10:フロイライン
アシュレイ様にエスコートしていただきながら、室内に戻りました。会場を出ようとしたところでお母様と目が合いました。バチコンとウインクされたのですがあれはどういう意味でしょうか。
エスコートされている途中でアシュレイ様が道に迷われていたので、エスコートスタイルを止めてアシュレイ様の手を握って道案内をしました。
初めは普通に手を繋いでいたはずなのに、ふと気付くと指を絡めて繋いでいました。
――――あら?
ちらりとアシュレイ様を見たのですが、アシュレイ様は整ったお顔を柔らかく緩めて微笑んでいるだけでした。
「ところで、どこに向かっているのかな?」
「休憩室ですわ」
「…………手慣れているね?」
――――あっ。
これは拙いですね。非常に拙い。手を繋いでしまったこともですし、王城内に用意されている休憩室に迷いなく案内していることも。
完全に連れ込み慣れているようにしか見えません。
手を繋いだのは完全に意図的でしたが、先導するのにエスコートスタイルではちょっと面倒だったこともあります。
「たしか帝国では、休憩室はある程度の地位のものしか許されていないと聞いたのだが」
「そう……ですわね。随分と昔ですが、不貞を働くものがいたのだとおじ…………伯父が言っていました。だから制限しているのだと」
「なるほど。君の伯父上に使用許可があるのか」
これはどちらの意味なのでしょうか。私の身元を探ろうとしているのか、連れ込みの方を疑われているのか。その両方なのか。
そもそも、私は使用許可を取ったことがなかったので、指摘されるまで完全に失念していたというのもありますが。
私たちの後ろを慌ててついてきていた侍女に目配せをすると、把握したとばかりに真剣な顔で頷いてくれました。こういうとき、本当に頼もしいなと思います。
「お嬢様、特別許可を得て来ますのでゆっくりと向かわれてください」
侍女が早歩きで私たちを追い越した姿を見て、アシュレイ様が「あぁ、こういう緊急の場合は許可が出るのか」と呟かれました。これは完全に誤魔化せたかもしれません。侍女の機転には本当に助けられました。
「妙な言い方をして済まなかった」
アシュレイ様が私の顔を覗き込みながら謝られました。申し訳なさそうなお顔なのですが、目の奥はなんというかまだ疑っているような、何かを読み取ろうとしているような雰囲気があります。
「替えのドレスは、彼女に頼めば手配できるのかな?」
「…………はい」
どう返事するか、僅かに迷ってしまいました。答えによっては、それならもう大丈夫だねと、ここで身を引かれてしまうかもしれなくて。
ここで別れてしまえば、次にアシュレイ様にお会いできるのは、皇帝の孫である私になってしまうかもしれません。そうしたら、この淡い恋が終わってしまうかもしれない。
そんなのは嫌だなという思いのせいか、繋いだ手に自然と力が入ってしまいました。
「…………そんなに悲しそうな顔をするのはなぜ? 君は何を隠しているの? 名前も教えてくれないフロイライン」
フロイライン、それは昔の帝国の社交界でよく使われていた言葉で、名前を知らない未婚女性や幼い令嬢などに呼びかけるときのもの。いわゆる『そこのお嬢さん』みたいなもの。
そんな文化をよく知っているなという驚きもあったのですが、私が名前を伏せていたことに対して、アシュレイ様が少なからず良くない感情を抱いていたのだと知りました。
「っ……ごめんなさい」
たぶん、私たちはお互いに好意を抱いている。それなのに相手に誠実でなかったこと、今現在もそうだし、これからも身分を明かしたくないと思っていることが申し訳なくて、どうしたらいいのか分からなくて、ただ謝ることしか出来ませんでした。
「お嬢さま、お部屋の準備ができました」
パタパタと駆け寄ってきた侍女に、アシュレイ様が道案内を頼むと言いました。そして、繋いだ手を先ほどよりも強く握り、クイッと引っ張ってくださいました。
それだけで、心臓が早鐘を打ち、野原一面に花が咲いたような喜びに包まれてしまいました。
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