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争乱の神人  作者: 富井トミー
第14話 希望を打ち消す反抗の刃
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070 sideC

 主様は……目覚めてから初の国外だというのに、その表情は暗く沈んでいます。それは、仕方がない事なのでしょう。あのような茶番を見せられては……。流石、負神を信奉する国の、負神を信奉する人間です。あそこまでいくと、いっそ清々しいほどの愚かさです。


 その怒王国からの通信の後、それぞれがなんとも言えない表情を浮かべながら、神聖国側の迷宮(ダンジョン)「大鬼の巣窟」へと出発したのですが……折角保たれていた士気が、ごっそり持っていかれているようです。特に主様とメリサンドは、感性が素直な分……落胆が大きかったように見えます。普段の二人であれば、国境を越えた時点で大騒ぎしていたでしょうから。「初の国外だ!」と、明るい声を上げていたはずです。


 なので、さりげなく声を掛けてみます。沈んだ顔の主様は、見ていたくありませんから……。


「主様、先ほど国境線を通過したんですにゃ。ご感想は?」

「え、うん。そうだなぁ……特には無いかな」


 そう素っ気なく答えると、再びどんよりとした表情で歩き続ける主様。駄目ですね。ここは……単刀直入に切り込むべきでしょう。


「元気が無いのは、怒王国からの警告のせいですにゃ?」

「……そうだね。色々考えちゃってさ」


 主様が思い悩む必要ありません、と言いたい! 言いたいけれど、言ったとしても意味のない事。主様はそういう人です。どのような相手であろうと、相手の事を理解して……信じようと心掛ける、そんな人。ですから、あまりにも価値観が違う相手の考えも、ただ拒絶するという事が出来ません。それは美点である以上に、大きな欠点でした。どれだけそれで、損をしてきた事か……。


 なので、主様が思索に耽る事を止めたくても……止めはしませんし、止められません。ですが、忠告だけはしておきます。


「ほどほどにして下さいにゃ。怒りに任せる者の心なんて、知っても馬鹿らしくなるだけですにゃ」

「うぅん? そうかなぁ? 怒りってさ、凄く強い感情だと思うんだよね……」

「強い……ですにゃ?」

「そう。俺だって昨日、シロに怒っちゃったじゃん? 信じてるはずのシロの言葉に」


 確かに、と頷きたくなってしまいました。信頼だけでなく、私が司る愛情であっても同様です。愛を育んだ二人が、なにかのきっかけで怒り……別れる。間々(まま)ある事です。逆は……そうそう無いのにです。他の感情を容易に塗り替えてしまう怒りは、確かに強い感情なのかもしれません。それゆえに……恐ろしい。


 怒りに身を委ねている間は、ただただその心に染め上げられます。様々な感情も、理性というリミッターも……存在しないでしょう。そして、ふと正気に戻った際、その身に残っているのは……爽快感でしょうか、或いは後悔や絶望でしょうか。……圧倒的に後者でしょうね。ですが、怒りの女神アンガーを信奉する者は、後を絶ちません。


 他者を傷付ける事を良しとし、他者から奪う事を良しとする。負神の中でも最も野蛮な教義は、欲望に忠実な者の心を掴んで離しません。その結果が、あの通信なのです。自分さえ良ければ、自国さえ良ければと、ある意味で人の子らしい考えへと走るのです。


 要するにです。主様とは正反対に近い思想。嫌悪の感情の次に、主様が理解出来ないであろう感情なのです。なので、私は再び言います。


「ほどほどにして下さいにゃ。主様では、到底理解出来ない事ですからにゃ」


 私がそう言うと、主様は小さく頷いてから、再び思索の海へと沈んでいきました。これ以上の言葉掛けは無意味でしょう。それに、この先は魔獣(モンスター)跋扈(ばっこ)しているであろう土地。戦闘が始まれば、考えている余裕も無くなるでしょうし……。



 しばらく歩くと、神聖国側の国境城壁に到着しました。まあ……すでに城壁の意味を為していませんが。城壁は所々が崩れ、門は破られ、守備兵の姿も見当たりません。見当たるとすれば、城壁を住処としようとするはぐれ魔獣の姿ばかりでしょう。溢れ出たマナの影響で、はぐれ魔獣もそれなりの数が生まれているようです。


 なので、筋肉小男が叫びました。


「全員、戦闘態勢! はぐれを駆除するぜ!」


 その声で現実に引き戻された主様も、油断なく構えを取りました。そして、攻撃の合図と共に飛び出していき……殲滅。それなりの数が居ようとも、はぐれ魔獣程度では、このパーティにとっては準備運動にもなりません。城壁が完全な姿を保っていたならば、多少は面倒だったかもしれませんが。


 そんな戦闘の後、突入作戦とは関係がありませんが、城壁上に取り残された人がいないかを軽く捜索します。ハイランドが言うには、大氾濫(オーバーフロー)発生の知らせと共に駐留兵は引き揚げたようで、念のための捜索との事。


 まったく……ここで食い止めてくれていれば、主様が巻き込まれずに済んだかもしれないのに。心の中でぼやいていると、似たような事をメリサンドが口にします。


「なんで……城壁を放棄したのです? 無責任だと思うのです」


 私もそう思います。ですが、現実問題……それは妥当な判断だとも思います。ハイランドは少し困ったように、その質問に応対します。


「城壁の造りを考えてみて下さい。どのような造りですか?」

「ええと、外側に備える造りなのです。……あっ!」

「そういう事です。内側からの攻撃には、とても脆弱。階段はありますし、門の(かんぬき)だって内側ですからね」


 国境線を挟むように造られている両国の城壁は、互いの監視と有事の際の防衛力のための物。よって、外側からの攻撃しか想定していません。なので、早期に兵が引き揚げ、城壁は放棄されたのです。合理的な判断である以上、大っぴらに批判しにくい問題と言えます。ですから、ハイランドもメリサンドに考える事を促すような返答を行ったのでしょう。


 なのででしょう。メリサンドも納得はし切れていませんが、仕方ない事だと理解した模様。その後は、黙って捜索を行っていました。


 そして、取り残された人がいない事を確認できた事で、一行は城壁を離れ、再度迷宮へと歩き始めたのでした。



 道中、幾度かの戦闘が発生しました。ですが、その全てがはぐれ魔獣。組織的な動きの無い、ただの群ればかりです。到着までに消耗する事が無いのは幸運ですが、敵の第二陣が進発していないとなると、迷宮周辺の魔獣の数は……膨大。それはそれで困った事態です。


 そして、その懸念は……迷宮のほど近くに到達した事により、目の前に現実として現れたのです。


「なぁ、ドーリス。地図によると……『大鬼の巣窟』周辺って、平原だよな?」

「うむ。王都近郊の『小鬼の巣窟』と違って……そうだ」

「じゃあよ、あれ……なんだと思う?」


 遠目に見える景色には、森のような物が見えます。「小鬼の巣窟」同様、知らなければ……森に囲まれた洞窟型迷宮だと誤認するでしょう。ですが――


「オーガの群れだ。木々のような巨体という事は、ハイオーガだろう」

「やっぱ、そうだよな……。森に見えるほどの数のC級魔獣って事かよ。笑えてくるってもんだぜ」


 そう言いながら、本当に笑い出した筋肉小男。その傍らで、ハイランドが問い掛けます。


「笑っていないで、指示を考えたほうが良いのでは?」

「ははは……。そうだったな。予想はしてたが、予想以上だ」


 このような軽口を叩きあえているのは、敵側に動きがないお陰でしょう。こちらがあちらを視認出来ている以上、遮蔽物(しゃへいぶつ)のない平原では、こちらも捕捉されているはずです。それでも動かないという事は、指示がなければ動く気がないという事。


 という事は、です。これは絶好の機会。なんといっても、こちらには……上級魔術を操る人材が三人+私。圧倒的な破壊力の先制攻撃を、一方的に叩き込めるのですから。

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