092 sideC
私は、思わず口を開いていました。中途半端な見立てを是正するため、ついつい口を挟んでしまったのです。正直、後悔しています。だって……。
「シロ、それってどういう事?」
当然、追及されてしまいますから。はぐらかしたいところですが、この場の雰囲気は……それを許してはくれないでしょう。なら、言うしかないようです。
「続発する事件、その原因もきっかけも……主様だからですにゃ」
「やっぱり……俺か。なんとなくだけど、そう思ってたんだよね」
「気落ちしないで下さいにゃ! 主様が望んだ訳ではありませんにゃ!」
主様も私も……望んだ訳ではありません。ですが、実際……現在起こっている事のほとんどが、主様が永き眠りについた事と関係しているのですから――
三百年ほど前、主様は突如姿を消しました。その事については、制約の関係で掘り下げる事ができませんが……当時の私、愛の女神は大層慌てた事を覚えています。どこを探しても見つからぬ主様。遠見の術を惜しげもなく使い、あらゆる場所を捜索しました。ですが、見つからなかったのです。
そこで……今の私、分神が秘密裏に地上へと派遣されました。目的は勿論、主様の捜索と救出。そのため、地上をくまなく歩き回ったものです。
そんな中、世界の情勢は……大きな変貌を遂げていきました。主様不在のこの箱庭は正と負のバランスが大きく崩れ、それまで保たれていたギリギリの平和は……脆くも崩れ去りました。負の神々の神託によって、負の国々が正の国々に攻め込んだのです。これが、大争乱の時代の始まり。現在にも続く、負の神々の奸計。
そして、管理者が準備を始めたとされるのも、三百年前。ちょうど、主様が姿を消した時期と一致します。そして、活発に魔人が動き出したのは……主様が目覚めてから。それも、ある程度の神力を取り戻した頃、です。始めは、偶然の一致だと考えていました。ですが、魔人やキング格の魔獣との遭遇によって得た情報、私なりに考えた管理者の正体、そして……集めた様々な情報。それらから、管理者がなにに怒り、なにを目的にしているのかを理解してしまいました。
管理者というのは、理を司る存在。理と一口に言っても、様々。魔法によって歪める事が容易なものから、踏み越えるべきではない絶対の法則まで。そして、主様を巡る状況はまさに……踏み越えてはならない一線だった。少なくとも、管理者にとっては……。だから、動き始めたのではないでしょうか。
ただ、主様は……封印にも近い状況で眠りについていました。だから、管理者は準備を整えつつも、行動は起こさなかった。ですが、状況が変わった……。主様が目覚め、お力を取り戻していく事で、許容出来る範囲を超えてしまった。だから、魔人が動き出したという事だと思うのです――
大争乱については間違いない事実ですが、管理者の思惑については予想。ですが、今回の予想は……かなり真相に近いという自信があります。なので、主様には伝えたく無かったのですが……。
「気落ちはしてないよ。それどころか、やらなきゃって気持ちが強くなったくらいだよ」
だから、伝えたく無かったのです。主様の性格を考えれば、いじけるよりも奮い立つ。そして、全てを背負い込もうとする。だから、嫌だったのです。主様の願いを尊重すると決めた以上、止めるつもりはありませんが……なるべくなら、その身を危険に晒して欲しくはありません。だから……です。
「主様……。止めはしませんにゃ。ですが、どうか……ご自愛下さいにゃ」
「ううん、それは難しいかな? 多少の無茶は、大目に見てくれると嬉しいかな」
ここから先の展開は、おそらくですが……管理者が描いた計画通りに進むと思います。主様の性格や状況も把握した上で、いくつもの策謀を動かしていると考えられますから。
今回の大氾濫の標的が魔導国だったのも、安全な避難場所である「神の封鎖地」から遠ざける以外の思惑がありそうです。それがなんなのかまでは分かりませんが、大氾濫だけに留まらないであろう事は……薄々感じています。ですから、主様の退路は私が……必ずや確保しなければと考えています。この身がどうなろうと、必ず……。
「分かりましたにゃ……。主様は、主様の思うように動いて下さいにゃ」
「ありがと、シロ!」
とても良い笑顔で言うものですから、これ以上なにも言えなくなってしまいます。まあ、主様が決断して選んだ道です。私は陰から、万難を排する事に集中するとしましょうか。
主様一行は、三度目の神聖国国境へと到着しました。そこで、簡単な出国手続きを行い、物々しい雰囲気の中を馬車が進んでいきます。
「そういやぁ、未だに軍が駐留してるんだったな。ご苦労さんなこったぜ」
筋肉小男はどこか皮肉っぽく言いますが、私としては良い事だと考えています。国境守備の戦力が整っているという事は、万が一に備えているという事。怒王国を筆頭とした負陣営の怪しい動きや、神聖国を挟んでいるとはいえ……魔導国で発生した大氾濫。この国境にも、なにかしらの脅威が迫る可能性はそこそこに高いのです。平和ボケゆえの臆病心からか、備えあれば憂いなしの慎重さからなのか。この国の上層部の心の中までは分かりませんが、現状だけで考えるならば最良の決断です。
そして、馬車は進み続けます。神聖アンティス共和国のその先を目指して……。
国境付近の平原地帯を抜けると、景色が一変します。森人が中心種族という事もあり、南北を繋ぐ主要街道の周囲も全て……深い森です。ですが、恐ろしさや不気味さは感じません。しっかりと手入れがされ、大切に保守保全された清らかな森なのです。
「うわぁ! とても生活し易そうな森なのです!」
メリサンドが、なんとも森人らしい感想を述べています。それに対して、冷ややかな視線を送るのが筋肉小男。理解出来ないと首を傾げるのがトカゲ男。主様だけは、メリサンドの言葉に反応せずに、変わらず馬車から見える景色へと視線を向けています。
「いやいや、不便だろ……。どこに行くにも、なにをするにも……面倒だらけじゃねぇか」
「うむ。私も同意見。もっと湿り気のある土地柄のほうが良い」
「いやいや、ドーリス。それも違うだろ。もっとこう、岩石感があるところがだな……ベストだ!」
森人、小人、野獣人。それぞれがそれぞれの主張を曲げず、結論の出ない議論を続けています。そんな中、不毛な議論に加わらなかった主様が、私に訊ねてきます。
「ねぇ、シロ。神聖国とか魔導国ってどんな国なのか教えて」
はて、主様なら知っているのでは? そう思いましたが、ふと考えてみます。主様は記憶喪失。ですが、自身の記憶に関するもの以外は、ある程度は覚えているはずです。しかし、その記憶というのもかなり昔のもの。現在とは大なり小なり、違っている事もあります。なにより……私が現状へのアップデートを阻んだ記憶があります。
というのも、少し前までの私は……主様がトラディス王国を離れるのを許さないつもりでいました。なので、諸外国へと目を向けぬようにと、それとなく知識取得を誘導した覚えが……。ですから、これは私の責任。しっかりとお教えせねばなりませんね。
「分かりましたにゃ。主様の知っている事と重複する部分もあると思いますが、そこは承知しておいて欲しいですにゃ」
「うん。知ってるだろうじゃなくて、知らないかもしれないって感じで、一から十までお願いします」
その主様の言葉に、私はしっかりと頷いてから始めました。これまでため込んできた知識を、惜しみなく披露しようと。




