086 sideC
まさか、あの制度が残っていたとは……。私は、私の見込みの甘さに辟易しているところです。
上級冒険者へと至るために複数の国での活動が必須というのは、今では廃れた制度だろうと高を括っていました。だって、あの制度は……「反抗の刃」が提唱した制度。「反逆の刃」と蔑まれ、暗殺されたあの男……現在の魔人ダスターが、です。そして、その目的と言うのも……。
「あのですね……一つの国に所属し続けると、貴族などの権力者とズブズブの関係になるのでは、という懸念からなんです」
受付嬢が言うように、上級冒険者と権力者が癒着しないための措置。反貴族、反体制の急先鋒だった当時のダスターが、同じく貴族との距離を置きたいギルド幹部を説得し、採用された制度だったはずです。なので、三百年は経過している古い制度。まさか、現在も残っているとは、考えもしていませんでした。
そして、受付嬢の話を聞いたメリサンドも、何故と言いたげな顔をして聞き返しています。
「それって……必要なのです? ギルドのスタンスは理解しているのですが、個々人がどうしようと……自由だと思うのです」
そこは、巨大組織の難しいところだと思います。ギルドというのは、ギルド員にかなりの自由を与えています。ですが、全体の方針に逆らう事には、それなりに厳しい対応を取る必要があるというもの。過激な方向に振れ過ぎたダスターが処分されたように、締めるべきところは締める、という事です。
「それが、昔からの決まりですから。受付でしかない私には、それ以上の事は……」
「あっ……そうなのです。キサラさんに言うべき事では無かったのです」
そうなんです。そこが……困ったところなんです。決まりだから。そう言われてしまっては、その決まりに従うしかない。ですが――
ここトラディス王国は、なにかと都合がいい国です。中立国という事で、大争乱に巻き込まれていません。もし、巻き込まれたとしても、「神の封鎖地」という安全度の高い避難地があります。出来る事なら、この地を離れる事は避けたいのです。
しかし、主様の神力を蓄えるという目標を考えると、肩書や階級というのが重要だとも思っています。神人という事を明かす事が出来ない以上、冒険者や魔術師としての地位を上げ、多くの人から信頼を集めるのが一番。となると、やはり……この地を離れる事も、考えの一つに入れるべきなのでしょう。
順調に記憶や感情を取り戻している主様ですが、制約を完全に乗り越えるためには……ご自身の神力を増やし、ご自身のお力で最後の一押しをしなければいけませんから――
私がリスクとリターンを天秤に掛けていると、ふいに主様が口を開きます。
「まあ、それは追々考えればいいんじゃない? まだ先の話なんだし」
「確かに……そうなのです。まずは目の前の依頼を、なのです」
私は考えてしまいます。果たして、そうなのだろうかと。そこまで、悠長にしていられるのだろうかと――
怒王国を筆頭に、負側の国々より行われた抗議声明。これは、主様の正体に感付いた負の神々の導きなのではないか。もしそうであれば、抗議はいずれ最後通牒へ。そして、大侵攻……。そんな可能性だってあります。
それに、管理者や魔人の動向も。先の同時多発大氾濫以降、再び裏へと潜ったようですが……いつ、また動き出すかは分かりません。そして、魔人ダスターの言葉を信じるなら、他にも魔人が存在する。単体では主様に及ばずとも、複数が同時に襲ってきたとしたら……今の主様では、対抗しきれないかもしれません。
なので、思っている以上に、状況は切迫しているのかもしれません。悠長にしていられないほどに――
「じゃあ、この依頼を受注しますね」
「承りました。それでは、依頼内容の詳細を説明いたします」
私の心配をよそに、主様もメリサンドも……暢気に賊の捕縛依頼の説明を受けています。いえ、その依頼自体は必要な事でしょう。ですが、危機感というのを感じていないのが問題な訳で……。
ここは衆目があるため、人語を発する事が出来ません。この場では仕方なく我慢し、受注の処理を終えてギルドを出た二人に、一言で伝えます。
「話がありますにゃ」
「え? あ、うん。宿の俺の部屋でいい?」
「分かったのです。夕ご飯を食べたら、シルバさんの部屋に伺うのです」
二人の返答に頷いて返し、宿への道を急ぎました。……言い知れぬ焦燥感を抱えながら、黙々と。
そして、夜。主様の部屋に集まった二人へ、私は早速言い放ちます。
「危機感が足りない。そう思いますにゃ。主様は、現状をどう考えているのですにゃ?」
「え? 急にどうしたの……シロ?」
「急に、ではないですにゃ。それよりもお返事を」
焦りや苛立ちを隠す事なく、主様に催促しました。そんな私の様子に首を傾げつつ、主様は普段と変わらぬ様子で答えます。
「大氾濫が終息してよかったな、とかかな」
その返答に、私はため息を吐いてしまいます。そして、更に詰め寄ります。
「はぁ……それだけですにゃ? もっとこう、あるんじゃないですにゃ?」
「ええと、怒王国が厄介だな、とか……ハイランドさんとかジゼルさんも大変だな、とか?」
その、どこか他人事のような言い方に、私はつい厳しい口調で迫ってしまいます。
「もっと真剣に、我が事として捉えるにゃ!」
「シロ……なんか恐いよ? どうしちゃったの?」
その、本当に心配するような言い方に、私は少しだけ冷静さを取り戻します。
「あっ、すいませんにゃ。ですが、思っていた以上に……事態は動き出しているかもしれませんにゃ」
「事態って……例の負の国々の大侵攻? それとも、魔人とかの動き?」
「どっちもですにゃ。……何故か、とても嫌な予感がするのですにゃ」
私がそう言うと、主様は考え込んでしまいました。代わりに、メリサンドが問い掛けてきます。
「どっちもなのです? その二つは別々なのに、です?」
「ええ。負の神々と管理者、共に別々に動いていますにゃ。ですが、それぞれが作用しあって……加速している。そう思うにゃ」
「じゃあ……どうするのです?」
そう問われると、私も困ってしまいます。焦りはすれども、明確な答えは持ち合わせていないのですから……。
「それは……分からないにゃ。負側の動きは国家レベル。管理者や魔人の動きは、一切掴めず……」
「……そうなのです。だからメリは、目の前の事をコツコツとやっていくしかないと思っているのです」
メリサンドの言う通り、国とギルド間のいざこざに、私たちがなにか出来る事はありません。そして、管理者の手先である魔人は、姿を消したまま。こちらから動くためには、なにもかもが不足しています。権力もない、情報もない、そしてなにより……決意がない。
負側の国々と進んで事を構える覚悟は、必要ありません。ですが、管理者たちとは……敵対する覚悟が必要だと思っています。ばったり出くわすのではなく、こちらから仕掛けていくという明確な覚悟や決意が。そして、その決断の時は、遠からず訪れるのではないかと……。
「今はそれでいいにゃ。ですが、考えておいて欲しいにゃ。事態が大きく動いた時、どうするかを……」
「……? はい、なのです」
メリサンドは、いまいち理解出来ていないようだったが頷いた。そして、主様が問い掛けてくる。
「シロのその言葉って……神託的なもの?」
「いえ、違いますにゃ。ただの予感、ですにゃ」
分神として別れる前の、女神としての記憶から。分神として三百年の、この地上を彷徨った経験から。今までは高みから、外から眺めていた時代の変わり目のうねりを、今はただ……自身の肌で感じているだけ。そんな、根拠もなにもない、ただの予感なだけです……。




