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争乱の神人  作者: 富井トミー
第15話 憎悪に彩られる決戦
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079 sideA

 魔人ダスターが退いた事で、俺はオーガキングのもとへと向かっている。不思議と……さっきまで感じていた身を焦がすような負の感情は、その残滓さえも感じない。本当に不思議だ。


 だが、それは俺の話。オーガキングは、未だにどす黒い感情に囚われている。あの、暗く昏い……振り払う事も出来ない闇の中に。だから、解放してあげなければいけない。実験と称して憎悪に染め上げられた、哀れな被害者。その命を奪う事で……心だけでも、救ってあげないと……。


 崩壊しかかっている戦況の中、俺はオーガキングへと斬り掛かった。そして、なんとか耐え抜いてくれたみんなへと声を掛ける。


「お待たせしました! 加勢します! キングは俺に任せて下さい」


 みんな、汗だくだ。それに、傷だらけでもあった。だけど、誰一人欠けてはいない。よかったと心から安堵する俺に、みんなからの返事が返ってくる。


「助かったぜ! 流石に、もう駄目かと思ってたところだったからな……」

「うむ。不甲斐ないが……頼む。キングを倒してくれ」

「ええ。『閃光』などと呼ばれながら恥ずかしい限りですが……キングをお願いします!」

「遅いですわ! 何度、死を覚悟した事か……」

「シルバさん、お願いしますなのです。負に染まり切ったキングを……楽にさせてあげて下さい!」


 俺は頷き、オーガキングへと連撃を仕掛ける。だが、その皮膚は硬く、分厚い。並みの攻撃ではビクともしないようだ。ならばと距離を取り、力を込めて踏み込む。


 迎撃しようと振り下ろされた腕を避け、通り抜けざまに膝のあたりを斬り裂く。刃が通った感触と共に、オーガキングがぐらりと体勢を崩した。しかし、踏みとどまる。


「許サン! 許サンゾ! 神ノ子ラヨ!」


 激情をそのまま口にしながら、オーガキングは斬り裂かれた足を気にする事なく向かってくる。


 俺は……考えていた。出来る事なら、苦しみが少ないように葬ってあげたいと。なので、体勢を崩しての一閃。首を落としての決着を望んでいた。それが、この不憫な魔獣(モンスター)への手向けなのだと……。しかし、憎悪に染まり切ったこの魔獣は、容易に崩れない。ならば、どうするか?


 俺は決めた。一撃に……全力を尽くすと!


「こい! 憎悪に狂わされた魔獣の王よ!」


 決意をより強固にするために、思い切り声を放つ。そして、迎えうつ姿勢を見せる。


 だが、ただ待っているのではない。全身の力を極限まで研ぎ澄まし、自身を一本の矢のように練り上げる。狙うは、一撃必殺だ。


 俺は待った。間合いに入ってくるのを。地が揺れる程の巨躯が、徐々に俺へと迫ってくる。そして……。


「グオォォオ! 死ネ! 神ノ子!」


 オーガキングが、手を振り上げた。受ける事すら叶わぬ一撃を与えるために。その瞬間――俺は跳んだ。


 練り上げた力を爆発させるかのように地を蹴り、オーガキングの喉元へ一直線に。そして、斬る!


 確かな手応えを感じながら、着地。……そのまま振り返る事もなく、納刀しながら俺は言う。


「安らかに逝ってくれ、憎悪に狂わされた魔獣の王よ」


 ゴトンという音が聞こえた後、大地を揺るがす轟音が鳴り響く。そして、倒れ伏した巨躯がマナへと変じていく。ゴブリンキングと違い、最期の言葉は無い。それは当然か……首を落としたのだから。


 背中越しに、王の最期を感じ取っている時だった。ふわっと、俺の身をマナが通り過ぎていくような感覚を覚え、幻聴のような声が聞こえたのは……。


(解キ放ッテクレテアリガトウ、人ノ子ヨ)


 俺の思い過ごしかもしれない。俺の願望が聞かせた幻聴だったのかもしれない。だけど、俺には……確かにそう聞こえたのだった。


 ふっと一息吐いてから、俺はみんなの戦況を確認しようと振り返る。ちょうど、最後のグレートオーガが討伐されたようだ。それでは、合流しよう。そう足を踏み出した瞬間――



 視界が暗転した。そして、次に映し出された光景は、神殿を模した造りの戦場ではなかった。


 本物の神殿……いや、それ以上に壮麗などこか。まるで、神々が造り上げたような完全さを感じる、巨大な建築物。その中央に俺は居た。そして、俺を遠巻きに囲むように座する……神々? 多分、神々だ。いや、間違いなく神々だ。それも、負に属する神々が……勢揃いしているらしい。


 そんな中で、俺は多くの声を浴びせられているらしい。声の内容は聞き取れないが、その表情から察するに……責め立てられているように感じる。そして、ひとしきりの声を聞き終えた俺は、首を縦に振っていた。直後、ニヤリと嗤う負神たち。


 俺の身体が光を纏う。そして、襲われる激しい虚脱感。俺は叫んでいた。その言葉だけは、しっかりと聞き取れた。


(たばか)ったのか! 俺は……お前たちの事だって……信じて……いたのに……」


 最初の一声で体勢を崩し、倒れ込んだ。続く言葉は捻り出すような声で……徐々に意識が薄れていった――



 そして、再びの暗転の後、俺の瞳に映った光景は、神殿を模した造り……「大鬼の巣窟」最深部の景色だった。またか。この怪現象。


「シルバさん! 大丈夫なのです?」


 メリちゃんが心配そうに声を掛けながら、俺の身体を揺らしていた。あの時同様、俺は立ったまま気を失っていたらしい。他のみんなも心配そうに声を掛けてくるので、俺は以前と同じように「大丈夫」と短く声を発した。みんなが安堵の表情を浮かべる中、シロだけは踏み込んだ問いを投げかけてくる。


「主様、なにか思い出したのではないですにゃ?」


 俺は頷いてから、怪現象の内容を話していった。思い出すとシロが言うように、これは……俺が失った過去の記憶。その断片なんだろう。だって、不自然なほどに自然に、あの光景を言葉にする事が出来たのだから……。まるで、実際に体験した事を裏付けるかのように。


 そうして伝え終えると、シロが尻尾を垂れ下げながら悲し気に言う。


「あの場面を……思い出してしまいましたか。主様にとっての受難、私にとっての後悔の瞬間を……」

「じゃあ、やっぱり……俺の失った記憶って事なんだね?」

「そうですにゃ。これ以上は言葉に出来ないようですが、間違いなく……」


 場所は不明。状況もいまいちよく分からない。しいて言うならば、まるで裁判によって裁かれるような状況。そして、力を失っていく感覚……。まるで、死を迎えるかのような。


 憶測や不明点ばかりで、真相に辿り着くのは困難なようだ。考えるのを諦めた俺は、確実に理解出来る事のみを言葉にする。


「キング格の魔獣。それらを倒すと……記憶が戻るって事か」

「そのようですにゃ。理由も……なんとなくですが、理解出来てきましたにゃ」

「えっ? 本当に?」


 シロは、なにかに気付いたようだ。それを聞こうと、再び口を開こうとした時――


「シルバ! 撤収だぞ、撤収! 突入作戦は、生還するまでが作戦だぜ」


 そうだった。今は作戦行動中。それも、大氾濫(オーバーフロー)が起きた迷宮(ダンジョン)への突入作戦の、二つの迷宮の片方を攻略しただけの状況だ。俺やシロにとっては重要な案件であっても、悠長に話していていい状況ではない。


「シロ、話は作戦が終わった後にしよっか」

「そうですにゃ。そうしましょうにゃ」


 俺たちは最深部を離れ、迷宮を来た時とは逆に進んで行った。道中、戦闘を挟みながらも、統率を欠くオーガを相手では、いくら俺たちが消耗しているとはいえ、相手にならなかった。そして、迷宮を出た一行は、今後についてを話し合う。


「一度、城壁まで戻るぞ」

「ええ。それが賢明ですね」


 ディンガとハイランドさんの意見が採用され、補給と休養のために城壁へと一時帰還する事となった。


 こうして、憎悪に彩られた決戦は終結した。だが、知る事になった数々の問題は……棚上げだ。魔人という存在の出現、密かに進められる企みの数々……。それにまだ、大氾濫を起こしている迷宮は残っている。


 だけど、ひとまずは喜ぼうと思う。全員が無事に、一時とはいえ帰還出来る事を。

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