも誠実な方でした。ほとんど私がこうなるように仕向けたのに、それでもアシュレイ様の責任だからとおっしゃいます。
「……責任」
「言い方が悪かったね。ローザがあまりにも可愛くて、襲ってしまった」
「そ……」
それは、堂々と言って大丈夫な言葉なのだろうかと口籠っていると、アシュレイ様が真剣な顔で聞いてこられました。
「ご両親にご挨拶したい。フィオレンツィ伯爵だったかな?」
――――あ。
「ローザ、婚約者はいないんだよな?」
「いません」
「ん」
アシュレイ様が満足そうに頷かれて、いろいろと拙いことを思い出しました。
私が国外の方と結婚するためには、様々な取り決めや制限があります。それらがアシュレイ様に適応されてしまった場合、アシュレイ様のお仕事を奪ったうえに、帝国に一生縛り付けることになるのに。
――――なんで忘れていたのよ!





