077 sideA
厄介だ。それが、俺の感じたダスターという魔人の印象。
突如として始まった戦闘の中、何度も打ち合った剣と剣。互いの力量を互いが認識し、こちらが力量で上回っている事は間違いないと感じる。だが、彼に俺の剣が届かない。その理由も分かっているし、その理由こそが厄介だと思う原因でもあるのだが……。
それは、透明化。どんな原理なのか不明で、消えられてしまうと……気配でしか捕捉出来ない。しかも、その気配というのも、極々弱いものなのだから……本当に困ってしまう。
「透明化……厄介だな」
消えたり現れたりする彼の剣を捌きつつ、ついつい言葉が漏れてしまう。だが、その言葉を聞いた彼もまた、苛立たし気に反論してくる。
「お前のほうが厄介だっつうの! なんで、俺の剣を受けられる? なんで、俺の居場所に気付ける?」
お互いに厄介だと思い合っているようだ。ただそれは、お互いに決め手に欠くという証左。いつまで経っても終わらない戦闘を意味している。
こちらが決定的な攻撃を放つ瞬間、彼は透明化して狙いをつけさせてくれない。そして、こちらも致命的な一撃は確実に防いでいる。だから、終わらない。
「気配や殺気。あとは……勘だ」
彼へとそう答えてみると分かるが、どちらかといえばこちらが不利なのではないだろうか。彼が透明化という明確な理由で脅威になっているのに、こちらは感覚的かつ曖昧な理由で渡り合っている訳だから。それに……答えるべきでは無かったかもしれない。俺の言葉を参考に、殺気を消されてしまえば……俺が彼を捕捉出来なくなるのでは?
しくじったか。そんな風に考えながら切り結んでいると、彼は激情に身を委ねたような攻撃を繰り出してくる。
「ふざけんな! そんなはず無いだろうが! あり得ねえんだよ!」
一声につき一撃。計三回の重い攻撃を凌ぎ切ると、彼は悔しそうな表情を浮かべて距離を取った。そんな彼に、俺は問い掛ける。その言葉の理由を。
「何故、あり得ないと言い切れる? 現に、俺は――」
「ああ、もう! ぜってえ、あり得ねえんだよ! だって、俺の権能は透明化じゃねえ」
権能……? 確か、神や神人のみが扱う事が出来る、特別な力だったか。シロ曰く、愛の女神は”癒し”の権能。その神人である俺も、その権能を扱えるんだとか。ゴブリンキング戦での回復魔法などが、その権能を利用した例だとも聞いた覚えがある。
ただ、彼の権能が透明化でないとするなら、一体何なのだろうか? そして、魔人も……権能が扱えるという事なのか?
「じゃあ、どんな権能なんだ? それに、魔人も権能を?」
「お前には察知されちまうんだから明かすが、”消失”。それが、俺の与えられた権能。当然、他の魔人も権能を与えられてるぜ」
消失? 彼は……自分の存在自体を消失させていたというのか? 下手すれば、そのまま存在ごと消えてしまうのではないだろうか? いや、ここで魔人の存在消失を危惧する必要は無いな。俺たちに、どす黒い憎悪を向ける……和解の余地の見えない敵。そんな彼を心配する必要は……ない。今はまだ、争う事しかできないのだから。
そして、やはりと言うべきか。魔人も権能を扱えるという事らしい。……もしかしてだが、魔人に限らず権能やそれに準ずる能力を与えられているのでは?
「お前が消えるトリックは理解した。そして、お前の企みも、だ」
「権能をトリック扱いかよ……。で、俺の企みってえのは、アイツの事か?」
彼が指さした先にいるのは、オーガキング。ただじっと、戦闘を見つめているだけの魔獣だ。ゴブリンキングの時も思った事だが、何故……静観を決め込んでいるのか。その理由が、なんとなく見えてきた気がするのだ。
「そうだ。キング級の魔獣は、管理者とやらから……力を授かっている。違うか?」
「ご名答! お前、剣だけじゃなくて読みも鋭いな」
オーガキングとは、まだ言葉を交わしてはいない。だが、きっと……ゴブリンキングのように、人語を解し、感情を持っていると予想できる。という事は、だ。あの静観する姿勢にも、なにかしらの事情があるという事。それが、魔人や管理者の企みに繋がっているであろう事。そして、彼の神々への反抗心などを考えに含めれば……。
「神々の力の根源。感情から生まれる神力の簒奪?」
「お前、凄え理解力だな。クソ神人にしとくのが勿体ないぜ。ただな、簒奪って表現は……気に食わねえな!」
考える事へと意識が向いていた俺へ、”消失”した彼の奇襲攻撃が行われた。だが、それすらも俺は受け止め、弾いて見せる。
「ちっ! お前、ホント厄介だわ。上司が、絶対にお前を消せって言った意味、なんとなく分かってきたわ」
「俺を……絶対?」
「ああ。お前だよお前。だから、ここまで誘い込んだ。退路も消して、逃げられないようにまで手を回してな」
企みの一つが明らかになってきたと思ったら、更に出てきた別の企み。しかも、俺だけを狙い撃つという、とても明確な悪意のこもった……。彼が俺を狙う事は理解出来る。神も人も敵視し憎悪する彼にとって、神人の俺は……まさに敵だ。だが、彼の上司である管理者……姿形どころか、存在すらもよく分からない相手から、一方的に狙われる理由が分からない。
「俺は……管理者とやらに恨まれる覚えがないんだが?」
「知らねえよ。お前の事情なんて。俺は、神人と加護持ちが狩れるって聞いたから、ここで待ち構えてただけだしな」
「ん? 待ち構えていた? 俺を監視していたのは……お前じゃないのか?」
てっきり俺は、彼が”消失”して監視をしていたのだと思っていたんだが。違うのか?
「なんで俺が、お前を監視しなきゃいけねえんだよ。気色悪いな……」
この反応から、本当に違うのだろうと確信する。また、謎が増えてしまった。そんな事を考えていた時、突如として……けたたましい叫び声が聞こえてきた――
「グアァァァ! 許サン! 許サンゾ!」
オーガキングの声だった。憎悪に染まりながら、悲しみを堪え泣くような声で、更に恨み言を続けていく。
「我ガ仲間、多ク消エタ! オ前タチガ、消シタ! 許サンゾ! 絶対ニ!」
この”消失”する魔人と対峙しているため、オーガキングへと視線を向ける余裕はない。だが、それでも分かってしまう。オーガキングに……より一層の力が宿った事が。これが……企みか。
そんな……なおも憎悪を爆発させるオーガキングとは対照的に、彼は嬉しそうに声を上げて笑い始める。
「アハハハハ! 実験成功だぜ! 憎悪のクソ神ヘイトに向かうはずだった力が、アイツに溜まったみたいだなあ!」
「お前か? 魔獣を生け贄に捧げるように配置したのは……?」
「そうだぜ! 狩りやすかっただろ? 外のハイオーガの群れも、迷宮内の雑魚オーガたちも」
狂っている……。魔獣を狩る側の俺が言うのもおかしな話だが、実験と称した企みのために、仲間や部下である魔獣の命を……捧げさせた。次々に減っていく仲間の気配をオーガキングに感じさせ、憎悪を募らせるなんていう……ふざけた事だけのために。
これには、怒りの感情が希薄な俺でも……赦し難いほどの怒りを感じた。だから、言う。
「お前は……命をなんだと思っているんだ? 仲間や部下の命を……なんだと思ってるんだ!」
オーガキングの慟哭に匹敵するような声量が、俺の口から発せられていた。そんな声を一身に浴びながらでも、彼は涼しい顔でこう返す。
「駒だ。ただの道具でしょ、そんなの。それにさあ、お前が言う事でも無くね? 魔獣を狩る側でしょ、お前」
ただただ、絶句した。ここまで……考えが噛み合わないなんて。そして、こいつを生かしておいてはいけないとも……。
嫌悪や憎悪。理解する事ないと思っていた感情が、今まさに……俺の胸に渦巻いているのだった。




