090 sideA
「ゴンツ教官、声のボリュームを下げたほうがいいんじゃ?」
俺は話の内容より先に、その事について指摘した。わざわざ部屋に呼び出すという事は……まだ、秘されるべき情報のはず。それに、至近距離でこの声を聞き続けるのは……正直しんどいというのもあるし。
「あ、ああ。そうであった」
教官が声を抑えて話し始める。これでやっと、話を聞く準備が整ったように感じる。なので、詳細を求めるために問う。
「魔導国で大氾濫……。一か所ですか? それとも……複数同時ですか?」
一か所で起きただけなら、自然発生の可能性もある。けど、俺たちがここに呼び出されたという事は……きっと、そういう事だろう。そんな風に予想していると、教官からは思った通りの返事が返ってくる。
「八か所だ。八か所からほぼ同時に……魔獣が溢れ出したようだ」
「「八か所!?」」
複数同時は予想できていた。でも、八か所というのは……流石に。メリちゃんも俺も、驚きと共に聞き返してしまう。そんな俺たちに対して、普段の逞しい雰囲気が鳴りを潜めた教官が、たどたどしく口を開く。
「一部の街や村は……すでに呑み込まれた。魔獣の……大波に……」
「えっ?」「嘘……?」
八か所が同時と聞いても、俺はどこかピンときていなかった。ギルドと軍が協力して、なんとか防衛線を構築しているんじゃないかと……楽観視していた。でも、街や村が滅んだと聞いて、やっと事態の深刻さを理解する。メリちゃんも、信じられないといった感じで……絶句してしまっている。シロの言っていた危機感が足りないという言葉は、こういう事だったのか……。
ちらっとシロへと視線を送ってみるが、驚いている様子はない。どちらかといえば、なにかを悟っているような雰囲気すら纏っている。こういう時こそシロの意見を聞きたいんだけど……教官はシロが分神である事を知らない。だから、声を掛ける事は出来ない。ならば、ここは俺がしっかりしないと!
「それで、俺たちが呼ばれたという事は、なにかやって欲しい事があるんですよね?」
そう問いかけると、教官が頷いた。俺としても、だいたいの予想は出来ている。魔導国へと向かって欲しいと言われるのだろうと。そして、その予想は当たっているようで、教官は申し訳なさそうに喋り始める。
「ああ。すまないが、魔導国へと救援に向かってくれないか? マスターたち……ハイランドさんとジゼル氏を」
用件は予想通りだったけど、目的については……言われて初めて気が付いた。そうだった。あの二人の目的地は、魔導国にあるギルドの総本部。出発から軽く一月以上経過しているから……すでに、魔導国へと辿り着いているはず。という事は、だ。この大氾濫にも、巻き込まれているという事。
「俺は行きたいと思っています。けど……メリちゃんは?」
罪なき人々が蹂躙されたと聞いて、ショックで口を閉ざしているメリちゃんへと……厳しいようだけど、声を掛ける。すると、弱弱しくも返事が返ってくる。
「メリも……行くのです。でも……二人の救援という目的は……聞き入れられないのです……」
「えっ? なんで?」
二人を見捨てろって事? 俺はすかさず聞き返した。しかし、返ってきた言葉を聞いて、俺は深く納得する事になる。
「二人だけじゃダメなのです。魔導国に住む多くの人を……救うのです!」
シロはこうも言っていた。事態が大きく動いた時どうするかを考えておけ、と。メリちゃんはその言葉通り、どうするかを考えていたんじゃないだろうか。なら、俺は? ……まったく考えていなかった。だから、メリちゃんのような考えにまで至らなかったのだろう。
危機感も本気度も足りていなかった。でも……メリちゃんの言葉で、俺も決意した。二人を救い出すのは当然。多くの人を救うのも絶対だ!
「俺たち、魔導国へ向かいます! たくさんの人を助けるために、です!」
「ありがとう……」
力強く言い放った決断に、教官は深々と頭を下げて応えてきた。そして、そんなタイミングで――
「俺も行くぜ!」
「私もだ」
ドアが急に開かれて、乱入してきた二人の声。ディンガとドーリスだった。教官の大声を、二人も聞いて駆けつけて……。
「お前たち、盗み聞きをしていたのか?」
頭を上げた教官が、二人の乱入者へと問い質す。語気こそ強いものの、本気で怒っているという感じではなさそうだ。なので、二人も悪びれる事無く答える。
「いやぁ、すまんすまん。聞き捨てならねぇ叫びが聞こえてきたもんでよぉ」
「初めから、私たちも呼んでもらいたかったものだ」
ディンガはへらへらと笑いながら、ドーリスはむすっと機嫌が悪そうに。その二人へ向けて、教官は覚悟を試す。
「お前たちの実力では……命の保証はないぞ?」
向かう先は……危機的状況。B級に昇級したとはいえ、二人の実力はB級でも最下位クラス。それでも向かうのかと、教官は訊ねたのだ。しかし、二人は即座に答える。
「あったりめぇよ! 冒険者なら、危険だからって縮こまってられねぇよ!」
「ああ。それに、シルバとメリサンドだけでは……他国の地理に疎かろう」
本当に、この二人は……凄い冒険者だと思う。自身の命を顧みず、他者を助けようとする。職業としての冒険者ではなく、生き様としての冒険者だ……。
二人の覚悟と決断を尊重するように、教官は頷いた。そして、俺たち四人に向けて言う。
「では、緊急依頼を発令する! 魔導国へと赴き……多くを救ってこい!」
「「「「了解!」」」」
自然と、全員の返事が重なった。そして、その場の全員で、この後の計画を立てていく。急いで出発したいところだったけど、今回は長旅だ。入念に計画を立て、しっかりと準備をする。急がば回れ、急いては事をし損ずる。そうやって逸る心を宥めすかしながら、俺たちは着々と計画を練っていくのだった……。
その後、ギルドを出た俺たちは、二手に分かれていた。食糧や消耗品などを準備するディンガとドーリス。そして……。
「じゃあ、装備を新調しにいこっか!」
激戦が予想されるため、初心者装備からの更新を行う俺とメリちゃん。勿論、向かう先はあの店。確かな目利きと良心価格の、あのおじいちゃんが店主を務めるあの店だ。
装備屋に到着するなり、俺たちは店主のおじいちゃんを探す。そして、発見。
「店主さん! 装備の更新に来ました!」
「ん? おお、あの時のひよっこ共か。なんじゃ、もう装備を買い替えるのか?」
「はい。実は……」
俺とメリちゃんは、渋い輝きを放つC級冒険者タグを見せつつ、長旅に出る事を伝えた。すると、返ってきた反応の第一弾は……。
「おいおい、お前さんら。スピード昇進にもほどがあるじゃろ!」
そして、続けて。
「まさかとは思うが……『S級喰い』と『大賢者』か?」
「いちおう、そう呼ばれちゃってますね」「恥ずかしながら……なのです」
そう答えると、おじいちゃんはニヤッと笑い、倉庫へと商品を取りに行く。そして、戻ってくると……どうだと言わんばかりに、上等な装備を並べて見せる。
「この店にある、最上級の装備じゃ。まあ、値段も最上級じゃが……お前さんらなら、払えるじゃろうて」
ギルドと提携しているだけあって、俺たちのお財布事情は筒抜けのようだ。S級魔獣の討伐や大氾濫の鎮圧など、一生遊んで暮らせるほどの報酬を、俺たちは受け取っている。なので、最上級のお値段であっても、支払いは可能だ。なら、あとは……性能面が納得出来るかだけど。
「軽くて丈夫! 今の装備のコンセプトはそのままで、数段上の性能だね」
「メリのほうも、なのです! これに決めるのです!」
なんの心配もいらなかった。納得出来るかではなく、大満足だ。早々に支払いを済ませると、その場で新装備に身を包む。
「店主さん。最高です!」
そうお礼を言ってから、俺たちは店を後にした。装備は整った。旅の支度はディンガたちが整えてくれている。そして、決意も……固まっている。なら、後は出発するだけだ!
こうして、俺たちは決断した。更に激しくなっていく大争乱の中心地へ、その足を踏み入れる事を。そして、その決断が、この世界にどれだけの影響を与えるとも知れぬままに……。




