095 sideY
<魔導王国ゼフィラント 中央魔導都市ゼフィランサス某所>
魔導国の首都であるこの街は、眠らない。日も暮れたはずの時間でも、街中がキラキラと輝いている。それは、魔導の力のおかげ。魔導灯が夜でも明かりを供給し、「発光」の魔術は必要ないし、夜空の微かな明るさも目に入らない。それに、魔導兵団に守られたこの街の人々は、大氾濫の真っただ中であっても……どこか他人事のようだ。あぁ、つまらないな。
アタシは、少しだけ不機嫌そうに歩く。この街の中で、少しでも暗い道を。仕事中のアタシは、明るいのは嫌いだし苦手だから。
「よう、綺麗な姉ちゃん! 俺たちと遊んでかない?」
この街は眠らないし、人で溢れてる。だから、大通りを避けたはずでも、こういった輩が沢山いる。国とギルドが、魔獣の大群と戦っているというのに……暢気なものだ。
「ごめんねぇ! アタシ……今からお仕事に向かっちゃうんだ。だから、ね?」
「おう、そうか! なら、しょうがねぇな」
嘘は言っていない。アタシはお仕事に向かってる。とっても大切なお仕事に。ダスっちとお姉ちゃんから任された、すっごく大切で……面白いお仕事に。
でも、正直興醒め。声を掛けてきた男たちは、どこかお上品が過ぎる。アタシのようなか弱い女の一人歩きに、無理やり連れ込もうっていう発想がないあたり……つまらない。折角、お仕事前の準備運動が出来ると思ってたんだけどなぁ……。
夜の裏通りを女が一人で歩けるほどに平和なこの街を、アタシは歩いていく。少しでも暗い場所を探しながら。今後もこの平和を維持できるのかと、薄っすらと嗤いながら。
アタシは、目的の場所に到着していた。冒険者ギルド総本部。その建物の外周部。色んなトコにあるギルド支部と違って、ここはちょっとした砦みたいな造りになっている。周囲は柵に囲まれていて、正面には門。当然のように、沢山の警備員も巡回している。
本部機能しかないここは、下っ端冒険者では一生立ち入る事の出来ないような場所。この中に居るのは、冒険者ギルドの頂点とその側近みたいな人ばっかり。って事だから、お仕事を開始しましょうか。
「そこそこ警備が厳重だにゃあ……。まっ、アタシにかかれば、余裕のよっちゃんだけどねぇ」
まずは柵を飛び越える。敷地内に侵入すると、一切の隙が無いような警備の……ほんの僅かな綻びを見つけながら、スルスルと建物に近付いていく。そして、物音一つ立てずに、その中へ。
「アタシみたいな奴への対策が、全くもって不十分。警備の評価は三十点ですなぁ」
誰に言ってる訳でも無く、勝手にやっている採点。アタシが暗躍してた時代なら、もっと高得点の警備を敷いてる場所は沢山あったのに。つまらないな……。まぁ、それでもお仕事はお仕事。さっさと終わらせちゃいますか。
外と同レベルの警備を掻い潜り、途中でちょっとだけ下準備をしながら、ターゲットの部屋の前に到着する。そして、入室。
「どこの手の者だ?」
気配の一切を消してたはずなのに、ターゲットには早々に気付かれる。ターゲットは平静を保っていて、強者の貫禄と余裕で以ってアタシに問い掛けてきた。
「どこのって言われても、ちょっち困っちゃうかな?」
「そうか。それは明かせぬよな、暗殺者よ」
アタシが暗殺に来たと知りながら、それでも崩さない余裕の姿勢。それもそっか。現冒険者ギルドグランドマスター、元S級冒険者にして期待の女神の神人……ラム=アレン氏にとっては。
「分かってるなら、説明不要? ついでに、お命頂戴しちゃいたいかな?」
「俺を目の前にして、そこまで言えるなんてな。いいぞ、期待を胸に……掛かってくるがいい」
アレン氏は、書類の山が築かれていた執務机から立った。そして、ぎゅっと拳を握りしめ、アタシを油断なく睨みつけてきている。
真っ向勝負は苦手なんだけどなぁ。アタシはげんなりしながら、とりあえず投げナイフを一本、投げつけてみる。……拳で撃ち落とされる。
「ねぇ、おじさん。男らしく、そっちから攻めてきてくれないかな?」
「断る。暗殺者の間合いに入るなど、自ら罠に向かっていくようなものだ」
「じゃあ、助けを呼ぶとかは?」
「不要だ。俺一人で充分。というより、来ないのだろう?」
やり辛い! こっちの手が、見透かされてる。入室と同時に仕掛けた罠も、この部屋周辺の警備員を殺しておいた事も……バレてる。仕方がないから、仕掛けるか。
アタシは二本のナイフを手に、斬り掛かる。並みの相手なら、これで決着がつくほどに速く鋭いはずだけど……弾かれる。アレン氏の瞳は正確にアタシのナイフの軌道を捉え、どのような金属よりも硬いと思わせる拳で防ぐ。そして、正確無比な突きがアタシを襲う。――回避!
後ろに跳躍して距離を取り、改めてアレン氏に言葉を掛ける。
「おじさん、強すぎ! それに……”先見”の権能はズルいって」
「権能を知る者か。なら、分かるだろう? 俺を殺せぬ事を」
アレン氏の強さの源は三つ。一つは、獣人の中でも身体能力に優れる狼獣人の長所を活かした、拳闘士としての力量。二つ目が、修羅場を乗り越えてきただけある、絶対の自信と平静。そして三つ目が、期待の神人の権能”先見”。少し先の未来を見通す事で、アタシの動きは事前に筒抜け。超卑怯な超便利権能。ズルいなぁ……。
超一流の拳闘士が、落ち着き払って、先を見通す。だから、アタシの攻撃は届かない。だったらさ、こっちも使っちゃいますか……権能。
「分かんないかなぁ。だって、おじさん……すぐに死ぬもん」
「フッ。戯言を言いおるわ」
「戯言じゃないんだな、コレが。どう? 未来が見える?」
「ッッッ!? 見えん! 何故だ!?」
アタシの権能、それは……”否定”。あらゆる権能を無効化する権能。地味って思うかもだけど、頼りにしてた力を急に消されたら……どうなる? 当然――
「隙アリ!」
”先見”が失われた事で、自信も平静も失ったアレン氏の身体に……アタシのナイフが突き立てられる。正確に心臓を一突き。そして、残ったもう一本のナイフを首に突き付ける。
「ゴフッ! その……権能は……”否定”? お前は……嫌帝国の……神人か?」
途切れ途切れに言葉を捻り出すアレン氏に、アタシはにっこりと笑う。そして――
「残念賞、全然違いまぁす。じゃあね、おじさん」
ナイフで首を掻き切った。鮮血が舞い散る。物言わぬ亡骸となったアレン氏に、今度は嗤い掛けながら言う。
「アタシは魔人『キララ』。この世をもぉっと面白くするため、お仕事をこなす暗殺者。って、聞こえてないかぁ、残念」
そして、アタシは立ち去った。次のお仕事に向かうために、気配を殺して颯爽と……。
その後、魔術師ギルドのグランドマスターと魔導兵団総司令官も暗殺した。たった一晩の間に、大氾濫に対応している組織の長が三人、消えた。これによって、魔導国もギルドも大慌て。必死に暗殺の事実を隠蔽しようとしたためか、指揮系統もグチャグチャになって、それ以上に……足並みもバラバラ。お互いがトップ不在を隠し合うんだから、まともな協力関係なんて維持できないでしょ、そりゃ。
全て、お姉ちゃんの計画通り。たった三人(と少々)殺しただけで、混迷が深まっていく。上層部の混乱は防衛線の綻びに繋がって、ひとたび崩れようものなら……魔獣は多くを殺し尽くしていく。そんな超大国の混乱は、多くの国々に伝播して……大争乱は、次のフェーズに進んでいくはず。そう、更なる大争乱! グチャグチャで面白い、乱れに乱れた世の中へと!
アタシはアタシのお仕事を完遂したから、後は任せたよ、ダスっち! お姉ちゃん!




