091 sideB
「行ってくるのです」
酒場宿を出てすぐ。わざわざ店の外まで見送りに出てくれている女将さんとロニャさんに、メリとシルバさんはしばしの別れを告げていました。
「ああ、死ぬんじゃないよ? また、絶対……帰ってくるんだよ?」
「シルバさん! ついでに、メリサンドちゃん。元気に帰ってくるのを待ってますから!」
魔導国で大氾濫が起こったという事は、二人にも伝えていません。ですが、とても危険な依頼へと向かうとは伝えてあります。それと、数か月は王都を離れるという事も。
それらから二人は……察したのかもしれません。なにか、とんでもない事が起こっていると。そして、その中心へとメリたちが向かおうとしている事も……。
思えばメリたちも、いつの間にか争乱の渦の中に巻き込まれているようです。キングという、新種の魔獣との戦闘と撃破。魔人や管理者という、未知の敵との遭遇。怒王国などの、負に連なる国々との確執。それらの事態や事情に、知らず知らずの内に……誰よりも関わっている気がします。
ですが、今回ばかりは違います。巻き込まれるのではなく、自ら飛び込むのです。メリたちが決断し、メリたちの意志で争乱へと旅立っていくのです。だから、女将さんたちも察したのでしょう。メリたちが覚悟を決めている様子に、普段との違いを見た。なので、今だけは……普段通りに振舞おうと思います。
「当然なのです! サクッと解決して、ただいまを言うために帰ってくるのです!」
ちょっとそこらの迷宮まで。そんな気軽さを醸しながら、笑顔で言い放ちました。そして、見送る二人に背を向けて……歩き始めたのでした。
ディンガさんたちとの集合場所、冒険者ギルド前へと到着します。そこには、早朝にも関わらず……多くの人が集まっていました。ゴンツ教官を筆頭に、ギルド職員の皆さん。よく顔を合わせる冒険者さんたち。そして、魔術師ギルドの先輩……いえ、お友達のみんなまでも。
一般市民には、混乱を防ぐために大氾濫発生は伏せられています。ですが、各ギルドでは、今後の事を考えて……情報公開が行われました。今後、更なる大争乱へと発展する可能性を考慮して、です……。ですから、ここに集まっている人たちは、メリたちが危険を冒して向かう事も、向かう先も知っています。なので……。
「勇敢な冒険者たちよ! 生きて帰れ! これは教官命令だ!」
「そうだぜ! マスターの事も心配だが、お前たちだって……大切な冒険者仲間なんだからな!」
ゴンツ教官や冒険者さんたちからの声掛けに、若干照れ臭く感じながらも頷きます。
「メリサンドちゃん。無理だけは……絶対、無理だけはしちゃ駄目だよ!」
「危ないと思ったら引き返す事! これ、私たちとの約束だからね!」
魔術師ギルドのみんなへは、曖昧に頷いて誤魔化します。だって……メリの決意は固いのです。必ず、ギルドマスター二人を救出して、大氾濫も沈静化させるつもりなんですから……。
そんな盛大な見送りを受けつつ、準備されていた馬車へと乗り込みます。
「じゃあ……いっちょやったるか! 出発!」
ディンガさんの掛け声と共に、馬車がゆっくりと動き始めました。そんな馬車の中から身を乗り出し、メリは見送りのみんなへと手を振ります。徐々に遠ざかって行っても……その姿が見えなくなるまで、ずっと。
そして、王都を出た馬車は、最初の経由地を目指して進んでいきました。その場所というのが……。
「この短期間で、国境城壁に何度も来る事になるとは……思ってもみなかったのです」
神聖国との国境を隔てる城壁、その門。一回目は、集落のみんなを送り届けた時。二回目は、この前の大氾濫防衛戦の時。たったの数か月の間で、三回目。それも今回は、出国して……神聖国を抜けた先の国を目指しての事ですから、更に驚きです。
「そういやぁ、シルバもメリサンドも……正式な手順での出入国は初めてか?」
ディンガさんにそう問われ、メリもシルバさんも頷きます。正式でない出入国も含めれば、神聖国と怒王国の迷宮へも赴いていますが……あれは、非常時での緊急的措置。出入国の手続きなんてありませんでしたし、例外もいいところです。
「ディンガさんとドーリスさんは……どのくらいの国を巡ったのです?」
二人は経験豊富で、様々な国で活動してきたとは聞いています。ですが、具体的な事は何も知らないので、ちょうどいいとばかりに訊ねてみました。
「俺か? 俺は……十以上二十未満ってところか。……色々なトコに行き過ぎて、数えるのも面倒な感じだぜ」
「私も同数程度だ。武者修行のつもりで転々としていたところ、こやつ(ディンガ)と出会った」
思っていた以上に多くの国に行った事があるようで、メリもシルバさんも驚いてしまいます。ですが、冒険者としては……それが普通なのでしょうか?
「凄いのです! 他の冒険者さんも、そんな感じなのです?」
「いや、そんな事はねぇぜ。生まれ故郷から離れねぇ奴もいるし、気に入ったトコに家を買って居着く奴もいる」
「あれ? それじゃあ、B級まで上がらない事を選ぶ人もいるのです?」
生まれ故郷から離れないという事は、複数の国での活動は不可能。すなわち、上級冒険者になるつもりは無いという事。そんな事を考えていると、ディンガさんもドーリスさんも……呆れたような表情で返答してきます。
「あのなぁ、B級ってのは……才能と努力が揃ってやっと届く、かなりの狭き門なんだぜ?」
「うむ。私やドーリスも、何十年と依頼を達成してきてやっとだ」
そ、そういえばそうでした! B級に上がらないではなく、B級に上がれないのでした。多くの冒険者は中級……C級やD級で、冒険者を引退すると聞いています。なので、立て続けに特大の功績を上げたメリたちが特殊で、普通なら何年、何十年と掛かって上級の手前に到達するもの。
「そうだったのです……。忘れてたのです」
「まぁ、お前たちは……色々とぶっ飛んでるからな。運がいいのか悪いのか、大事件の中心にも……いつも居るしな」
確かに、運がいいのか悪いのか分かりません。幸運だとすれば、そのお陰でトントン拍子に昇級を果たした事。それに、シルバさんが居てくれた事で、大事件が早期に解決している事でしょう。不運だとすれば、そのせいで命の危機が何度も迫った事。そして……。
「もしかして、メリたちのせいで……事件が舞い込むんじゃ?」
メリは……期待と予期の女神様から、試練が訪れるとの忠告を頂いています。シルバさんは……負の神様に狙われ、管理者や魔人にも目をつけられている様子。なので、メリたちが居るから……大事件が起こり続けるのでは?
「おいおい、それは過剰反応ってもんだろ? 前にも言ったが、お前は神様かなんかなのか? この世の中心は……お前なのか?」
「……違うのです。でも――」
「デモもストもねぇよ。背負い込み過ぎるなよ、人生のひよっこ。自惚れってやつだぜ、そりゃあ」
そうですね……そうなのです。ディンガさんの言う通り、自惚れなのだと思います。たかが加護持ちのメリは、ですが。
シルバさんに関しては、■■。……うっ。精神が蝕まれるような不快感に襲われますが、我慢してその先を考えます。シルバさんは、この大争乱の中心人物。望む望まざるに関係なく、時代のうねりに巻き込まれる存在のはずです。
それを口にしようか悩んでいたところ、これまでしばらく……一切、口を開かなかったシロ様が、急に口を開きます。
「筋肉小男、メリサンドの言葉……あながち間違いでもないにゃ」
そう口にしたものですから、全員の視線がシロ様へと注がれるのでした。




