084 sideX
神聖アンティス共和国南東部「大鬼の巣窟」より、北に進んだ森の中。依然としてマナ濃度の高い地にて、俺は休息と回復を行っている。
魔人の身体は実に便利だ。飲食を必要としねえし、睡眠すら不要。それに、寿命による死が存在しねえ。傷付いた身体だって、マナを取り込めば……。
「だいたい元通りってとこか? クソッ! 俺とした事が、ここまでやられちまうなんてなあ」
誰も居ねえ森の中。一人呟いた俺の声は、誰にも気付かれる事なく消えていくはずだったが――
(ダスターよ。第一段階の成果、上々だったな)
上司様からのお言葉が、俺の脳内に響く。だが、その言葉は……俺にとっては皮肉のように聞こえる。なにが上々だ。最低限の成功でしかねえだろうが、と。
「上々なもんかよ。優先目標には返り討ちに遭うし、手駒の魔獣はほぼ全滅だぜ?」
シルバっつう神人を越えた神人は、俺の”消失”を容易く見破りやがった。しかも、だ。権能が通用しなくとも、俺は強いはずだ。それなのに、手も足も出ねえなんて……どんだけ規格外の強さだって話だぜ。まあ、討伐が無理だって分かったから、神性の汚染に方針をシフト出来ただけマシだったか……。
だが、魔獣のほうはダメダメだった。三か所の実験場の内、一か所は外に溢れる前に駆逐された。別の一か所……俺が居たトコは、激ヤバクソ神人たちに滅茶苦茶にされちまった。そして、最後の一か所も、怒王国軍は蹂躙出来たが、神聖国軍に撃退されちまった。……もっと、激しい争乱を期待してたのによお。
これらを考えれば、上々の成果なんて言えねえはずだ。もし、計画通りに進んでたなら……今頃は、魔獣がここいら一帯を闊歩してたはずなんだからな。
(上々だ。■■■■はその魂を穢し、正と負の対立に中立国や組織を巻き込んだ。充分な成果だ)
「それだけでいいのかよ、上司様よお? もっと、ド派手にやっても……」
(不要だ。我々には時間がある。ゆっくりと蝕むように、時間を掛けて事を進めればよい)
まあ、そうなんだけどさ。不老の存在である俺たちは、急ぐ必要なんてなにもねえ。ジワジワと根を広げ、コソコソと芽を出せば……最後はドッカンだ。神や人が作った文明も秩序も、全てがグチャグチャのメチャクチャだ!
「じゃあよ、第二段階の始動は、まだまだ先って事か?」
(いや、すぐに始める。今が好機だからな)
急ぐ必要は無いが、巡りがいいんなら躊躇せず始める。上司様はよく分かっていらっしゃるぜ。だがな、第二段階は……俺も是非とも参加したい。俺だけ不参加なんて、許せねえんだが?
「俺の到着まで待てねえのか? あそこは、俺の因縁の地なんだが?」
(それぐらいは待つ。ダスターよ。魔導王国ゼフィラントへと向かえ)
「さっすが、上司様! あいつらだけに美味しいトコ持ってかれるのは、ぜってえ許せねえからよ!」
魔導王国ゼフィラント、通称魔導国。豊かで広大な領土を誇り、そこを守る魔導兵団は世界最強の軍だ。そして、魔導兵団の強さの秘訣……魔導技術(魔具製造技術)もまた、他の国々の追随を許さねえ。ゆえに、世界一の大国。なんだがよ……クッソつまらねえ国でもある。
それだけの力を持っていながら、中立を貫き通す馬鹿国家。武装中立って奴だ。ホントに馬鹿馬鹿しくて、ホントにつまらねえ! そしてなにより……その姿勢によって、ほとんどのギルドが総本部を置いていやがる。いわば、ギルドの総本山と言うべき国。……俺が一番、メチャクチャにしちまいたい国だ!
(逸るな、ダスター。第二段階の目標、忘れてはおらぬか?)
第一段階の目標は、大陸中央で狼煙を上げる事だった。世界一平和な国と呼ばれるトラディス王国に、争乱の種をばら蒔く事。そして、上司様の言う最大の障害……激ヤバクソ神人を、排除または弱体化する事。そのついでに、魔獣の改造実験をしていた感じだ。要するに、準備段階の延長線上だった訳だ。
だが、第二段階からは違う。地上に更なる大争乱を招き込む。人と人、人と魔獣を激しくぶつけ合う。そして、世界一の大国でギルドの総本山である魔導国を、中立なんて言ってられねえ状況にする。それが、第二段階の目標だ。だから……。
「大丈夫だぜ、上司様よお。あくまで大混乱に陥らせるだけ、だろ?」
(そうだ。国を落とすのではない事、ゆめゆめ忘れるな)
「はいはい。ジワジワと苦しめてやるんですよね? 分かってますって)
そうだ。まだ、滅ぼす訳にはいかねえ。魔導国もギルドも……散々のたうち回って、しっかり役目を果たしてもらわにゃあ困る。……大争乱の中心として、しっかりと戦火を広げてくれなきゃな。
(分かっているのなら、いい。では、先行している執行者たちと合流しろ。その後、始動だ)
「了解だぜ! あいつら……ちゃんとやってるよな?」
同僚たち……俺以外の魔人の二人も、優秀だ。でもよ、優秀なんだが……色々とぶっ飛んでるからな。心配がねえって言ったら嘘になる。いや、心配しかねえかもしれねえ……。
俺は急いで出発した。三魔人のリーダーとして、あいつらが暴走してねえか確認するために……。
不眠不休で北上を続けて一か月ほど。やっと到着した、魔導国では辺境に位置する街は、辺境であるにも関わらず活気に溢れていた。これから起こる事を何も知らず、暢気なもんだぜ。心の中で呟きながら、心配の種たちの姿を探す。そして、発見。と同時に、頭を抱える……。
「あいつら、目立ちまくってんじゃねえか……」
大通りに出来る人だかり。その中心にいるのが、同僚たち。旅芸人のように芸を披露し、おひねりを集めての荒稼ぎ中だった。俺が人目を避けるよう行動しているのに、こいつらときたら……。そう思うも、このまま接触を果たせば、俺まで注目の的だ。ぐっと怒りと呆れを抑え込み、出し物が終わるのを待つ。
そして、同僚たちは衆人に軽く頭を下げ、芸の終わりを告げた。投げ込まれる硬貨と、割れんばかりの拍手や歓声。それらをヘラヘラしながら、その身に浴びている二人の見目麗しい女たち。その片方が、やっと俺の存在に気付く。いや、最初から気付いてはいただろう。見た目こそ美女ではあるが、中身は生粋の暗殺者。他人からの視線や意識に敏感で、”消失”の権能抜きでは、俺だって捕捉から逃れる事なんて出来やしねえ。
そんな事を考えていると、その美女は……あろう事か、俺のもとに走り寄ってくる。おいおい、俺まで注目されちまうだろうが……。だが、すでに手遅れだった。
「ダスっち! んっ」
いつもの事ながら、なんとも気の抜ける愛称呼びと共に、勢いよく手が差し出される。意図を掴めず首を傾げていると、更に手をグイっと差し出しながら満面の笑みで言ってくる。
「お金だよ、お金。見てたんでしょ? アタシらの芸。だったらさ、ねっ?」
仕方なく、百ディト硬貨……一枚の銅貨を手に乗せてやる。そして、周囲に聞かれねえ程度の小声で、本来の用件を伝える。
「アジトに集合だ。聞いてるとは思うが、第二段階を始動させる」
「りょ。お姉ちゃんにはアタシが伝えとくから、ダスっちは先に行ってて」
ホントに大丈夫か? なんて考えは無い。普段はこんなでも、仕事となれば……皮肉でもなんでもなく、有能で隙が無い。
俺は頷いてから、もう片方の美女……目の前の美女の姉に視線を向ける。そちらは、魔術師の格好をした中身まで魔術師の美女なのだが、微かに頷きを返してきた。伝えるまでもなく、察しているという事だろう。三魔人の頭脳役なのだから、それくらいは当然か……。
俺はアジトへと向かった。第二段階こそは皮肉な結果に終わらぬようにと意気込み、今度こそは紛れもなく上々の成果と胸を張ってやろうとほくそ笑みながら。




