059 sideD
話し合いが一段落し、私は胸をなでおろしました。ゴールド王との言葉による勝負は、私の勝利とみて間違いないでしょう。
お父様が準備してくれた支援内容を、最も高値で売りつけられたと思います。まあ、高値とはいっても、キャンベル家が受け取るのは財貨ではありません。恩という、形の無いモノ。そしてそれは、どのような金銀財宝よりも力を持つ事があります。ですから、多大な恩という鎖で王家を縛り付けた今回の面会は、大成功と言える結果なのですわ!
「それでは、ゴールド陛下。此度の難局を乗り越えられるよう、キャンベル家は万全の支援を約束しましょう」
「う、うむ。その言葉が聞けて、余も安心じゃ……」
ゴールド王も、私のような小娘に翻弄された事を自覚しているようです。悔しさを隠しきれていないお顔に、覇気のない言葉尻。恥辱の加護に力が流れ込んでくるという事は、恥とすら感じているのでしょう。ああ……なんと、実りある話し合い!
王都滞在中の最初にして最大の仕事をやり切り、私は得意気な顔でシルバへと振り返りました。きっと、私の成果に喜んでくれていると思って……。
ですが、シルバの表情は暗く沈んでいました。そこで、私は気付いたのです。何故、シルバを強引に手に入れる気持ちがしぼんでしまったのかを――
私は、シルバを愛しています。顔を含めた容姿、神人という肩書、文武に優れる能力。最初は、そういった部分に惹かれましたが……今は、違います。彼の心根に惹かれているのです! 信義に厚く、だからといって堅苦しくもない。しっかりしているように見えて、どこか抜けている。クールな見た目に反して、どこまでもお人好し……。挙げ始めたらキリがありませんが、要するに……ニコニコ笑いながら世話を焼く、そんな彼が好きなんです!
だから、です。無理に連れ帰るという選択は、シルバから笑顔を奪い去るという選択。手元に彼は居るけれど、彼の心は……遥か彼方。絶対に手に入らない事でしょう。……そんなの、絶対に嫌ですわ! 欲しいのはシルバという名の人形ではなく、シルバの心……シルバからの愛! 恥辱の加護を授かりながら、過ぎたる願いなのかもしれません。シェイム様も怒り心頭かもしれません。加護も剥奪されてしまうかもしれません。お父様だって、がっかりさせてしまうかもしれません……。
ですが! 私は、私の願いを貫き通します! 私はどれだけ恥辱に塗れようと、いずれシルバを振り向かせます! 貴族としてのレイナ・キャンベルではなく、一人の女レイナとして……。だから、私は全てを明かすつもりです。彼を連れ去ろうと計画していた事も、今の私の心の内も――
こうしてはいられないと、急ぎゴールド王のもとを辞去します。そして、国の重鎮方との面会も無難に済ませ、王城を後にする際――
「シルバ。別邸に帰ったら、貴方に話があります。夕食後、私の部屋まで来て下さい」
シルバはすぐには頷かず、じっと私の目を見つめてきました。そんな彼の代わりに、セバスが首をぶんぶん横に振りながら言います。
「お嬢様! シルバ殿はすでに従者の身分では御座いません! そのような男性を部屋に招き入れるのは……」
「セバス、黙りなさい! それに、シルバも警戒しないで下さる? 薬を盛ったりいたしませんわ」
あの時は、私もどうかしていたと思います。いえ、心の余裕が無かったので、あれが精一杯だったのでしょう。今思えば、本当に愚かでした。
そんな私の考えが伝わったのか、シルバは頷きながら答えます。
「分かりました。伺わせていただきます」
その返答に安堵し、私たちは護衛の皆様と合流して、別邸へと帰っていくのでした。
そして、約束の時間。夕食を終えた後、シルバは私の部屋に訪れていました。若干邪魔な黒猫同伴ですが、薬を盛った前科がある以上……追い出すつもりはありません。対して、私は一人きり。セバスも部屋から追い出してあります。随分食い下がりましたが、半ば強制的に排除しました。そんな訳でして、場は整ったという事です。私は、早速本題を切り出します。
「シルバ、黙って私の話を聞いて下さい。その……返事のようなものも不要ですわ!」
私は覚悟を決め、様々な事を伝えていきました。シルバに対する想いやキャンベル家の計画、そして……彼を想うゆえに、計画を実行しないつもりだとも。それはもう、誠心誠意伝えました。恥辱の力がぎゅんぎゅん溜まる程度には恥ずかしさに悶え、私の表情は……きっと百面相だったと思います。照れながら愛を伝え、申し訳なさそうに非を謝罪し、自信あり気に恋に落とすと宣言しましたから。
「こ、これで……私の話したい事は終わりですわ!」
王との話し合いの百倍は疲れました。男性から言い寄られる事はあっても、私が愛を伝えるのは人生初。今まで私に言い寄った男性も、このような苦労をしていたと思うと……なんだか申し訳なく思えてきますわね。
返事は不要と言った手前、一方的に話を切り上げたのですが、シルバは微笑みながら声を掛けてきます。
「レイナ様……そこまで俺の事を? それに……正直、レイナ様の事を誤解していたようです」
「シルバ! 返事は不要と言いましたわ! だから……何も言わないで。お願い……」
返事が不要というのは、拒否の言葉を許さないための安全策。だから、これ以上は何も聞きたくない。そんな私の意図を無視し、シルバは話す口を止めません。
「いえ、返事ではなく感謝を。ありがとうございます、レイナ様。俺を信じて伝えてくれて……」
「えっ? 拒絶する訳でも、怒る訳でもないんですの?」
「ええ。だって、全力で俺に向き合ってくれましたし、謝罪だって頂いています。だから、俺が返す言葉は……ありがとうだけです」
シルバの素晴らしさを再確認した時でした――急に黒猫が声を上げたのは。
「神力の波動? シェイムですにゃ!」
その言葉通り、シェイム様の気配が周囲に漂い、頭に直接響く声が降り注ぎます。
(恥辱に咲く名花よ。我の意志に気付いておろう。……何故、その男を拐かさぬ?)
「それは……愛ゆえですわ!」
そう答えると、シェイム様はくっくと笑った。そして、私にしか聞こえないはずのシェイム様の声に向け、黒猫が激しく吠える。
「シェイム! 貴方が裏で糸を引いていたのですね! ですが……主様は渡しません!」
(ラブ様、いえ……シロ様とお呼びすべきですかな。そう怒らないで頂きたい)
「無理に決まっているでしょう! 負の神々が主様にした事を思えば!」
私は完全に置き去りのようです。ですが、あえてこのタイミングで声を掛けてきたという事は、黒猫やシルバにも声を聞かせるつもりだったのでしょう。ただ、私もシェイム様に聞きたい事があります。それは、シェイム様も理解しているはず。なら、割って入るしかないでしょう。
「黒猫さん、少しよろしいかしら?」
「よろしくありません! 今は、私とシェイムが――」
「シェイム様の用件は、私に向けてのもののはずですわ! そうですよね?」
(そうだ、名花よ。我からの加護について、汝の意志を再度問う。我の意志に反するというのなら、加護を剥奪するが……返答は如何に?)
私は、一瞬の躊躇もなく答えます。
「好きに剥奪して下さいませ! 私は、私の意志を貫きますわ!」
そう言い切り、身構えました。加護を授かった時のように、眩く光り輝くのだろうと。ですが、なにも起こりません。起きた事といえば、シェイム様の笑い声が聞こえた事くらいです。
(クックック……。良い! 良いぞ! 人の身でありながら、我に従わぬとは……これほどの恥辱、初めてである! 故に許そう。その力、好きに使うが良い。ではな、名花よ)
「待ちなさい、シェイム! 私はまだ話が……」
シェイム様の気配は遠のき、黒猫は苛立たし気に地団太を踏みました。そして、加護の力を宿したままの私は、なにがなんだか分からずに苦笑するしかありませんでした。




