081 sideA
俺がその話を聞いたのは、城壁への帰還直後だった。
「ゴブリンキング率いる魔獣軍団が、神聖国と怒王国の戦場へと乱入しました」
神聖国軍のお偉いさんから、守備軍隊長へともたらされた報せ。それを受けて、俺たちにも情報が回されてきたという事だ。
「怒王国軍は潰走。現在神聖国軍は、魔獣軍からの防衛戦へと発展しているそうです。……そして、劣勢との事」
怒王国軍も神聖国軍も、強いはず。中立国であるこの国……トラディス王国軍に比べ、戦争経験が豊富な精兵揃いとして有名だったはずだ。でも、潰走したり劣勢に陥っているという事は――
「そこで、皆さんの意見を聞きたいとの事です。キングやグレートの格の魔獣と、誰よりも戦闘経験豊富な皆さんから……」
わざわざ、帰還直後に隊長から呼び出された理由は、情報を欲しがっているからか。キングは勿論だけど、グレートですら対峙した事のある人材は少ない。軍人だけでなく、冒険者であってもだ。だから、俺たちなのだろう。
俺たちとしては、情報の提供に異論はない。だけど……それだけでいいのか?
「情報は勿論提供しますけど……俺たちも向かいましょうか?」
本来であれば、ここはハイランドさんかジゼルさんが口を開くべき場面。それでも俺がでしゃばったのは、キングを完全に抑え込み、討伐するのは……俺が最適だという自信や使命感から。そして、俺自身がキングを討伐する事で、失われた記憶が戻るのではという……打算的な考えだ。
しかし、隊長は首を横に振った。そして、理由を口にする。
「いえ、それには及ばないとの事。『大鬼の巣窟』のキング討伐が為された事で、守備に回っていた冒険者や魔術師に余裕が出来ました」
ギルド戦力をあてに出来る。そういう事らしい。なにより、神聖国軍としても、神聖国のギルドとしても……面子のようなものがあるのだろう。全てを俺たちに任せているようでは、格好がつかない的な。
「でしたら、持ちうる限りの情報を提供させていただきます」
少し残念そうにする俺に代わり、ハイランドさんがそう告げた。それに対して、隊長は「では」と言って、通信用魔具を神聖国軍の司令部へと繋ぐ。そして、待ちわびていたかのように素早く、魔具の向こうからの応答があった。
「こちら、神聖国軍司令部。早速で申し訳ないのですが、ゴブリンキングとその軍勢……どう対処すべきかの助言を頂きたく」
その対応を、怒王国の司令官とついつい比べてしまう。こちらを戦いの道具程度に扱ってきた怒王国の司令官と、こちらに敬意を払って扱ってくれる神聖国の司令官さん。……差は歴然だ。
みんなも同様の印象を抱いていたようで、それぞれが積極的に意見を出していき、司令官さんもそれらの意見をもとに戦略や戦術を練り上げていった。そして……。
「情報提供感謝いたします! これで……なんとかなりそうです」
魔具を挟むと、声しか伝わってこない。だけど、魔具の向こう側では……きっと、司令官さんは頭を下げていたんだろう。そんな風に思えるような、心のこもった感謝の言葉だった。そして、こうしてはいられないとばかりに、通信は急いで切断された。これまでの劣勢は、戦い方が不味かった。なので、一刻も早く立て直しを、という気持ちの表れなのだろう。
そして、役目を終えた俺たちは、やっと休息へと向かえたのだった。
数日後、神聖国軍と神聖国の冒険者・魔術師ギルドより、連絡が入る。「ゴブリンキング及び、その軍勢を掃討した」というものと、「『大鬼の巣窟』のマナ散らし要員が到着した」というものだ。この報せは、城壁で守備に当たる多くの人々に共有され、各所で喜びの声が上がったのは想像に難くない事だろう。当然、俺もその一人だ。
「よし! これで……大氾濫は終息に向かうって事だよね?」
「そうなのです! 少なくとも、オーガがここを攻めてくる事は無くなるはずなのです!」
そうだった……。「大鬼の巣窟」は、という言葉が必要だった。だけど、怒王国側の迷宮だって、時間の問題のはず。「小鬼の巣窟」のゴブリンキングやグレートゴブリンは討たれ、魔獣活性化の原因となる戦争は……怒王国軍が潰走した事で終結している。なら後は、怒王国のギルドがマナ散らしを行えば、完全に大氾濫は終息する。
「そろそろ、俺たちは引き揚げ時かもしれねぇな。やる事もねぇし」
「うむ。当初の目的は国境守備軍の救援。兵力が揃っている今、軍だけでどうにでもなる」
ディンガとドーリスが言うように、ここ数日は俺たちに仕事は無かった。たまに姿を現す魔獣の群れは、王国軍が城壁に近付けさせもしない。負傷していた守備軍兵が復帰してきた事で、夜警に立つ必要も無くなった。……要するに、暇なのだ。そんな訳で、多くの冒険者や魔術師は、王都帰還の指示が出るのを待っていた。そして、もたらされた決定的な報せなのだから、当然――
「冒険者ギルド及び、魔術師ギルド所属員! 門の手前に集合をお願いします!」
このタイミングでの集合の連絡。ほぼ間違いないだろう。
集合した先で待っていたのは、ハイランドさんとジゼルさん。そして、守備軍隊長。まず最初に口を開いたのは、ハイランドさんだった。
「皆さん、お疲れ様です。先ほどの報せ、城壁への兵力配備状況。これらを鑑みた結果……」
「今回の緊急依頼は終了ですわ! これより、王都へ帰還する事となりますが、その前に隊長様より言葉がございます」
二人のギルドマスターから話を振られた隊長は、俺たちに向けて深く頭を下げていた。
「この度の迅速な救援、心より感謝申し上げます」
そう言ってから頭を上げた隊長は、軍人らしい精悍な顔つきで更に言葉を続ける。
「これからも互いに補い合って、国を……民を護っていきましょう!」
俺たちは歓声を上げていた。それに、俺たちだけじゃない。冒険者も魔術師も、城壁上からは守備軍兵も声を上げていた。共に肩を並べて戦った全ての人が、互いの健闘を称えるかのように……。
そして、俺たちは王都への帰路に就いた。行きのような強行軍ではなく、ゆっくりと進む馬車に揺られながら、悠然とした凱旋だ。
そんな馬車の車中で、俺はふとシロに問い掛けていた。先送りにしていた重要な話をするために。
「そういえば、シロ。作戦も終わったんだし、キング格と俺の記憶の関連性……教えてもらえる?」
「そうでしたにゃ。ですが、先に言っておきますにゃ。……あくまで予測の範疇という事を」
確証もなく、確信している訳でもない。あくまでシロの考えであり、正解だとは限らない。そう言いたいのだろうけど、俺としてはなんの問題もない。俺は推測の一つも立てられていないのだから、正誤に関わらず意見が欲しい。
俺がそれでもいいと伝えようとした矢先、割り込むかのようにメリちゃんが口を開いた。
「その話、メリも聞きたいのです。シロ様は……管理者や魔人についても、ある程度考えているのですよね?」
その声に続くように、ディンガとドーリスも口を挟む。
「俺も知りてぇな。魔人にしろキングにしろ……得体が知れな過ぎて、気味悪ぃんだよな」
「うむ。私もだ。人の身では知りえない、神々ならではの知見……お聞かせ願いたい」
この馬車にハイランドさんもジゼルさんも居ない。という事は、俺以外の全員が、俺の返事より先に口を開いたことになる。完全に出遅れた訳だが、俺もシロへと言葉を掛ける。
「シロ、お願い。俺の記憶だけじゃなく、”世界”だの管理者だの呼ばれてる奴についての予測も」
そう言った俺に、シロは頷いた。そして、ゆっくりと話し始めるのだった。




