060 sideC
シェイムには、聞きたい事が数多くありました。しかし、すでに気配はありません。逃げられたようです。
「あんのクソ変態神め! 引っ掻き回して、愉しむだけ愉しんで……」
「シロ……恐ろしいくらいに口が悪いよ? 一応神様なんだから、慎んだほうがいいんじゃ?」
主様が、若干引き気味に窘めてきました。私とした事が、負の感情に染まり切ってしまっていたようです。反省……。
しかし、推測でしかありませんが……有益な情報はありました。シェイムは”我らの”ではなく、”我の”とほざいていたため、単独犯の可能性が濃厚。主様を玩具に見立て、まだまだ愉しもうという魂胆が見えてきます。ですから、まだ時間的猶予はあるという事でしょう。……その油断と慢心、本当にありがたい限りです。
それに、レイナ嬢の決意にも触れられました。人でありながら、神の意に背く。それも……理由が愛。素晴らしい心構えです。この分神という身でなければ、加護を授けていた事でしょう。それほどまでに、強い決意と深い愛でしたから。
「レイナ嬢、先ほどは失礼したにゃ。それと、いいものを見せてもらって感謝にゃ!」
「いえ、よろしくてよ。そちらにも深い事情がある事は察せられますし、それがシルバに関係する事も……」
そう言って、主様へと視線を向けるレイナ嬢に、私は事情を伝えるべきだと確信します。溢れ出る愛情は本物であり、負の加護を授かっているとは言え……協力を要請する相手としては最適です。地位も財力も持ち合わせ、避難先と目している「神の封鎖地」を領有しているのですから。
「主様、レイナ嬢に――」
「うん。分かってる。レイナ様が色々話してくれたように、俺たちも話すべき……だよね?」
「はい、流石主様ですにゃ!」
主様とも意見が一致したため、私は最悪の事態に至る可能性を説明していきました。負の神々による大侵攻という、この国どころか……多くの国を巻き込む大争乱の危機を。
それらを聞き終えたレイナ嬢は、心底驚いた様子で呟きます。
「そんな……まさか」
驚くのも無理はありません。貴族という地位にある以上、一般市民以上の衝撃であろう事も。ですが、その呟きには続きがありました。
「お父様の予感は、当たっていたというの……?」
今度は私が驚く番でした。レイナ嬢の言うお父様といえば、キャンベル卿の事でしょう。その情報収集能力は高いでしょうが……そこまで先を読める人物だったとは、恐れすら感じてしまいます。
「どういう事にゃ?」
「お父様は言ったのですわ。『戦の気配が迫っている。人材を集めなければいけない』と」
王国南部を治めるキャンベル家は、北の隣国同士の争いには無関係。なので、神聖国と怒王国の戦いを指す言葉ではありません。であるならば、より大きな争乱に備え始めている。そう受け取るのが妥当でしょう。という事は、このレイナ嬢の王都滞在も……?
「王家への支援、明日からのギルド訪問も……主様を抱き込む事まで?」
「ええ。王家は北方に対する防波堤に。ギルドへは人材調査と斡旋依頼に。ですが、シルバについてはなにも聞いていませんわね」
主様について言及しないあたりは、溺愛するレイナ嬢に配慮しての事でしょう。……親馬鹿加減は、今も健在のようですね。
「大きな弱点を抱えているようで……安心したにゃ」
「はい? 言いたい事は分かりませんが、お父様が馬鹿にされたのは理解しましたわ」
「そ、そんな事ないにゃ。……それよりも、レイナ嬢はどうするつもりにゃ?」
「どうするとは、どういう意味ですの?」
レイナ嬢には、いくつかの選択肢が存在します。この情報を王家に伝えるべきか、キャンベル卿と即座に連絡を取るべきか……そして、この情報自体を、根拠のない話として切り捨てるという選択も。
負の神々がどう動くのかというのは、私の予想でしかありません。私としては確信を持っていますが、神の座の都合や情勢を知らぬ人の子からすれば……なんの根拠もない話に聞こえるはずです。そして、根拠を伝えたくとも……話す事が出来ないのです。主様に深く関わる内容ゆえに、制約が邪魔をします。なので、聞きました。どうするのかと。信じるのか信じないのか、行動を起こすのか起こさないのか、と……。
「私と主様の話を信じるにゃ? もし信じるのなら……行動を起こすにゃ? という意味ですにゃ」
「ええ。信じますわ。だって、シルバも信じているのでしょう?」
「えっ、はい。シロが必死に伝えてきた話ですから、信じる以外ないでしょうし……」
私の話を信じる訳ではなく、主様が信じた話だから……信じる。なんとも面倒な考え方ですが、私にも理解できます。……主様を中心に据えて物事を考えるのは、私のほうが先輩ですから。
妙な共感を覚えていると、レイナ嬢は王都滞在の計画表を眺めながら言います。
「ですが、行動は変えませんわ。王城へ再訪する予定もありませんし、予定通りに各ギルドを回るだけですの」
「なんでにゃ? レイナ嬢から王家に進言すれば、王家であっても無視できないにゃ」
「いえ、無駄ですわ。現王は動きません。重臣も同様。だって、この国の中立政策に、誰よりも自信を持っている方々ですので」
この国は、多くの争乱から逃れてきました。それは、大争乱の時代が始まるよりも昔から。それは、この国の初代ゴールド王の時代から……。その永い平和に慣れてしまったこの国の人々は、平和が当たり前になっています。それこそ……平和というのは、突如崩れてしまうものなのに、です。
「なら、キャンベル卿に伝えて下さいにゃ。その予感は本物だと……」
「それ、必要ですの? お父様はどこか確信を持っているのですわ。今更、黒猫さんの言葉を伝えても、『ああ、そうか』でおしまいですわよ?」
「……確かにそうですにゃ。ただ、それでも伝えて欲しいにゃ。愛の女神ラブからの言葉として」
そう言うと、レイナ嬢が不思議そうな顔をしました。そして、大前提とも言える内容の質問が返ってきます。
「何故、黒猫さんがラブ様の名を語るんですの?」
「え?」
「え?」
お互いに困ってしまいました。もしかして……私が分神である事を理解していない? あのセバスという執事……口外するなという約束を、徹底的に守ったようです。ですが、気付く機会はいくらでもあったはず。シェイムからはラブと呼ばれ、主様からも神様だからと窘められました。……なにより、喋る猫って時点で気付くべきでしょ!
「私は愛の女神ラブの分神ですにゃ。主様を神人に指名した張本人……いえ、張本猫ですにゃ」
「えっ……あっ、黒猫様とお呼びすべきだったのですわ!」
今更、呼び方は別にどうでもいいのですが……。このレイナ嬢……鋭いようで鈍いのでしょうか。若干の不安を覚えつつも、伝言を念押ししてから、彼女の部屋を後にしました。
その後、この場にいなかったメリサンドにも、一連の出来事を伝えました。てっきり、味方が増えると喜ぶかと思っていましたが、彼女の表情はどこか浮かない様子です。負神の加護持ちのレイナ嬢を疑っての事かとも思いましたが、シェイムとのやり取り……神意を無視するという発言についても聞かせています。なので、別件でしょう。では、一体?
「メリサンド、なにが気に入らないんですにゃ?」
そう問うてみても、メリサンドからの返答は「なんでもないのです」の一言でした。無理に聞き出す事も出来たでしょうが、私はあえて放置しました。
それは、神としての判断です。悩み迷う人の子を見守るのが、本来の神というもの。賢いメリサンドであれば、自身で答えを導き出すとの期待からでした。




