058 sideA
王城前に馬車が停まると、それまで緩かった馬車内の空気も、ピリッと引き締まったのを感じる。それは、場所的な意味もあったけど……レイナ様が醸し出す空気も影響していた。今まで以上に貴族モードを強くしたようで、どこか気圧されてしまいそうな威圧感さえ感じる。そんなレイナ様に続いて、俺やメリちゃんも馬車を降りていくと――
「キャンベル家のレイナ様で御座いますね。我らが王がお待ちです」
レイナ様に話しかける中年男性。高級である事が一目で分かるような衣服を纏い、屈強な護衛騎士を従えている事から、かなり高位の役職に就いている人のようだ。そんな男性に、レイナ様は気後れする事なく挨拶をする。
「宰相様自らの出迎え、感謝いたしますわ」
大貴族という肩書に引けを取らない、見事な所作のレイナ様。これには、宰相様も少し驚いているようだ。って、宰相……? 宰相といえば、王様に代わって政治を取りまとめる、あの? かなり高位どころか……王城内のナンバーツーじゃん。王様の次に偉い人じゃん! そんな人が出迎えに訪れるなんて……やっぱりキャンベル家って凄いんだ。
俺ですら腰が引けてしまう。そんな相手の登場に、護衛団のみんなは……姿勢をこれでもかとばかりに正しつつ、身じろぎ一つしないほどに硬直している。そんな様子に気付いた宰相様は、少し誇らしげな表情で微笑む。
「いえいえ、キャンベル家の次代を担う御方ともなれば、相応の対応かと……。それで、護衛はいかほどお連れするつもりですかな?」
「護衛は……」
宰相様の問いに答えるため、レイナ様が護衛団へと視線を向ける。そして、残念そうな表情を浮かべた。きっと、護衛として機能しないと理解したのだろう。そんな表情のまま、したり顔の宰相様に向き直り言う。
「護衛一人、執事一人を連れていきますわ。この二人であれば、王城内であっても通用する作法を習得しておりますので」
「そうで御座いますか。それでは、残りの護衛の皆さんは、王城衛兵の詰め所で待機をお願いします」
「ええ。そうさてもらいますわ。……シルバ、セバス。ついていらっしゃい。残りの方々は、詰め所へ」
ああ、やっぱり俺ですよね……。レイナ様の従者時代、様々な作法を叩き込まれてますからね……。拒否権は存在しないだろうし、行くしかないですよね……。出来る事なら、みんなと一緒に待機していたかった。
そんな視線を、詰め所へと移動するみんなに送る。メリちゃんやディンガからは激励するようなガッツポーズが返ってきて、そのまま視界の端へと消えていった。これが……羨ましいという感情だろう。こんな事で、新たな感情に気付く事になるとは……。
俺は諦めて、レイナ様の後に続くのだった。
無駄に豪華な装飾と、数え切れない官吏や使用人からの視線の中、王城の奥へ奥へと進んでいく。あまりにも場違いな俺と違い、レイナ様やセバスさんは……実に様になっている。舐められないようにと、冒険者でいうところの闘気のようなものを纏い、周囲からの視線を弾き返し……それどころか、周囲を逆に萎縮させる勢いだ。もうすでに、貴族としての戦いが始まっている。そういう事だろう。
王家をはじめとした王国中枢と、キャンベル家という南部の雄。両者の仲は、決して良くない。だからといって、悪い訳でもない。立場の上でも、王家に臣従しているキャンベル家という構図だけど、実際はそう単純なものでもない。トラディス王国建国に多大な尽力をしたキャンベル家は、王国内にあって半独立的な特権をいくつも認められている。その上、南部経済を牛耳るキャンベル家の発言力や影響力は、王家であっても無視できるものではない。
敵とまでは言えないけど、完全な味方という訳でもない。そんな、両者の間にある均衡を表すかの如く、王様のもとへ向かうだけでも……牽制合戦が始まっているんだろう。それに巻き込まれている俺は、一体どうすればいいのだろうか?
妙に長く感じられた移動を終え、王様が待っているであろう扉の前に辿り着く。ゴブリンキングが作らせた扉のように重厚で、あれとは違って精密で壮麗な彫刻が施されている。これこそが本当の……王の間へと続く扉という物なんだろう。
そんな、この先とを隔てる威容を前にしても、レイナ様は平然としていた。その様子に、感心したような表情を浮かべた宰相様は、確認とばかりに声を掛ける。
「レイナ様、この先は王の間。くれぐれも失礼の無いようお願いいたします。従者のお二人は、発言自体お控え下さい」
その言葉に俺たちが頷くと、宰相様は良く通る声を張り上げた。
「キャンベル家次期当主レイナ様、ご到着! 開門!」
その声を合図に、扉もとい門が開かれていく。緩慢な動きで開いていく事から、とても重い事が察せられ、普段使いの門としては不便だなと感じてしまう。俺だったら、もっと開け閉めし易い物にするのに……。そんな下らない事を考えていると門が開き切り、その先に偉そうな人たちの姿が見えてくる。しかし、直視するのは不敬だと教わっているので、俺は急いで俯く。そして、レイナ様に追随する形で歩み始める。
王様の御前まで敷かれているであろう赤絨毯を見つめながら、どこまで進めばいいのか分からぬままに進む。そして、レイナ様が立ち止まった事を確認し、俺とセバスさんは歩みを止めて跪く。……レイナ様は跪いていない事から、臣下の礼が不要という事なのだろう。これも、特権の一つという事か……。
「よく来たな、レイナ嬢。余が許す。面を上げよ」
王様の声が聞こえてきた。その声に合わせて顔を上げると、王家の方々の姿が目に入る。二つ並べられた玉座には、それぞれに王様と王妃様が座っている。その両脇には、王子様や王女様も控えている。あまりキョロキョロする訳にはいかないため、視線のみを横へ向けると、これまで見た騎士とは別格……ゴンツさんに匹敵する実力を感じさせる騎士が並んでいた。それもフル装備。並みの剣では傷一つ付かないような鎧を着こんで、だ……。流石、王様の居場所だけあって、守りも厳重そうだ。
ただ、不敬極まりないかもしれないけど……王様が王様らしくなくて興醒めだ。年齢は五十くらいの中年男性。着ている衣服こそ王様らしいけど、着ている本人が貧相というか、威厳がないというか……。よっぽど、宰相様やキャンベル家の領主様のほうが王様らしい。隣の王妃様についてもだ。王様と似たような歳だと考えれば、充分に若くは見える。けど……特別美しいとか、貫禄があるとかではない。ちょっと小綺麗なおばさまって感じ……。王女様だって、レイナ様のほうが遥かに美しく威厳がある始末。
一通りの観察を終え、思った事が表情に出ないよう気を付けていると、レイナ様が口を開く。
「ゴールド陛下、お久しぶりです。北方での争乱に心を痛めていると聞き、キャンベル家を代表して駆けつけました」
普段の口調と違い、使者としての口調で対するレイナ様は、必要以上にへりくだる事なく、その後も淡々とした様子で会話を進めていった。
……レイナ様も王様も、油断なく言葉を選びながらの駆け引きを続けていた。内容は、大氾濫に備えてキャンベル家からの支援の申し出。互いの表情にも、笑顔が浮かんでいる。だけど、心は一切笑っていないように思える。それどころか、隙あらば喰らいつこうとでも考えていそうだ。
俺は改めて思う。レイナ様との結婚は……絶対になしだと。こんな、信頼の欠片もない世界に、俺は足を踏み入れたくない。ただただそう思うばかりだった。




