074 sideA
「それじゃあ、敵さんの親玉の顔を拝むとするか!」
ディンガの声掛けによって、みんなが気合いを入れ直していた。この先にきっと、オーガキングが居る。グレートオーガや無数のハイオーガも居るはずだ、と。
だが、俺は……それ以上の”なにか”が居る。そんな、根拠のない確信を抱いていた。みんなの希望を打ち消すような……そんな、”なにか”が。
「シルバ! 扉、開けてもらえるか?」
重い扉を開けろという指示に、俺は頷く。そして、重厚な扉に手を当て……押す。もわっとマナが流れ出し、徐々に扉が開いていく。
「全員、戦闘に備えながら……突入!」
半分も開いていない扉の間を、全員で通り抜ける。そして、身構えながら奥へと視線を向けると――
まず、目に入ったのはマナの流入口。空中に亀裂が入っていて、見るのは二度目だが……不思議な光景だと思ってしまう。そして、更に奥には、無数の魔獣の姿。三本角を持つグレートオーガが十数匹、二本角のハイオーガが……沢山。そんなオーガ軍団が守るその先、祭壇のような場所に……巨大な左右に伸びる二本の角、前後にも一本ずつ、計四本の角を持つオーガが立っていた。あれが、キングだろう。遠目にも、膨大なマナ保持量である事が理解出来るし……。
ただ、俺の意識は別の方向へと向いていた。それは、この場所の構造や造り。「小鬼の巣窟」最深部と比べると、広さは同等で高さは倍以上。だが、そんな事よりも重要な事がある。それが、造りの部分だ。
「小鬼の巣窟」には、玉座があった。工事途中だったのか、壁面や床面は洞窟のままといった様子だったが、ゆくゆくは王の間を目指していたであろう事が窺えた。だが、ここ「大鬼の巣窟」は、メティカで立ち入った神殿のような造りだ。玉座の代わりに祭壇があり、着々と進んでいる工事の結果……荘厳な神殿を思わせる空間が出来上がっている。唯一、神殿と違うとすれば、神像のような物が設置されていない事だろうか――
動き出す気配の無い魔獣に警戒しながら、ひとしきりの観察を終えると、ディンガが小さく呟く。
「なんだよ、この場所は……。魔獣が神殿だと?」
指示を出すのも忘れ、この異常さに驚いている模様。ただ、それも無理からぬ事。だって……魔獣は神を嫌っている。ゴブリンキングは、神の子だからと……人や動物を根絶やしにするつもりだったのだから。なので、異常なのだ。いや、そもそもの認識が間違っているのだろうか?
ここは、神殿ではない。神を祀るのではなく……なにか別の物を祀る場。それこそ、ゴブリンキングの表現で言うところの”世界”。それに祈りを捧げる場なのではないだろうか。ゆえに、神殿ではないという事だろう。
俺が一人納得していると、ハイランドさんがディンガへと、正気に戻るよう声を掛ける。
「ディンガ、指示出しを。ただ、前回のように人語を解する魔獣である可能性が高い」
「そうだったな。オーガキングっぽい奴なら、話が出来るかもしれねぇ。情報を聞き出すために――」
全員の意識が、オーガキングへと向かっていた瞬間だった。
「獲った!」
なにもないはずの空間から聞こえた声と共に、強烈な殺気がメリちゃんへと向けられていた。――俺は反射的に動いていた。
メリちゃんの周辺へと移動し、剣を振るった。そして、鳴り響く金属同士の衝突音。キィィンという音と共に、俺の手に伝わる強烈な力。目覚めて以来で一番の、重い重い一撃を受けた感触。ただ……敵の姿は見えない。だが、確かに――居る!
見えない敵ごと斬り裂くように、受け止めた剣を力尽くで弾き返しながら振り抜いた。が、手応えは無い。だが、”なにか”は急に姿を現していた。
「てっめぇ! 危ねえじゃねえか! それに、邪魔すんじゃねえよ!」
俺の攻撃を避けるためか、少し離れた場所に現れたのは……只人の男性だった。身なりだけで見れば、冒険者風。外見から年齢を推察するなら、二十代中盤ほどだろうか。そんな謎の只人に……何故か文句を言われているんだが、お互い様だ。というより、そっちが悪い。だって、明らかに殺意のこもった一撃を、俺の仲間に向けて放った訳だから。
俺は少し苛立たし気な声で答え、そして問う。
「邪魔するに決まってるだろ! それより、お前は何者なんだ?」
本当に分からない。こいつは……何者だ? 何故、こんな場所にいる? そして、魔獣ではなく……何故、俺たちに刃を向ける?
当然、一般市民だとは思ってもいない。だからといって、同業者……冒険者だとも思えない。そもそも、こんな場所に一人で、只人の冒険者が到達出来るなんて考え辛い。A級のハイランドさんだって、一人でとなると厳しいはずだ。だとすれば……S級冒険者って存在だろうか?
そんな俺の考えは、思いもよらない一言によって崩される。
「俺? 見て分かんねえかな? 執行者だよ! 上司の意志を遂行する手駒って奴」
執行者。その表現をする上、上司の意志とか言っているという事は……”世界”側の黒幕、”世界”側の神人?
「上司っていうのは”世界”か?」
「”世界”ねえ……。魔獣共はそう呼んでるっぽいが、俺たちは”管理者”って呼んでるな」
「俺たち? 管理者?」
俺たちって事は複数人という事。神人は一柱につき一人だが、この只人とその仲間は違うという事だろうか。そして、管理者。”世界”よりは随分分かりやすくなった気がするが、それでも意味が分からない。だって、世界を管理しているのは……神々のはずなのだから。
「そっ、俺たちは”魔人”。って言っても、俺たちが勝手に決めた名前だけどな!」
「魔人……。神人のような存在なのか?」
そう俺が口にした瞬間、自称魔人の只人は、怒りの形相で斬り掛かってきた。なんとかその一撃を受け止める俺に、至近距離で大声が浴びせられる。
「クソみてえな存在と並べんじゃねえ! 神人なんてクソ中のクソ! 俺は……魔人だ!」
恐るべき力で押し込まれる。……自惚れる訳ではないが、俺の力はS級冒険者すらも越えているはずなのに。仕方なく、身体強化を全開にして対抗し、再び男を弾き飛ばす。
それでも怒りが収まらない様子の男に向け、俺は問い掛ける。
「何故、そこまで嫌う?」
「はっ? 俺の事情を知りてえのか? 流石、神人様は慈悲深いこって。……なんにも分かってねえ、神人様に教えてやるよ」
ゴブリンキング同様、俺が神人である事に気付いているようだ。という事は、最初にメリちゃんを狙ったのも……加護持ちだからだったのだろう。それほどまでに、神側の人間を憎んでいるという事か……。
だから、俺はお願いする。この男の怒りや憎みといった感情の源泉、それを教えて欲しいと。
「教えてくれ。お前の事情を。お前の心情を」
俺がそう言うと、男は舌打ちした後こう言った。
「俺は、反抗と反骨の神デファイの神人だった。ついでに言うと、S級冒険者でもあった」
男がそう口にした瞬間、ハイランドさんが驚きの声を上げる。
「ちょっと待って下さい! その経歴は、『反逆の刃』と呼ばれた……三百年近く昔の――」
「そうさ! 俺は『ダスター』! 今じゃ、反逆になっちまってるのかよ、クソが。当時は、『反抗の刃』って呼んでたくせによ」
「そんな! あり得ません! 年齢的にもですが、その最期は……」
「ああ、そうさ。ギルドに粛清されたはず、だろ?」
うっとでも言いたげな顔で、ハイランドさんは顔を背けた。ギルドとしては、消し去りたい闇の部分だったのだろう。そして、それゆえにダスターは……。
「だからだよ! ギルドは俺を裏切った! 神は俺を見捨てた! だから、嫌う。だから、壊す。だから……殺す!」
ダスターが嫌っているのは、なにも神々だけでは無かった。人間も、ギルドのような組織も……ともすれば、この世の中全てすらも。「反抗の刃」は、神々が作り、人々が育てていった全てに……反抗するつもりなのだろう。当然、俺たちも、俺たちが抱く希望さえも……全て打ち壊し、消し去るつもりなのだろう。




