072 sideA
「おい、魔術組……。凄ぇ魔術だったのは分かるが、今は作戦遂行を優先しろよ」
ディンガが呆れ顔だった。突入作戦そっちのけで魔術談議に勤しむ俺たちに、現状を認識するよう促したようだ。メリちゃんもジゼルさんも、そうだったと申し訳なさそうに頭を下げる。
「てぇ事だから、行くか! 迷宮内へ!」
リーダーらしく声を上げるディンガに応え、俺たちは力強く頷いた。そして、迷宮入り口に向かって歩き出す。その歩みは確かで、一歩一歩を力強く踏みしめている。城壁に残った人たちが言っていたような、絶望的な戦いへと赴くというのに、だ。
確かに、絶望よりは希望のほうがいい。ただ、少しの心配事がある。さっきの上手くいき過ぎた先制攻撃で、敵を低く見積もってしまってはいないだろうか。特に、俺と共に魔術を放った二人。更に言えば、メリちゃんは魔術の有用性への認識を深くし過ぎており、これから先に待っている困難に対する余裕……いや、油断すら抱いていそうな雰囲気だ。これはよろしくない。
だって、さっきのハイオーガの群れは……大氾濫のほんの一部。木を見て森を見ずなんて言葉もあるけど、まさにその通り。迷宮に収まりきらず、攻勢に加わらなかった余剰戦力。それらを殲滅したに過ぎない。だから、今の内に釘を刺しておかなければ。
「メリちゃん、過度の自信は命取りだよ。魔術は有用だけど万能ではないし、敵の主戦力……グレートやキングを倒した訳じゃない」
「それはそうなのです。でも、希望の光を見たので……つい、油断してしまったのです」
希望の光。そう聞いて思い浮かぶのは、さっきの俺が放った魔術。別に、希望の光とするために放った訳では無かったんだけど、言われてみれば……そう誤認してしまいそうな荘厳な光ではあった。……これって、俺のせいじゃん。油断や慢心の原因が……。
その誤解をどう解くべきか。そんな事を考えている俺とメリちゃんの間に、シロがすっと割り込んできた。そして、口を開く。
「メリサンドは、良い感性をしていますにゃ。『断罪の神光』を希望の光とは……言いえて妙にゃ」
「シロ様? どういう事なのです?」
「あの魔術、開発者は希望の神人ですにゃ。太古の大氾濫期、ドラゴンとそれに従う魔獣を打倒した英雄集団。その一人ですにゃ」
ああ、思い出してしまった……。確かに、そんな人が開発した魔術だった気がする。なんで、俺がそんな事を知っているのか。そして、なんで……俺がそんな魔術を使えるのかまでは思い出せないけど。
「あのおとぎ話の、なのです? 森人の大魔術師様なのです!」
「そうですにゃ。おとぎ話の登場人物は、全員実在ですにゃ。ただ……名は、時が経ち過ぎた影響で完全に忘れ去られたようですにゃ」
そりゃそうだ。なんたって、千年以上昔の話。それに、最強の魔獣ドラゴンを打倒しても、即座に地上が平和になった訳でも無い。その当時の資料は……ほとんどが燃えたり紛失している。だからこそ、思う。その大魔術師が「カタリナ」という女性だったと、俺は……何故、知っているのだろうか、と。いや、俺の記憶違いかもしれない。
俺は……恐る恐る、シロへと問い掛ける。
「その大魔術師って、カタリナって名前じゃないよね?」
「主様、覚えていらっしゃったのですにゃ? その通りですにゃ」
はい、確定。俺は、間違いなく知っているらしい。地上から消え去ったはずの英雄たちの名前や外見、もっと言えば……彼らの歩んだ人生のほとんどを覚えている。……本当に、俺は何者なんだ?
俺が悩み、メリちゃんが好奇心を迸らせ、シロがげんなりとしていると……目の前に、迷宮入り口が迫っていた。悩むのは後だと頭を振り、迷宮へと目を向ける。その、巨大で不自然な姿へと……。
近付いてみて思うのは、とにかく巨大な洞窟という事だ。この迷宮を大地に現れた口だと表現するなら、王都近郊にあった「小鬼の巣窟」は、一本の歯程度のサイズかもしれない。……それは流石に言い過ぎかもしれないけど、それほどに巨大だという事だ。
それに、あまりにも不自然だ。周囲は平原。平たい土地のド真ん中に、急にせり出す洞窟が一つ。明らかに不自然。せめて、「小鬼の巣窟」のように本物の森に囲まれていれば、少しは自然に見えるだろうけど……。
そんな迷宮前で、さも当たり前といった風にハイランドさんが口を開く。
「出発前に話した通り、『大鬼の巣窟』は巨大洞窟です。実物を見て、実感して頂けたと思いますが」
ベテラン冒険者であるハイランドさんたちから、「大鬼の巣窟」の特徴は事前に聞いていた。とにかくデカいと。それ以外にも、同じ洞窟型迷宮である「小鬼の巣窟」との比較情報も、しっかり聞かされている――
当然だが、出現魔獣はオーガ種。その巨体が活動出来るよう、通路の一本一本も広く高い。その代わりに、脇道などは少なく、地図が無くとも最奥まで辿り着きやすいとも。……ただ、脇道や迂回路が少ないという事は、戦闘を回避出来る可能性が限りなく低いという事でもある。少数精鋭での突入作戦においては、あまり嬉しくない情報でもある。
今回の作戦の目的は、親玉の討伐。ゴブリンと似たような指揮系統を持つオーガなので、グレートおよび……ほぼ間違いなく居るであろうキングといった、上位指揮官級を掃討する必要がある。逆に、それらを失った下位のオーガは統率を乱すと考えられるので、間引きや高濃度のマナを散らすのは、今回の作戦中は考える必要は無い。ある程度の危険を排除出来れば、後始末は神聖国のギルドへ丸投げだ。なので、最奥に辿り着くまでの戦闘は、極力少なくしたかったのだけど……無理だろうな――
そんな訳で、俺は頷いていた。事前情報通り、外からの光に照らされた通路は、広く天井も高い。そして、大氾濫を起こしただけあって、入り口の時点で濃いマナの気配をひしひしと感じる。ついつい、少し身構えてしまうが、それはメリちゃんやジゼルさんも同様だった。
そんな、マナ濃度に敏感な俺たちの反応を見て、ハイランドさんは表情を引き締めてから言う。
「ディンガ、前回のようにあれをお願いします。ここから先は……死地でしょうから」
「ん? あれって、なんの事ですかい?」
「掛け声ですよ。リーダーらしく、ビシッと!」
ああと、ディンガは思い出したように頷いた。そして、口を開く。
「ここからは敬称も敬語も無しだ! 階級も所属も関係ねぇ。全員、俺の指示に従ってもらう、いいな?」
前回と全く同じ文言。この言葉から始まった迷宮攻略は、苦戦を強いられながらも完遂した。誰一人欠ける事なく。だから、あえて同じ言葉を投げかけたのだろう。なら、俺たちがすべき反応も同じはず。
俺たちは、しっかりと頷いて応える。それを確認して、ディンガは吠えた。
「それじゃあ、迷宮攻略開始だ!!!」
頷いた俺たちは、迷宮内へと踏み入った。メリちゃんの高出力「発光」でも、端まで照らせないほど巨大な迷宮内へと……。
早速だけど、拍子抜けだ。入り口付近にオーガたちの姿は無く、連戦に次ぐ連戦を覚悟していた俺は……若干、気が緩んできてしまっている。メリちゃんに釘を刺しておきながら、駄目だとは思っているんだけど……。
「おいおい、これは……お前の魔術の影響じゃねぇか?」
ディンガの言葉に、ふと「断罪の神光」発動時の事を思い出す。
「確かに……そうかも。迷宮内まで光が届いてたんだね」
「なんちゅう魔術だよ! 本当に、メリサンドが言ってたように希望の光じゃねぇか」
あははと笑ってみせた俺だったけど、前方に向けていた警戒に……仲間以外の気配を感じ取る。そして、口を開く。
「そこまで都合良くはいかなかったようだよ。敵のお出ましだ!」




