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争乱の神人  作者: 富井トミー
第13話 怒り狂う争乱の前奏曲
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066 sideB

 忸怩(じくじ)たる思いとは、今のような心境を指すのでしょう。ジゼル様を探している現在、メリの心の中は……未熟な自分を責め続けていました。


 シルバさんは言いました。無茶でも無謀でもやらなきゃいけない、と。それは、メリも同じ気持ちでした。ですが、出来ていません……。危険の少ない城壁上から、上級魔術を放つだけなのに……。シルバさんは敵中に単身飛び込んで、命懸けの覚悟で不可能を可能にしているというのに、です。なのに、メリのオドは少なすぎて、またシルバさんの足を引っ張てしまっています。八大神であるアンティス様から加護を授かっていながら……なんと不甲斐ないのでしょうか。


 心が負の感情に染まっていく。それを感じながらも、一向に振り払えずにいた時、ジゼル様の姿を発見しました。シルバさんが作戦の協力要請のために近づいていき、事情を説明しているのを眺めるメリは……どんな表情をしていたのでしょうか?


「メリサンド。一時の気の迷いはいいですにゃ。ですが……負の感情に染まるのは駄目にゃ」


 いつの間にか目の前にいたシロ様に、忠告とも警告ともとれる言葉を投げかけられました。


 ここは戦場ですが、人の目はあります。正体が露見する事を恐れているシロ様であれば、人語を発するべきではない場所です。なのに、声を掛けてきた。……それほど、メリは醜い表情を浮かべていたのでしょう。


「メリは……どんな顔をしていたのです?」

「怒り、羨望、恥辱……。負の感情がない交ぜの表情にゃ」


 未熟な自身に対する怒り、加護持ちでもないのに頼られているジゼル様への羨望、そして……そんなメリ自身を恥ずかしいと思う気持ち、でしょう。気持ちの理由を理解したとして、メリは……どうすればいいのでしょうか?


「シロ様、教えて欲しいのです。……メリは、どうすればいいのです?」

「……逆に聞きますが、貴女はどうしたいのですか?」

「それが分からないから聞いているのです!」


 どこか神様らしい……答えを安易に与えようとしないシロ様の言葉に、メリは声を荒げてしまいました。こんなの、ただの八つ当たりだって分かっていますが、それでも止まらないのです。


 ただ、大声で騒ぎすぎたようで、ディンガさんが何事かと駆け寄ってきます。


「メリサンド、どうしたってんだ? 猫神様と喧嘩か?」

「おい、筋肉小男。猫の神じゃないですにゃ」


 しまったと、シロ様に頭を下げるディンガさん。そんな彼に、メリは(すが)るように問い掛けます。


「教えて欲しいのです……。役立たずなメリは、どうすればいいのです?」

「……はっ? お前が役立たず? 冗談きついぜ」

「冗談なんかじゃないのです! 加護を授かりながら、この体たらく……」


 駄々っ子のように喚くメリを、ディンガさんは鼻で笑いながら言います。


「はっ! お前さんは……神様かなんかなのかよ? なんだって自分一人で出来るなんて、思い上がりもいいとこだぜ」

「神であっても、全知全能ではないにゃ」

「……だそうだぜ?」


 そんな事は分かっています! そう叫びそうになるのを必死に堪え、それでも……どうすればいいのかを悩み続けました。そんなメリに、シロ様は告げます。


「答えを人に求めるのはやめなさい。自身の心に問い掛け、自身の答えを導き出しなさい」


 猫の姿形をしていても、この御方は神様なんだ。そう思わせる強い言葉は、突き放しているようでいて未来を指し示す……そんな言葉に感じました。なので、メリは自身の心と向き合います。どうするかではなく……どうしたいのかと、期待する自分を思い浮かべて――


 メリが”魔獣(モンスター)(ことごと)くを打ち払う姿”を頭に浮かべ、そうでありたいと強く願った時でした。加護を授かった時以来、一度も聞く事の無かったお声が聞こえてきたのは。


(この声を聞いているという事は、貴方は強く期待したという事でしょうね)

「アンティス様?」


 期待と予期の女神様、メリに加護を授けたその御方の名を、思わず叫んでいました。ですが、ディンガさんはおろか、シロ様も不思議そうに見つめてくるばかり。……このお声が聞こえていない?


 そんな疑問に答えるように、アンティス様の声は続きます。


(これは、貴女に授けた加護に仕込んだ……いわゆる、リミッター。この声も、現在ではなく過去のものとなるでしょう)


 そういう事ならと、メリは返事をする事なく続きを待ちます。


(貴女に期待を寄せ、十にもならぬ歳で加護を授ける。これは、とても危険な事。なので、何段階かの制限を施したのです)


 何故、危険なのだろうか。アンティス様の加護ともなれば、その力は絶大。多くの危険を退けられるもの。それに、ずっと気になっていました。何故、メリの加護は……これほど弱いのだろうか、と。加護の力を使いこなせていないと、何度も悩んだ事を覚えています。ですが、制限が掛かっていたという事で、安堵すると同時に……恨みがましくも思ってしまいました。何故、最初から教えてくれなかったのかと……。


(きっと今、貴女は思っている事でしょう。”何故教えてくれなかったのか”と)


 寸分違わず言い当てられ、メリはドキッとしてしまいます。本当に、過去の言葉なのだろうかと。今まさに、メリの心の内を覗いているのではないかと。


(それが危険でもあり、期待する事でもありました。正の心だけでなく、負の心も知って欲しい。そして、乗り越えて欲しいと)


 ……最初から強い加護の力を扱えていれば、今のメリは無かったでしょう。貪欲に魔術を学ぶ事も、今のように思い悩む事も、もしかしたら……シルバさんと出会う事も無かったのかもしれません。メリの住んでいた集落が抱えていた問題は、メリ自身の力で解決していて、今頃は神聖国で暮らしていたのかもしれませんから。アンティス様は、どこまでの未来を予見していたのでしょうか?


(私の見立てでは、貴女には……多くの試練が訪れると考えています。その都度悩み、乗り越え、大いなる期待を胸に抱き続けて欲しい。そう思っています)


 今の言葉だけでは、どれほど先まで見通しているのかは分かりません。ですが、これ以降も……メリは、何度も壁にぶつかるであろう事だけは分かりました。そんな時は、アンティス様の言葉を思い出す事にしようと思います。大いなる期待を胸に抱く。それが、アンティス様の期待する事でもあり、メリが成長するために必要な事でもあるのですから……。


(それでは、第一の制限を解除します。また、次の機会が訪れる事を期待して……頑張りなさい、メリサンド)


 そう言い残して途絶えたお声に続き、授かった加護が力強く鼓動したかのような感覚を覚えました。そして、体内のオドが著しく活性化した事も……。


 はっとして周囲を見回すと、アンティス様の名を呼んだ時より、いささかの時間も経ってはいない様子。不思議そうに見つめているシロ様が、可愛らしく首を傾げて聞いてきます。


「アンティス様がどうしたにゃ? ん……? メリサンド、貴女……」

「心の中で語らったのです。そして、加護の力を強くしていただけたのです」

「そうでしたか。という事は、答えが出たのですね?」


 シロ様の言葉に、力強く頷いて見せます。そして、こう答えます。


「メリはまだまだ未熟。なので、期待し続けるのです! メリ自身の可能性に、より良い未来が訪れる事に!」

「そうですか。ならば、どうしたいかも……?」

「はいなのです! という事で、シルバさんのところに行ってくるのです」


 メリは、シルバさんとジゼルさんのもとへ駆け出しました。力だけでなく心も、大きな成長を遂げて……。

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