表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
争乱の神人  作者: 富井トミー
第2話 恥辱に塗れ咲く名花
8/149

007 sideB

 門をくぐった先には多くの露店や商店が軒を連ね、多くの人々が行き交っている。そんな(わたくし)には当然の光景も、シルバ様にとっては真新しい発見であるかのように興味津々。記憶喪失とは聞いておりますが、まるで世の事を知らぬ無垢な子供のような反応です。それは可愛らしくもありますが、非常に危険な事でもあります。ここは、大平原のような田舎ではないのですから。


 大平原は通貨も出回らぬほどの僻地。人々は互いに助け合い、支え合う。悪い獣人(セリアン)も中にはいらっしゃるでしょうが、基本的にはおおらかで義理人情に厚い人々です。ですが、只人(ヒューマン)は違います。富や名声のためなら簡単に他人を陥れ、利用できるものは誰であろうと利用する。そして、私たちキャンベル家が治めるこの街は、経済の中心地なだけあってその傾向が顕著なのです。そんな、人々の悪意が渦巻くこの街に、無垢なままの彼を投げ入れるのは……狡賢(ずるがしこ)い獣に餌を与える様なもの。……私が守って差し上げなければ!


「シルバ様、物珍しいのは理解できますが、まずは(わたくし)のお屋敷に参りましょう?」

「はい、レイナ様。屋敷へ送り届けるまでが依頼ですからね」


 この反応についてもです。依頼とは言っても、ただの口約束。契約魔術で結ばれた訳でも、ギルドを通したものでも無い。それも、(わたくし)のような貴族が騙すような形で取り付けた約束を、頑なに守ろうとしている。もし、(わたくし)ではなく悪意ある者が利用しようと近付いてきても、彼は簡単に騙されてしまうのではないでしょうか……。


「あの……(わたくし)を送り届けた後のご予定を伺っても?」

「特には決めていませんが、折角なので只人領域を満喫してから大平原に帰ろうかと」

「この街にもしばらく滞在するという事ですの?」

「そうですね。お金が尽きるまではこの街を拠点に生活して、無くなれば大平原へという感じですかね」


 これはいけないですわ! お人好しでイケメン、更には武術や魔術にも精通した彼では、この街の住民が放っておく訳が無いのです。なにか理由を付けて、(わたくし)の目の届く範囲に囲い込まなければ。これは無垢な彼を保護するという、崇高な行い。決して、彼を独占しようという下心ではありませんの。……たぶん。


「でしたら、我が家に住み込みで働いてはいかがかしら? お給金は弾みますし、食事も提供しますわ」

「ありがたい申し出ですが、それではいつまで経っても大平原に帰れなくなってしまいますし」

「でしたら、書庫への出入りも許可しましょう! 失った記憶を取り戻す手助けになりますわよ?」

「それは……」


 あと一押し。あと一押しで彼が我が家、いえ、(わたくし)のモノに。(わたくし)専属の従者兼護衛としていつも一緒なのですわ! そして、(わたくし)の魅力で彼はいずれ虜に、ふふふ。……おっと、違いましたの。あくまで可能性の話なんですの。


「シルバ様、我が家は大貴族ゆえ敵も多いのです……。ですが、貴方のように腕の立つ御方が傍にいれば、(わたくし)も安心できるのですわ」

「……分かりました。ですが、期間の定めをしませんか?」

「ええ。そこら辺はお父様とも話し合いましょう」


 (わたくし)は心の中でガッツポーズを決めた。これで後は、お父様へとおねだりするのみ。なんでも欲しい物を与えてくれるお父様の事だから、シルバ様を欲しいと言えば今回も大丈夫ですわ。そうやって(わたくし)は、高を括っていたのだった。



 屋敷に到着した私たちは、早速お父様のもとへと向かっている。その途上、シルバ様は邸内を見回しては感嘆の息を漏らし、キラキラと瞳を輝かせながら言った。


「外から見てもお城みたいでしたが、中に入るともっと凄いのですね!」

「我が家の屋敷、気に入ってもらえましたでしょうか?」

「はい! ですが、本当に俺がここで働いてもいいのでしょうか?」

「いいのですわ。っと、お父様のお部屋に着きましたの。では、参りましょう」


 部屋に入ると、お父様が飛びついてきた。……視察(家出)帰りの恒例行事ですわね。黙っていれば威厳があって格好いいお父様なのですが、こうなっては……残念なおじさんですわ。


「レイナちゃん! パパ、心配したんだよ!」

「お父様、客人を連れておりますので……その、離していただけないかなと」

「あっ、ああ。そうだったな。とりあえず、報告とやらを聞こうじゃないか」


 貴族としての品格を取り戻したお父様と共に、テーブルセットへ腰を下ろす。そして、シルバ様が大平原で起きた事件を報告していった。話を聞き終えたお父様は、複雑な表情でシルバ様へと問いかける。


「事件の犯人である狼獣人(ライカン)のグレイは、羨望の神の加護持ちなのだな」

「はい。狼獣人は機動性に優れる種族ですが、加護の影響でより速く強くなっておりました」

「そうか。加護持ちとあらば我が家で召し抱えたい人材なのだが……事件さえ起こさなければ、だったな」


 お父様は書類へと何かを書きこみ、控えていたセバスへと手渡した。


「冒険者ギルドへ届けてくれ。ラ=ズンダ村へと調査人員を送り、結果次第で懸賞首に指名する」


 お父様は、セバスが退室するのを見送ると(わたくし)の方へと向き直り、凛々しい貴族の顔からだらしない父の顔へと変わった。


「レイナちゃん……今回の家出について、話してくれるかな?」


 私はお父様に説明した。南の山脈沿いにある鉱山街へ宝石の買い付けに出向いた事。帰還途中、他家の手の者に誘拐されそうになった事。そして、シルバ様が助けて下さった事。特にシルバ様の華麗な手並みについては、それはもう熱く語りましたとも。セバスでさえも苦戦した賊を、いとも容易く制圧するその武勇伝を。すると、お父様は威厳を取り戻した表情で、シルバ様へと頭を下げた。


「シルバ君、娘を助けていただき感謝する。報告の件と併せて、望む事があるのなら報いよう」

「頭をお上げください。それと、お礼を頂けると言うのなら……大平原の統治について、在り方を見直しては頂けないでしょうか?」

「君は……金銭などよりも、そのような事を望むのか。だがな、申し訳ないが即座に頷ける案件ではないのだ。すまない」

「いえ、難しい事を言った自覚はあります。ですが、あのような惨劇が再び起こらぬよう、ご一考いただければ」


 お父様は曖昧に頷いた。それは確約出来ないという意思の表れ。という事は、(わたくし)にとって大チャンスです。お礼をするのが貴族の矜持であり、それが果たせたと言えない今……あのお話を持ち出せば、ふふふ。


「お父様! シルバ様へのお礼、このままでは不足もいいところですわ! ですので……シルバ様を我が家で雇い入れ、(わたくし)付きの従者にいたしましょう」

「それは駄目だ」


 私は呆然とした。まさか、お父様が(わたくし)提案(お願い)を断るなんて! それも即答!


「何故ですの? シルバ様が善良な(かた)だというのは、お父様もお分かりでしょう!」

「それは分かっている。だがな、聞けば身元不明。経歴も不明。流石に、南部一の我がキャンベル家で雇う訳にはいかんのだ」

「……お父様の馬鹿! おたんこなす! もう……口をきいてあげない!」

「レ、レイナちゃん! 分かった! 身元や経歴は目を瞑る。だが、罪科の有無の確認は必須。神殿で鑑定を行う」


 そう言ったお父様は、(わたくし)とシルバ様を連れて神殿へと向かった。何事か分かっていないシルバ様に、(わたくし)は簡単な説明を行う。


「神殿での鑑定は、その人の全てを(つまび)らかにしますの。それは神々のお力によるもので、例外は()()御座いませんわ」

「そうなんですね。それで、ほぼというのは?」

「加護持ちであれば、加護を与えた神の都合が反映されますの。そして、神人に至っては鑑定不能ですわ」


 その話を聞いたシルバ様は、何やら考え込んでしまった。(わたくし)は不思議そうに首を傾げるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ