068 sideA
「こちらこそ、申し訳ありませんでしたにゃ……。主様のお好きになさって下さいにゃ」
俺の事となると、意地でも意見を変えないシロが……退いた。どんな心境の変化があったのかは分からないけど、これは好都合。……なんて、安易に考えるべきではないだろう。口煩いと感じても、俺の事を想っての意見ばかり。そんなシロの助言に、これまでも助けられてきた。だから、これからも助けて欲しいと思ってる。
「シロ、今回の助言は聞き入れられないけど……今後もよろしく」
「主様! はい!」
嬉しそうに尻尾を振り回すシロを見て、俺は果報者だなと思う。だって、意見が対立したとしても、俺を信じ続けてくれる仲間がいる。無謀だと呆れながらも、信じて付き合ってくれる仲間がいる。だから、俺は歩き続けてるんだと思う。信じ信じられる事で生まれる神力だけじゃなくて、支え支えられて共に歩けてるんだと……。
城壁上からの警戒で夜を明かし、次の朝がやってきた。幸いな事に、魔獣の第二陣は到着していない。そのお陰もあって、数日に渡って戦い続けていた守備兵たちも、すっかり回復しているようだ。そのため、警戒の任務を守備兵たちに返上し、救援軍の冒険者と魔術師は今……二人のギルドマスターから、今後についての説明を受けている。
「まずは朗報からです。昨夜、国軍と北部の貴族軍が進発したとの連絡が入りました。貴族軍の一部は、今日にでも到着予定です」
ハイランドさんからの説明に、わっと歓声が上がる。増援の来着は、明らかに不足していた事による人数的不利を、一挙に解決してくれるだろう。ただ、そんな喜びは続かなかった。次に口を開いたジゼルさんからの言葉に、俺たちは落胆にも近い感情を抱く事となる。
「次は凶報ですわ。神聖国・怒王国の各ギルドは、大氾濫を起こした迷宮への突入計画を……断念いたしました」
気落ちする声が多く上がる中、一部の人たちは……詰るような言葉を発している。「自国が起こした問題を解決しないなんて、無責任だ!」というような内容で、言っている事自体は正しいと思う。だけど、それは第三者から見た感想で、当事者である二国のギルドは……苦渋の決断だったのかもしれない。
ベテランゆえに様々な情報を持っていそうなディンガに、俺はこっそり問い掛ける。
「これって……最悪のパターンに陥ってる?」
「ああ、多分な。この国と違って、軍の協力を得られなかったんじゃねぇかな」
推測でしかないが……二国間の戦争は、継続中という事だろう。戦争に人手が回され、大氾濫への対応はギルドに丸投げ。結果、守備に徹する事しかできず、迷宮への突入を断念。……最悪の予想が、これ以上ないほど正確に的中してしまったようだ。
となれば、俺たちに与えられた選択肢は二つ。二国同様に守備を固めるか、或いは――
「このような事態ですので、我々が動く事を打診しています。許可が下り次第、問題の迷宮への突入を我々が行います!」
ハイランドさんの宣言に、今度は困惑や否定の声が上がった。「何故、俺たちが?」や「私は嫌よ!」といった声だ。……当然の反応だ。だって、言うなれば尻拭い。他国のギルドが解決出来ない問題を、代わって解決する。それも……危険度マックスの場所に赴いて、だ。
もし、魔獣の第二陣がこちらに向かっているならば、その群れを突破し、膨大な魔獣が徘徊する迷宮の最深部を目指す。そこで、いるであろう魔獣の親玉を討伐して、帰還。上級の冒険者や魔術師の集団であっても、命を懸けて達成できるかどうか……。いや、無理だろう。それこそ超上級……S級冒険者や魔術師、神人や加護持ちが集ってやっと、という難題だと思う。
そんな事を考えている内に、場の空気は……困惑から怒りへと変わっていた。「ふざけるな!」と怒号が飛び交い、「俺たちに死ねと?」と嘆きにも似た激昂が吹き荒ぶ。
その怒り狂う冒険者と魔術師を前に、ジゼルさんは声を張り上げる。
「静まりなさいな! なにも、強制参加とは言っておりません!」
続いて、ハイランドさんも。
「そうです! 有志を募ります! 賭ける物は命ですが、見返りは莫大な財と救世という名誉! 我こそはという者は、名乗り出て下さい!」
そう言うからには、一生困らないであろう金銭と、誰もが憧れる名声が得られるのだろう。だが、誰も動かない。手を挙げ名乗り出る人は、皆無。命あっての物種という言葉を、みんなよく理解している。
そんな、周囲を観察していた俺の手に、そっと誰かの手が触れた。そして、握りしめられる。それと同時に、声が掛けられた。
「シルバさん。メリと一緒に……参加して下さいなのです!」
そう声を掛けてきたメリちゃんの手は、微かに震えていた。恐怖からか武者震いか……多分、前者だろう。加護の力が強くなったようであるメリちゃんでも、この迷宮攻略は命の危機しかないと考えているのだろう。それでも……やると言っているのだ。俺の答えは決まり切っている。
「うん。やろうか! それと……」
ちらっとシロへ視線を移す。流石にこれは……怒られるだろうか? そんな覚悟をしながら、顔色を窺っていると――
「ニャン!」
鳴きながら、頷くような仕草。お許しが出たようだ。ならばと、人込みをかき分けながら前に進んでいくと……いつの間にか、ディンガとドーリスも同行していた。
「俺もよお、ここらで大輪の花を咲かせてやろうと思ってよ」
「うむ。私の盾は、パーティの仲間を護るためだけでは無い。人々を護る盾にして……剣だ」
こうして、いつもの四人でハイランドさんたちのもとに辿り着く。そして、声を揃えて宣言する。
「参加します!」「参加するのです!」「参加するぜ!」「参加だ」
背後から、驚きの声が上がっているのが聞こえてくる。ジゼルさんも、素直に感謝の意を口にしている。しかし、ハイランドさんは俺の顔を見つめた後、足元のシロへと視線を向けた。不思議に思った俺も、シロへと視線を移すと……再びの頷くような仕草。今度は、俺にではなくハイランドさんに向けてのようだ。なんだろうと首を傾げる俺に、ハイランドさんが口を開く。
「いつも、背負わせてしまってすいません。それと……ありがとうございます」
感謝は分かるけど……背負わせるって? より首を傾げてしまう俺だったが、とりあえず頷きを返しておく。
シロとハイランドさんの間で、なにかしらあったのだろうけど……無理に聞き出そうとは思わない。もし、俺に聞かせるべき話だったなら、向こうから話してくれるだろうと信じているから……。
そして、俺たちに続く参加表明者は現れないまま、冒険者と魔術師のみんなは散らばっていった。予想は出来ていた事だけど、正直なところ……俺ですら不安になってしまう。たったの四人+シロでの決行。敵の数は……どれだけの数とも知れぬほどに膨大。そして、キング級の魔獣も間違いなくいるはずだ。……俺は、全員を護り切れるだろうか?
「おいおい、シルバさんよお。今お前、俺たちを護るとかって考えてなかったか?」
「えっ? 心を……読まれた?」
「心なんて読めねぇよ! それに、護ってもらおうなんて考えてねぇぜ! そうだろ?」
そう言って、ディンガはメリちゃんやドーリスに視線を向けた。そして、返ってくる力強い頷き。
ああ、こういう事なのかもしれないな。背負ってしまうというのは。それに、失礼だったとも思う。だって、みんなは対等の仲間。一方的に護ろうだなんて……烏滸がましいにもほどがある。
俺は、頭を掻きながら謝罪した。そして、微笑む。死地に向かう前だというのに、悲壮感を感じさせないこの場の空気に……。




