076 sideB
メリの心臓は……動いています。ですが、早鐘を打つように速く、強く……危険を知らせようと鳴り響いている感じです。それもそのはず。シルバさんがいなければ、メリはすでに死んでいたでしょうから……。
ダスターと名乗った魔人は、不可視の攻撃を仕掛けてきました。メリは……一切、反応する事が出来ませんでした。きっと、気付いた時には両断されていた運命だったでしょう。だからです。これまで抱いていた希望は、一瞬にしてかき消されました。今抱いている感情は、恐怖や絶望のようなものばかり。そのせいで、竦んで身体も上手く動かせません。
ですが、幸いだった事もありました。それは、魔獣たちが襲い掛かってきていない事。なにかを待つように、剣と言葉を交えるシルバさんとダスターを見つめているようです。そのお陰で、多少は胸の鼓動も落ち着いてきて、竦んだ身体も柔らかさを取り戻してきた感じです。
しかし、更なる恐怖を与えるような……無慈悲な音が聞こえてきてしまいました。
ドォォン。その音は、巨大な扉が閉まる音でした。退路が塞がれたという事です。そして、それと同時に……ダスターが叫んでいました。
「よっしゃ! 閉じ込めたぜ! お前ら……攻撃を開始しやがれ!」
その声を合図に、これまで身じろぎ一つしなかった魔獣たちが、メリたちに向けて走り出したのです。巨体の集団が揃って動き出した事で、振動がこっちにまで伝わってきます。
元々、魔人という強敵の出現で窮地に立たされていたのですが、更に状況が悪化しました。それでも、リーダーとして挫けまいと、ディンガさんが声を張り上げます。
「迎撃しろ! シルバ、お前は……そのヤバイ奴を抑えておいてくれ!」
それぞれが「了解」と答え、戦闘が開始されました。メリは魔術を連発し、なんとか魔獣の前進を阻もうと試みます。ですが、ハイオーガは阻めても、より上位のグレートオーガは……速射する魔術では、一切怯みません。そして、数匹のグレートオーガが、こっちに到達しました。
「ドーリス、防げ!」
「うむ! 承った!」
「ハイランド、近付いたグレートを斬り伏せろ!」
「了解しました! 『閃光』……いざ、参る!」
前衛陣がグレートオーガへと向かい、これ以上の接近を許さない姿勢を見せます。ですが……。
「ぐっ! 重い……」
「ドーリス! 耐えろ! 俺が援護する!」
ハイランド様はA級だけあって、互角以上に渡り合っていましたが……ドーリスさんが、徐々に押し込まれていきます。援護射撃を行うディンガさんの矢も、グレートオーガにはほとんど通用していません。そして、痛烈な一撃がドーリスさんを襲い、なんとか受けるも……盾が弾き飛ばされてしまいました。
メリも援護をと考えるも、今……前進を続ける後続の魔獣から意識を逸らせば、それらが殺到する事になります。どうすれば……。その一瞬の迷いが、ドーリスさんを更なるピンチへと陥らせてしまいます。
盾を失ったドーリスさんの目の前で、今にも巨大な腕を振り下ろそうとするグレートオーガ。そして、渾身の一撃が放たれると思った瞬間――
「『断罪の神光』にゃ!」
シロ様の声が響き渡り、同時に……神々しい光がこの場を満たしました。後続のハイオーガの群れは、消失。こっちに迫っていたグレートオーガたちも、その身を悶えさせています。
あれだけいたハイオーガの消滅は、完全に劣勢だった戦況を、一気に持ち直させました。ですが、グレートオーガはA級魔獣なだけあり、未だ残存。背後にて静観するキングに至っては……少しの痛痒も感じていない様子。……シルバさん抜きで勝てるのでしょうか?
シロ様の魔術に驚き、上位のオーガの頑健さに慄いていると……シロ様が叱咤の声を上げます。
「ボーっとしてる暇があれば、攻めるにゃ! この魔術、この身体では……何度も放てる訳ではないにゃ!」
つい、立ち尽くしてしまっていました。それは、みんなも同様で、シロ様の声で現実へと引き戻されたようです。
メリは、指示が欲しいとディンガさんへと視線を送ると、期待通りに指示が飛んできました。
「火力を集中させろ! 数の脅威は無くなったから、近い敵を順次狙い撃ってやれ!」
その指示を受けて、メリは速度を重視した魔術から、威力を重視した魔術へと変更しました。そして、ドーリスさんが受け持っていたグレートオーガへと魔術を放ちます。ジゼル様も同じ敵を標的としたようで、二人の魔術が直撃――撃破。
シロ様の魔術で弱っていたとはいえ、A級魔獣も討伐できる! そう自信を深めていると、第二第三の敵が迫ってきます。
「ドーリス! 盾は拾えたか? 今度こそ……しくじんなよ!」
「かたじけない……。次こそ必ず、護り抜いて見せる」
壁役が戻った事で、迫っていたグレートオーガは押し留められました。それに、宣言通り……ドーリスさんは盾の角度を調整しながら、強烈な攻撃を上手く捌いています。さっきまで通用しなかったディンガさんの矢も、狙いどころやタイミングを工夫する事で、効果的な攻撃になりつつあります。そして、ハイランド様。「閃光」の二つ名に相応しく、機敏な動きで巨体を誇るグレートオーガを翻弄、撃破していっています。
キングが未だに動き出さないのは不気味ですが、動かないというのなら……いけます!
「ジゼル様! 二人で息を合わせて、魔術を強化するのです!」
「メリサンドさん? それは……どういう事ですの?」
「ジゼル様の火属性魔術に、メリの風属性魔術を掛け合わせるのです」
試した事は……ない。でも、出来るのではないか……いえ、出来るはずだと期待しています。共同魔術という、新たな魔術の可能性を!
「私はどうすればよろしいのです?」
「『火の壁』の発動をお願いしたいのです」
「わかったわ。そこに、メリサンドさんの魔術を掛け合わせますのね?」
「そうなのです。タイミングはメリ側で合わせるので……詠唱の開始を!」
頷いたジゼルさんは、即座に詠唱を開始しました。それに合わせ、前衛・中衛のみんなに声を掛けます。
「魔術射線からの退避を! 扇状に広がるはずなのです!」
みんなは何も言わず、なんの疑念も持たず、メリの言葉に従って退避してくれました。その間に詠唱を終えていたジゼル様が、発動のワードを叫びます。
「『火の壁』!」
猛々しい炎の壁が現出した瞬間、メリも魔術を発動します。
「『風の波』!」
メリの身体から吹き出す強風は、ジゼル様が作り出した炎の壁へと吹き付け……炎を乗せて広がっていきました。上級魔術ほどの威力も範囲もありません。ですが、中級魔術とは思えぬほどに燃え盛った熱き風が、グレートオーガの体表を灼いていきます。成功です!
しかし、グレートオーガたちは……それでも倒れません。ですが、シロ様の「断罪の神光」でマナを溶かされ、今の共同魔術で身を焦がした結果……明らかに動きが鈍っています。ここが……攻め時です!
「ディンガさん! 一気に畳み掛けるのです!」
「おう! わかってらぁ! 全員……総攻撃だ!」
メリたちが攻勢に出た事で、グレートオーガたちは徐々に数を減らしていきました。そして、残り数匹。そんな状況まで追い込みましたが、それでもキングは動きを見せません。仲間であるはずのオーガが消えていくのを、ただ静かに見守っています。
それは、絶対の自信からなのでしょうか。単騎であっても、メリたちを殲滅出来るという……。はたまた、王としての矜持なのでしょうか。軽々に動かず、動く時には全てを乗り越えていく。そんな、信念からの静観なのかもしれません。
そして、もう一つ。あのシルバさんでさえ、未だ決着の着かない魔人ダスターとの戦闘。幾度も聞こえてくる金属同士の衝突音に、その戦闘の凄まじさを感じるのでした……。




