083 sideA
緊急依頼完了報告のため、俺たちは冒険者ギルドのエントランスにいる。一斉に大量の冒険者が雪崩れ込んだため、ギルド内はてんやわんやの大騒ぎ状態だ。そのため、俺たちは、テーブルを囲んでの雑談中。少しでも空いてから、完了報告を行おうという考えていたんだけど……。
「ディンガさん、ドーリスさん、シルバさん、メリサンドさん! マスターがお呼びです!」
受付嬢のキサラさんが、とても慌てた様子で呼びに来た。この忙しい状況の中、俺たちを呼びに来るなんて……何事だろうか?
「ハイランドさんのところへ、ですか?」
「はい! なるはやでお願いします、との事です」
内容までは聞かされていないようで、ただ早くとだけ伝えられた。俺たちは首を傾げながら顔を見合わせ、ディンガの一言で移動を開始する。
「このタイミングで旦那からの呼び出しか。嫌な予感しかしねぇが……行くとするか!」
席を立ちながら、俺も思う。……なにか、厄介な事が起こったんだろうと。
そして、ギルドマスターの部屋へ到着すると、明らかに不機嫌な表情のハイランドさんに出迎えられる。ここまで感情をあらわにするなんて、普段は冷静なハイランドさんらしくないなと感じる。それに、深いため息まで吐くものだから……よっぽど深刻な状況なのだろう。
「はぁ……。皆さん、帰還早々の呼び出しで申し訳ありません」
俺たちは、黙って首を横に振る。誰もがなにかあったと感じているため、不満を口にするなんて事は無い。俺たちが察している事を察して、ハイランドさんは話を続けていく。
「ええとですね……非常に腹立たしく、非常に面倒で、非常に困った事になりました」
その言葉通り、ハイランドさんの表情には、不機嫌以外にも様々な感情が込められていた。そして、そこまで言われてはと、ディンガが堪えきれずに問い掛ける。
「旦那……なにがあったんですかい? そこまで旦那が表情を崩すなんて」
その問い掛けに、ハイランドさんは再びため息を吐く。同時に、とても話したくなさそうな雰囲気を醸し出しながらも、話さなければならないと決心したのか口を開く。
「はぁ……怒らずに聞いて下さいね。クレームが入りました。冒険者・魔術師両ギルドと、『大鬼の巣窟』攻略メンバーである私たちに……」
「「「え?」」」
ドーリス、そして……いつの間にか足元にいたシロ以外が、疑問の声を上げた。当然、俺も。怒る以前に、疑問しかないからだ。
そもそもの話、大氾濫を起こした迷宮を攻略したのに……苦情? 意味が分からない。それに、大事な部分……誰からというのを、まだ聞いていない。だから、俺は聞いた。
「どこからの苦情ですか?」
「怒王国です。それに合わせるように、負側の国々からも、怒王国を援護するような通信が入っていると……」
ああ、あの一件か。迷宮へと出発する直前、出鼻を挫かれた怒王国軍司令部からの通信。その対応がよろしくなかったとか、そんな事だろう。そんな風に考えていた俺は、どうやら甘かったらしい。
さっき疑問の声を上げなかったドーリスとシロが、苦情の内容を言い当てようと口にする。
「敗戦の責任を取れと?」
「正側を優遇し過ぎているというのもありそうにゃ」
二人の言葉に、俺は混乱した。敗戦? 優遇? 何の話をしているのだろう? 同じ説明を聞いていたはずなのに、二人の言いたい事が分からない……。
しかし、二人の言葉は正しかったようで、ハイランドさんは頷いてから説明を始めるのだった――
怒王国の正式な外交ルートから、ギルドに届いた通信は……強い抗議。クレームなんて言葉を使っていたけど、実際はより厄介なものだったらしい。そして、その内容というのが更に問題だった。
神聖国の迷宮「大鬼の巣窟」の問題解決を優先し、その結果、我が国の軍が損なわれた事に強い遺憾の意を表明する。そういった内容で、ギルド総本部へと通信が入ったようだ。これに対し、ギルド総本部は、ハイランドさんやジゼルさんに事情聴取。ギルド側に非は無いと判断して、抗議に対して抗議を返したとの事。
しかし、この対応に納得いかなかった怒王国上層部は、負側の国々と結託。多くの国が連名で、ギルドと俺たち攻略パーティへと抗議声明を発表する事態に発展。そして、今に至ると――
ここまでのあらましを聞いて、俺たちは呆れかえっていた。怒りなど通り越していたのだろう。聞こえてくるのは、ため息ばかりだ。
「いちおう聞いておきたいのですが……怒王国へと謝罪を行う気持ちのある方はいますか?」
ハイランドさんの問いに、俺たちは強く首を横に振った。
そんな気持ち……ある訳がない。少しでも早く大氾濫を終息させようと、命懸けで戦ったんだから。確かに、迷宮の攻略に順番はつけたけど、戦力不足で同時攻略が不可能だったからという理由がある。非難される謂れなんてない以上、謝罪の必要性も感じない。
ただ、これは国際外交上の問題にまで発展してしまっている。俺たちの気持ちどうこうの話ではない事も、理解出来る。だから、聞く。
「ハイランドさんは、どうするんですか?」
「私とジゼルさんには、それぞれの総本部への召喚命令が下っています。……そこで、問題解決に当たる事となるでしょう」
やっぱり、そうなっちゃうのか……。必死に戦って、キング格の魔獣も討伐して、魔人なんていう存在の情報も掴んだのに。なんて、皮肉な結果なのだろうか。
こればかりは怒りが抑えきれなかったようで、ディンガとメリちゃんが声を上げる。
「旦那が……なんで呼び出し喰らわなきゃいけねぇんだ! 抗議なんて、無視しときゃいいじゃねぇか!」
「そうなのです! ただの身勝手に付き合うなんて、馬鹿げているのです!」
そんな声に、ハイランドさんは微笑みながら答える。
「二人とも、ありがとうございます。ですが、心配は無用です。私もジゼルさんも、ギルドから処分されるような事はありませんから」
そう言ってから、召喚命令の意図を説明していく。曰く、ハイランドさんたちや俺たち、もっと言えばこのトラディス王国を守るための措置との事。怒王国が血迷って、この国に兵を差し向けないよう、総本部にハイランドさんたちを呼び寄せておくのが本心のようである、と。
「……そうですかい。なら、仕方がねぇですね」
「そうなのですね。そこまでを考えての事なら、仕方がないのです……」
二人も俺も、納得しきれはしないけど……理解はした。だけど、シロだけはなにかに引っ掛かっているようで、猫らしからぬ難しい顔をして悩んでいる。しかし、なにも言葉を発さなかったため、ハイランドさんは気付く事なく話を進めていった。そして、一通りの話を終えた後、退室しようとする俺たちに向けてこう言った。
「私やジゼルさんがいない間、このギルドや王都の事……よろしくお願いします」
俺たちは、力強く頷いてから部屋を出る。その頃には、完了報告の人混みも緩和されていたため報告を済ませ、ディンガたちと別れて……久々の宿へと足を向ける。
そして、到着。ドアを開けると鳴り響く鈴の音に、女将さんとロニャちゃんが駆け寄ってくる。
「聞いたよ、あんたたち! とんでもない事を成し遂げたんだってね!」
「流石、シルバさんです! より一層、惚れちゃいましたよ!」
そんな二人の声に続くように、すでに集結しつつある常連冒険者たちも、酒を片手に俺たちを褒め称え始めた。
そうだ。俺たちは護れたんだ。この笑顔を。この平和を。この日常を。だから、これでよかったんだ。皮肉な結果に終わったところもあるけれど、一番大事な目的は達成できたのだから……これでよかったんだ、と。




