089 sideC
夜の闇に溶け込むように、私は王都を駆けています。この身体は真っ黒で、夜間の隠密には最適。この猫の姿は、人々からの警戒心を消し去ります。ゆえに、最高の密偵ではないでしょうか?
今日の私の目標地点は、王城内の高官の執務室。特に、外交関係の職に就く高官狙いです。そういった者のもとには、表の国際情勢だけでなく、裏……諜報によって得た情報も集まっているでしょうから。それらは、非常に有用な情報。この国は平和的な中立を標榜するだけあって、実に多様な情報が不足なく集められているはずです。
「さて、どこから侵入しますかにゃ?」
王城正門には到着しましたが、王城だけあって……警備が厳重です。正面からの侵入は流石に避けるべきでしょう。だったらと、王城の周囲をグルっと回り、侵入に適した場所を探します。そして、発見。
「二階だから大丈夫と、油断していますにゃ」
どの部屋に繋がっているかは分かりませんが、二階にある窓の一つが開いていました。周囲には巡回の兵や歩哨も立っていますが、私にとっては些細な問題でしょう。
猫の身体の長所を遺憾なく発揮して、軽々と侵入を果たします。そして、侵入先の部屋を軽く調べて、現在位置を確認。どうやら、高官の執務室ではあったようですが、目標としていた外交に携わる者ではない様子。ですが、目標地点は近いであろう事が予測されます。
器用にドアを開け、通路へと出ると……やはりと言うべきか、巡回の兵の姿がいくつか。警備に不足はないという事でしょう。
兵士の目を掻い潜りながら、お目当ての部屋を探します。先ほどの部屋のドアには、”法務大臣執務室”という表札が掲げられていたので、探すべきは”外務大臣執務室”でしょう。軍務大臣、内務大臣と続く執務室を辿っていき、次の部屋の表札を確認すると……。
「ここにゃ。早速、失礼するにゃ」
巡回の兵の目を盗み、ドアを少しだけ開けて潜り込みました。部屋の中は、通路と違って明かりはなく、窓から差し込む薄明かりのみ。「発光」の魔術を使えば光源は確保出来ますが、窓の外に光が漏れては一大事。暗闇に目を慣らしてから、部屋漁りを開始します。
執務机に置かれている書類の山を中心に、次々に目を通していきます。内海を挟んだ遠方の国からの貿易提案書、この国の王族に向けた縁談の調査報告書、貿易収支と関税についての検討記録……。この国にとっては重要で、私にとっては不要な書類ばかり。いい加減、お目当ての情報に辿り着きたいところです。と、そう思っていた矢先、気になる表題の書類を発見しました。
「”怒王国と冒険者・魔術師ギルドの対立についての報告”……。ビンゴにゃ」
諜報部門から上がってきた報告書のようで、それぞれの内幕についてまで記載されているようです。それによると――
怒王国や負側の国々の目的は、敗戦責任の追及の一点のみ。主様の存在に気付いたという可能性は、ほぼゼロのようです。それ自体は朗報だったのですが……看過出来ない情報まで記載されています。それは、武力行使について。敗戦による損害が補填されない場合、ギルドに対して強硬手段に出る可能性ありというもの。
冒険者という良質な戦力を保持する冒険者ギルドと、魔術に関わる多くを独占する魔術師ギルド。この大争乱の時代において、負側の国々としては……それが面白くないという事でしょう。味方とならないのならば、敵として処理する。負側の者たちが考えそうな、なんとも愚かで救いようのない思考です。
ただ、そうならないよう、ギルド側も対策を考えているとの事。果たしてこの先、どうなっていく事やら――
とりあえず、主様に直接関わる危険がない事は、この書類で確認が取れました。ですが、他にも探しておきたい情報があります。ペラペラと書類をめくっていくと、唐突にその紙は現れました。
「”大氾濫発生の原因についての考察と報告”ですにゃ。さて、国はどこまで掴んでいるんですかにゃ?」
ギルドを通じて、大氾濫の首謀者は魔人であるとの報告が入っているはずです。となれば、魔人の行方についての情報も、もしや。そう期待しながら読み進めていったのですが……。
「はっ? なにこれ……」
可能性の一つと前置きはされていますが、正直……目を疑うような内容が書かれていました。というのも――
魔人なる存在は、これまで確認されていない未知の存在。ゆえに、大氾濫発生はギルドによる自作自演の可能性あり。追加での諜報を要する。という文章。それに続く形で、負側の国々による陰謀説も記載されています。
そもそものところ、魔人が実在しないと判断しているようです。その部分……事件の黒幕の存在を否定されては、正しい対応なんて期待出来そうにありません。きっと、この国の上層部の者たちは、怒王国とギルドの対立を、冷ややかな目で眺めているのだと思います。どちらかが引き起こした大事件に、巻き添えを食らったのだと――
あまりにも残念な見立てに、正直なところ落胆してしまいました。ですが、これによって理解出来た事もあります。それが、認識の差です。
私たちは、魔人をこの目で目撃しています。なので、魔人はいると知っています。ギルドも、ギルド登録者からの報告には嘘偽りが無いとして、魔人の存在を認めている事でしょう。ですが、ギルドを挟んで報告を受けた各国は……その話を信じていません。それどころか、疑って掛かっている。ギルドが魔人という存在を捏造したと……。
当然、怒王国などの負側の国々も、です。だから、ギルドを責め立てるのでしょう。大氾濫の全ての原因はギルドにあって、そのせいで敗戦の憂き目にあったと。
こうも認識に差があれば、まとまる話もまとまりません。もしや、管理者なる存在は……そこまでを見越して、計画を立てているのでは?
そんな推測を今は頭の隅に追いやり、残る書類の山にも目を通していきました。そして、めぼしい情報がない事を確認した後、王城より立ち去ったのでした。
その後、主様たちが賊の取り締まりを続ける中、私は情報収集に勤しんでいました。夜間のギルドにも潜入し、様々な情報を集めていくのですが……魔人についての足取りは、一切掴めません。そんな、成果が上がらぬ日々を送っていると……。
「王都周辺の賊の捕縛、ほとんど完了しちゃったな」
主様がそう呟くように、王都の牢屋が溢れるのではないかと思うほどの賊を、片っ端から捕縛していました。そして、次に受ける依頼はなににしようなどと考えているようです。魔獣の活性化も落ち着きを見せてきているため、急いでこなさなければいけない依頼というのは減ってきています。
魔人の動向も掴めない以上、しばらくはゆっくりと……。そんな事を考えている時でした。
「シルバさん! メリサンドさん! マスター代行がお呼びです! 至急、マスターの執務室へお願いします!」
依頼掲示板の前にいた主様たちに向けて、受付嬢が叫びました。……嫌な予感しかしませんね。
並々ならぬ様子だったので、主様たちと共にギルドマスター代行のもとへ急ぎ向かいます。そして、入室した瞬間――
「冒険者シルバ! 冒険者メリサンド! 魔導国で大氾濫が発生した!」
ゴンツの大声が部屋中どころか……ギルド中に響き渡りました。そして、私は考えます。決断すべき時がきたのかと。
このタイミングでの大氾濫。十中八九、魔人の仕業でしょう。ならば、選ばなければいけません。危険を承知で魔導国へと向かい、魔人と対峙するのか。それとも、遠くで起きた事件の一つだと、見て見ぬふりをするのか。……まあ、主様の事です。答えは決まり切っているでしょうが。




