097 sideC
魔導国へと踏み込んでいた主様たちは、一週間ほど掛かって南西部の中心都市、魔導都市ライラックへと到着しました。
その道のりは……並みの冒険者や魔術師であれば、幾度か命を落とすほどの激戦でした。何度も大規模な魔獣の群れの襲撃に遭い、更には生存者捜索に立ち寄った街や村で……魔獣化した元人間の襲撃にも遭いました。オドの抜けた死人の身体に、高濃度のマナが入り込んだ結果起こる魔獣化は、生前の姿を色濃く残します。なので、主様以上に……メリサンドにとっては、精神的にも厳しい戦いだったと思います。
ですが、これが現実なのです。大争乱の時代では、ままある事。人と人との戦場跡で、正しく葬られなかった兵士の亡骸が魔獣化した。迷宮付近の村で、野盗の襲撃後に魔獣化が発生した。そのような事例は、平和を維持するトラディス王国では珍しい事かもしれませんが……争いの絶えないこの地上では、なにも珍しい事ではないのです。
なので、主様たちは、討伐を終えた魔獣化した元人間……級外魔獣ゾンビたちを、丁重に葬りながらの道のりとなりました。そのため、五日ほどで目的地に着くはずだった旅程に、一週間も掛かってしまったのです。
そんな訳で、主様たちは今、遅れを取り戻そうと急ぎつつも、冒険者ギルドへと向かっています。ハイランドやジゼルとの合流を果たすために。
「さて、旦那がどこにいるのか。それと、ライラック到着をゴンツに知らせねぇとな」
闇雲に探したところで意味がない。それを分かっているため、まずは情報の収集と共有が最優先。そう考えての行動だったのでしょうが……。
「現在、情報が混乱しておりまして、すぐにはお答え出来ません。それと、通信機の使用申請ですが……受理いたしかねます」
ギルドの受付嬢からの言葉に、一同首を傾げます。当然、私にも分かりません。混乱? 通信用魔具の使用不許可? なにかが起こっている事だけは理解出来ますが、なにがというのは見当もつきません。
ただ、筋肉小男は……はいそうですかと引き下がるつもりはないようで、受付嬢へと食って掛かります。
「どういう事だ? 緊急依頼で前線に出てるはずのギルド員すら、把握出来てねぇのか? それに、通信用魔具の使用申請すらも受け取れねぇとは……どういうつもりだ?」
凄む筋肉小男の威勢に、受付嬢はすっかり縮こまってしまっています。それでも、恐々といった様子で返答します。
「あ、あのですね……い、一介の受付嬢の私では……こ、これ以上は……。う、上からの指示ですので」
「じゃあよ、支部長と話をさせちゃあもらえねぇか?」
「は、はい! 支部長に取り次いでみますので、少々お待ちを」
まるでチンピラです。あの受付嬢が可哀そうに思います。ですが、チンピラもとい筋肉小男も、ガラは悪いですが……手際としては良いでしょう。現状を把握出来なければ、動き出す事もできないのですから。
駆け足で向かった受付嬢が、駆け足で戻ってきました。そして……。
「支部長が話しを伺うとの事です。では、こちらへ」
受付嬢に案内され、主様たちは支部長のもとに連れていかれました。
ちなみにですが、ここのギルド支部にはギルドマスターというものは居ません。ギルドマスターというのは、各国に置かれるギルド本部のトップ。要するに、国内にあるギルド支部を統括する存在。支部長というのは、あくまでも支部のトップなので、ギルド内の序列としてはギルドマスターのほうが上です。更に言えば、ハイランドが抜けた穴を補っているゴンツは、王都本部の支部長という肩書だったため、暫定的に繰り上がり、ギルドマスターの代行をしているとの事です。
これらの情報が混乱を招いている一因とは考え辛いですが、最低限は考慮しておくべきかもしれません。という事で、支部長の話を聞いてみようではありませんか。
「それが……私にもサッパリで。総本部が混乱している、という事しか」
筋肉小男が事情を訊いた返答が、これです。結論としては、支部長であっても現状が把握出来ていないという事。……これは、思った以上に深刻な状況なのかもしれません。
「なら、旦那……ハイランドさんの居所が分からねぇってぇのは?」
「はい……。魔導国では現在、魔導機器による情報管理を試験導入しているのです。ですが……」
支部長は非常に困ったという顔で、言葉を詰まらせてしまいました。そこで、主様が気を利かせて問い掛けます。
「その魔導機器というのが、正常に動作しないって事ですか?」
「え、ええ。総本部によって大本が管理されているはずなのですが、それが行われていないようでして」
依頼関係やギルド員名簿など、様々な情報の管理を魔具頼みにした結果……保守保全が為されず、情報が引き出せなくなった、という事でしょう。その事から考えられるのは、やはり……。
「ってぇ事はだ。総本部もグチャグチャで、色んな事がグダグダになってるって事か?」
「はい……そういう事です。指示や情報が降りてこないので、ほとほと困っているのです……」
統率を失う総本部。試験中の魔具すら放置。そうならざるを得ないほどの事が、総本部で起こっている、と……。遠見の術さえ使えれば、今すぐにでも覗き見るのですが、あまりにもリスクが高いため、その手段は取れません。
「じゃあよ、通信用魔具を使わせてくれないのは、なんでだ?」
「もし、総本部からの連絡がきた場合……別件で使用中では困るからです」
確かに、通信用魔具は一対一の通信しか出来ません。なので、縋る思いで連絡を待っている支部長としては、軽々しく使用許可は出せないのでしょう。ならば、仕方がありませんね。
私は、主様に目配せをします。そして、ここのギルドのご近所さん……魔術師ギルドの支部がある方向へと首を向け、そちらに向かうべきと訴えました。それを理解したのか、主様は口を開きます。
「ディンガ、魔術師ギルドに向かってみない? あっちにも通信用魔具はあるはずだし」
「そうだな、そうするか。ってぇ事で邪魔したな、支部長さん」
混乱の極みにある冒険者ギルドよりは、魔術師ギルドで。そう思っての事でしたが……。
「申し訳ありませんが、情報が錯綜しておりまして……」
魔術師ギルドに到着し、受付嬢を介して支部長への面会を申し出て、しばらく待った後、やっと面会が叶ったと思ったら……これです。
「どういう事なのです? もしかして、総本部からの指示が途絶えたのです?」
「はい。総本部でなにかあったようで……」
冒険者ギルドだけでなく、魔術師ギルドでも……。いよいよ、本格的に困った事態だと確信します。この調子では、防衛線の維持ですら危うい。もしも、魔導兵団にまで混乱が広がっているようなら、最悪の状況も考慮しなければならないでしょう。戦線の崩壊からの……この国の滅亡までを。
本当に……一体、なにが起こっているというのでしょう。この国の中心にして、多くのギルドの本拠地である中央魔導都市ゼフィランサス。世界で最も栄えている街であり、世界で最も安全な場所と目されていたその街で。
やはり、一番に思い浮かぶのは……魔人の暗躍。次点では、負陣営の盟主国であり、この国の東に位置する大ディスガスト帝国、通称嫌帝国の策謀あたりでしょうか。どちらにせよ、どちらでもないにせよ……危機的状況にある事には変わりません。そして、危機は更なる危機を呼ぶであろう事も……。
魔導国を良く思っていない国々は、この状況にほくそ笑んでいる事でしょう。過去の大敗という屈辱を晴らすため。そして、この大地を東西に分断する、中立の超大国という邪魔な存在を滅ぼすため。虎視眈々と狙っています。負の国々は、きっと……。




