063 sideA
レイナ様の口から、とても不穏なワードが飛び出していた。……俺の拉致部隊って。確かに、俺を無理やりにでも連れ帰る計画だったとは聞いているけど、実働部隊の存在をこの耳で確認する事になるとはね……。
なんとも言えない気分でいると、レイナ様は部屋の窓際へと移動し、大通りを眼下に見下ろしながら言う。
「本当に集まっているじゃない。これ、お父様からの指示?」
「はい、お嬢様。大氾濫発生の報を受けたご当主様が、いち早く部隊を動かしたようで御座います」
レイナ様とセバスさんの話を聞いて、改めてキャンベル家の情報網の恐ろしさを知る。影響力を持たないというこの国の北部や隣国の情報を、冒険者ギルド並みの早さで手に入れられるとは……。もしかしてだけど、俺の居場所も常に捕捉されていたんじゃ? そんな考えまでも頭をよぎってしまう程度に、領主様の見ている世界は広く深いのだと感じる。
ただ、今考えるべきはそこじゃない。俺たち冒険者や魔術師がどう動き、レイナ様たちはどう動くのか、だ。俺たちは最低限の準備を整えて、国境の救援に向かう。これしかないだろうけど、レイナ様はどうするのだろうか?
「レイナ様、キャンベル領に帰るのですか?」
最も穏当な選択肢で尋ねる。そうすべきだろうし、そうして欲しいところでもある。加護を授かったとはいえ、武術のぶの字も知らない大貴族の令嬢が、義憤に駆られて前線へなんて……面倒事が増えるだけだ。大人しく帰るって言ってくれ!
「そうですわね……私も救援に――」
「駄目です、お嬢様! 手練れ揃いの部隊が手元にいるとはいえ、その戦力は……お嬢様が無事に領都へと帰るために使うべきで御座います!」
あのセバスさんが……声を荒げていた。穏やかな老紳士然とした、あのセバスさんが。……たまに、マゾ気質を垣間見せるとはいえ、今回は紛れもなく忠言。お叱りを受けるための誘いではない。真にレイナ様の身を案じての言葉だ。
その迫力にはレイナ様も驚いたようで、どう返すべきか対応に困っている様子。そんなタイミングで、魔具の向こうからハイランドさんの声が聞こえてくる。
「私も同意見です。緊急事態ですので言葉を選ばずに言いますが……大人しく帰って下さい。邪魔です」
「なっ!」
かなり失礼な言葉だけど、この場にいる全員の総意だとも思う。救援に向かう味方内に、護らねばならない人物が紛れているなんて……行動上の足枷にしかならない。これまでの視察のように、安全が保障されている訳ではない。それどころか、今から向かうのは……戦場だ。人と魔獣が相争い、互いに命を奪い合う……。
だから、俺も言おう。この場で、レイナ様の意志を曲げる事が出来るのは……たぶん、俺だけだ。
「レイナ様、メティカへ帰ってください。お願いします! それが……救援成功には必要です」
「シルバ、貴方もそう言うの?」
あと一押しが必要だ。なんと言えばいいかを考えていると、メリちゃんが代わりにもう一押しを繰り出す。
「レイナ様、貴族様には貴族様のやる事、やれる事があるはずなのです! ここは、戦闘のプロであるメリたちに任せるのです!」
「……そうですわね。私は、私が為すべき事を行いましょう!」
意外だった。メリちゃんもレイナ様もだ。貴族に対して良く思っていないメリちゃんが、貴族の重要性と責務を語るとは……。我が道や自身の正義を貫くレイナ様が、出会って間もないメリちゃんの言葉を受け入れるとは……。
そして、レイナ様とセバスさんは急いで俺の拉致部隊と合流し、王都を発った。
さあ、これで救援に向かえる! レイナ様にはレイナ様の為すべき事があるように、俺たちには俺たちの為すべき事がある。どれだけの魔獣が溢れ、どのような魔獣が群れを成しているのか……不安はある。だけど、国の軍の動きが遅い以上、俺たちがいち早く動かなければ……この国に魔獣がなだれ込んでしまう。やるっきゃないでしょ!
緊急依頼という名目で集められた冒険者と魔術師が、ギルドハウスが軒を連ねる大通りに集結していた。数は優に百を超え、ざっと見回しただけでも数百人規模。ちょっとした軍勢とも言える集団だけど、個々の士気はバラバラだ。気勢を上げている人たちもいれば、不安を口にしている人たちもいる。……それは、しょうがない事だと思う。冒険者やギルド所属の魔術師は、パーティ単位の小集団戦闘が基本だ。軍勢対軍勢の戦闘……戦争という戦闘形態には不慣れで不向きなのだから。
そんな救援軍の中で、俺はメリちゃんやディンガ、ドーリスと一塊になって待機していた。軍のような規模であっても、俺たちが出来る事はパーティ単位での戦闘。軍のように規律正しく戦うなんて出来っこないのだから、はなから割り切ってしまえばいい。他の冒険者にもその事を伝えたいのだけど、どうすればいいだろうか。そう悩んでいると、ディンガが話し掛けてくる。
「シルバよぉ、辛気臭ぇ顔してんじゃねぇか。大方、集まってる連中に伝えてぇ事があるんだろうけどよ……心配いらねぇぜ」
そう言いながら指をさす先には、ハイランドさんとジゼルさんがいた。これからなにかを話そうと、咳払いをして準備を整えている。そんな二人を見つめながら、ディンガは更に言葉を続けた。
「ハイランドの旦那は、多くの大規模依頼を仕切ってきた。これほどの規模は初めてだろうが、旦那なら上手い事やるに決まってるだろ?」
「そうですね。なんたって、ギルドマスターですからね!」
「そうだぜ! 俺たち自慢のギルマス様さ。王国最強冒険者の座はお前に譲っちまったが、人を動かす才はピカイチだぜ!」
そうだ。俺たちには俺たちの為すべき事があるように、ギルドマスターにはギルドマスターの為すべき事がある。ハイランドさんなら、この寄せ集めの集団も巧みに操ってくれるだろう。ジゼルさんのほうは、ちょっと心配だけど……なんとかなるでしょ。きっと……。
その後、ハイランドさんとジゼルさんが、今回の依頼の説明を開始した――
この緊急依頼は、救援からの防衛戦である。目的は至ってシンプル。国境守備軍と協力し、国内への魔獣の侵入を防ぐ事のみ。城壁が無事であるなら、城壁を利用しての防衛を。もし、城壁が破られているようなら、戦線を押し返して押し留める。もっとも、大氾濫の発生源となっている迷宮へ対処してもらえなければ、この事態が続くであろう事も。よって、長期戦になる事が予想される事も――
ただ、俺の考える最悪の状態は……神聖国・怒王国双方のギルドが大氾濫を起こした迷宮への対処に手が回らず、両国間の戦争まで継続される状態だ。
この国は、動きが遅いとはいえ軍が防衛の動きを見せている。だが、神聖国と怒王国は? 争いに多くの兵が割かれており、大氾濫への対処はギルド頼みになってしまっていないだろうか? そうなると、被害の拡大防止が精一杯で、大氾濫の根本解決までは難しくなってくる。その上、争いでマナを消費し続ければ、より多くのマナが迷宮より供給され……大氾濫の規模が拡大していく。
要するに、だ。怒王国による侵攻が止まらない限り、最悪な状態に事態が進展する可能性が高いという事だ。こればかりは、祈るしかない。どうか、怒王国の偉い人たちが賢明な判断を下す事を。……どの神に祈るべきかは分からないけど。
ハイランドさんたちによる説明の後、俺たちは馬車へと乗り込んでいた。冒険者と魔術師ギルドだけでなく、商人や職人ギルドからも移動用の馬車が提供され、救援軍は一路……最前線である国境城壁へと急ぐのだった。




